ヘリウム危機で露呈した韓国と台湾の「備えの格差」

カタール依存64.7%の韓国と、30%に抑えた台湾。同じ半導体大国でありながら、ヘリウム危機への耐性がまるで違う。その差を分けたのは、平時の意思決定だった。

ヘリウム危機で露呈した韓国と台湾の「備えの格差」

カタール依存64.7%の韓国と、30%に抑えた台湾。同じ半導体大国でありながら、ヘリウム危機への耐性がまるで違う。その差を分けたのは、平時の意思決定だった。


ヘリウム価格が1週間で最大100%急騰した背景

半導体製造に欠かせない希少ガス、ヘリウムの価格が急騰している。ヘリウム市場の専門家フィル・コーンブルース氏はCNBCの取材に対し、スポット価格が1週間で70〜100%上昇したと語った。Bank of Americaの試算でも最大40%の上昇を確認している。

前回前々回の記事で、ホルムズ海峡封鎖がヘリウム・LNG・アルミニウムを同時に締め上げる構図を描いた。だが今回の焦点は、その先にある。同じ危機に直面しながら、なぜ韓国と台湾で打撃の深刻さがこれほど違うのか、という問いだ。

QatarEnergyのラス・ラファン施設はイランのドローン攻撃を受けて3月2日(日本時間)に停止した。3月19日(日本時間)には弾道ミサイルが同施設を再度直撃し、LNG輸出能力の17%に恒久的な損傷が生じている。コーンブルース氏によれば、海峡封鎖が続く限り、世界のヘリウム供給の最大27%がオフラインのままだ。

ヘリウムはLNG(液化天然ガス)生産の副産物として産出される。LNGプラントが止まれば、ヘリウムも止まる。カタールは世界のヘリウム供給の約3分の1を担っており、この集中が今回の危機の根源にある。

64.7%対30%──調達戦略が生んだ危機耐性の格差

韓国のカタール依存度は際立って高い。韓国国際貿易協会のデータによれば、2025年のヘリウム調達の64.7%がカタールからだった。半導体向け高純度ヘリウムに限ると、業界関係者の推計では80%近くに達するという。Citriniのアナリスト、ジュカン氏がXで詳細を投稿している

一方の台湾は構図が異なる。台湾のカタール依存度は約30%にとどまり、米国からも同程度の30%を調達している。残り40%は複数の国と国内調達で賄う分散構造だ。TSMCは複数サプライヤーからの調達と2ヶ月分以上の在庫を確保しており、台湾の自由時報が3月23日(日本時間)に報じた取材では、UMC、ウィンボンド、旺宏もそろって「生産への影響はない」と表明した。

この格差は偶然ではない。台湾は2022年のロシア・ウクライナ戦争でネオンの供給危機を経験して以降、希少ガスの調達分散を加速させてきた。韓国も同時期に多様化を掲げたが、実際のカタール依存度は64.7%のまま危機を迎えた。掲げた方針と実行の間に、埋まらなかった溝がある。


Samsungの「ヘリウム再利用システム」は救世主になるか

韓国勢も手をこまねいていたわけではない。SamsungとSK hynixは現在約6ヶ月分のヘリウム在庫を保有しているとされ、短期的な生産停止は回避できる見込みだ。

注目すべきはSamsungの取り組みだ。同社は昨年4月から一部の製造ラインで自社開発の ヘリウム再利用システム(HeRS) を稼働させている。使用済みヘリウムを回収・精製して再利用する仕組みで、現行ラインでの年間削減量は約4.7トン。全ライン展開が実現すれば、年間使用量の約18.6%を削減できる見込みだ。

先見性のある取り組みだが、正直なところ、現在の危機に対する即効性は限定的だ。削減できるのはあくまで「使用量の一部」であり、新規調達がゼロになった場合の代替にはならない。むしろ重要なのは、この技術を平時のうちに全ライン展開できていたかどうかだった。

Fitch Ratingsの報告書は、韓国がヘリウム調達の約65%をカタールに依存し、世界のメモリチップの約3分の2を生産しているという「集中リスクの二重構造」を指摘した。供給源と生産拠点の両方が偏っているという意味で、韓国は世界で最も脆弱な位置にいる。

韓国政府は半導体材料14品目について中東依存度の調査を開始した。ヘリウムだけでなく、臭素(ブロミン)も韓国は90%をイスラエルから調達しており、こちらも紛争の当事国だ。問題はヘリウム1品目では終わらない。

危機で潤う側──産業用ガス企業の株価上昇

皮肉なことに、この危機で最も恩恵を受けているのは半導体メーカーではなくガスを売る側の企業だ。

JPMorganはLindeの株式を格上げし、同社の株価は2026年に入って15%上昇した。同期間のS&P500が3%下落していることを考えると、その乖離は鮮明だ。Air Products & Chemicalsも14%高で推移している。

ガス生産企業の収益に占めるヘリウムの割合は数%程度と小さい。だがBank of Americaは、供給途絶が数週間にとどまる場合、価格上昇がそのまま利益押し上げに直結すると分析している。危機が長引くほど、この「ガス売り」側の優位は強まる。

SamsungとSK hynixの時価総額は開戦以降あわせて2,000億ドル(約31兆8,000億円)以上が消えた。チップを作る側が血を流し、素材を売る側が潤う。サプライチェーンの上流を押さえた者が危機で勝つという、古くて新しい構造がここにもある。

コーンブルース氏は「契約価格はまだほとんど動いていない」と指摘する。直近2年間の供給過剰が緩衝材となり、実際の不足は最大値の27%でなく約15%にとどまると推計している。だがサプライヤーが「フォース・マジュール」を宣言した時点で、長期契約に守られてきた大口ユーザーにも価格改定の波が押し寄せる。

「既知のリスク」が問いかけるもの

今回の危機は、誰にとっても「初めて聞く話」ではなかった。

SIA(米半導体工業会)は2023年の時点で、ヘリウム供給が途絶すれば「世界の半導体製造業界に衝撃が及ぶ可能性が高い」と警告していた。SemiAnalysisのメモリアナリスト、レイ・ワン氏もCNBCに対して、紛争の長期化が材料調達の見直しを迫ると指摘している。

台湾がカタール依存を30%に抑え、TSMCが2ヶ月分の在庫を確保していたのは、この警告に対する「行動」だった。韓国が64.7%の依存度のまま今日を迎えたのは、同じ警告に対する「不作為」だった。どちらも同じ情報を持っていた。違ったのは、平時にどこまで本気で動いたかだけだ。

ヘリウムは半導体製造全体のコストに占める割合は小さい。ジョージタウン大学のジェイコブ・フェルドゴイス氏は、ファブはヘリウム確保のために「より高い価格を払う意思がある」と指摘する。つまり価格は上がっても、供給さえあれば生産は止まらない。問題は「供給そのものが消える」事態に、どれだけ備えていたかにある。

戦争がいつ終わるかは誰にも分からない。だが「次の危機」が来ることは確実だ。ヘリウムが次に止まるか、ネオンか、臭素か、それとも別の何かかは分からない。分かっているのは、備えの有無が結果を分けるということだけだ。


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