ヘリウム危機が半導体を襲う――カタール停止、ホルムズ封鎖の先にあるもの

世界のヘリウム供給の3分の1が、一夜にして消えた。半導体の製造に不可欠なこのガスが手に入らなくなったとき、何が起きるのか。

ヘリウム危機が半導体を襲う――カタール停止、ホルムズ封鎖の先にあるもの

世界のヘリウム供給の3分の1が、一夜にして消えた。半導体の製造に不可欠なこのガスが手に入らなくなったとき、何が起きるのか。


台中に建った工場が映す危機感

フランスの産業ガス大手エール・リキードが台湾・台中に開設した新工場が、半導体業界の危機感を映し出している。3月25日に開所式を迎えたこの施設は、同社にとって台湾初の大規模先端材料製造拠点だ。ALD(原子層堆積)に用いるシリコン前駆体材料を生産し、次世代AIチップの製造を支える。

だが、この開所式は祝賀だけでは終わらなかった。アルメル・ルヴュー副社長は同日、中東情勢によるヘリウムの短期的な不足を認め、他地域からの供給再配分を進めていると語った。祝いの場で語られた「不足」という言葉の重みは、いまの半導体業界の空気そのものだ。

エール・リキードは2019年以降、台湾に約11億6,000万ドル(約1,850億円)を投資し、半導体産業向けに54以上の施設を運営している。

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カタール発、世界ヘリウム供給の3割が消失

事の発端は3月2日、イランによるカタール・ラスラファン工業都市への攻撃だ。世界最大のLNG輸出施設であるこの拠点は、天然ガスの液化過程でヘリウムを副産物として生産しており、世界供給の約30〜38%を担っていた。

攻撃を受けたカタールエナジーは3月4日にフォースマジュールを宣言。さらにその後の追加攻撃でLNG輸出能力の17%が損傷し、ヘリウム輸出量は年間14%減少すると報告された。完全復旧には数年かかる見通しだという。

問題は生産停止だけではない。ホルムズ海峡の封鎖により、液体ヘリウムを輸送する約200基の専用コンテナが海峡付近で足止めされている。ヘリウム業界コンサルタントのフィル・コーンブルースは、これらの再配置・再充填・配送に数カ月を要すると指摘した。

「津波が来ている。だが、まだ1,000マイル先の話だ」

この比喩が示すのは、本当の危機はこれからだということだ。


ヘリウムなしに半導体は作れない

ヘリウムが「風船を膨らませるガス」だと思っている人は多い。だが半導体製造において、ヘリウムは代替不可能なプロセスガスだ。

リソグラフィ工程でのシリコンウェーハの冷却、エッチング工程での熱制御、真空チャンバーのリーク検出、有毒化学残留物の除去――工程のあらゆる場面でヘリウムが使われている。TechInsightsのG・ダン・ハッチソン副会長は「ヘリウムなしに先端チップは作れない。代替物質は存在しない」と断言している。

ヘリウムは液体窒素で断熱された専用コンテナに保管され、液化から約45日以内に輸送する必要がある。断熱が失われればガス化して膨張し、容器から逃げて大気中に消える。一度逃げたヘリウムは二度と回収できない。

しかもチップメーカーが保管できるヘリウム約6週間分が限度だ。つまり、4月初旬を過ぎればアジアのファブは既存の出荷分を使い切る計算になる。

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最も追い詰められているのは韓国

地理的にも構造的にも、この危機で最も脆弱なのは韓国だ。韓国国際貿易協会によれば、同国のヘリウム輸入の64.7%がカタール産。世界のメモリチップの約3分の2を生産するサムスンとSKハイニックスが、直撃を受ける位置にいる。

韓国の産業通商資源部は、中東依存度の高い半導体材料・装置14品目について緊急調査を開始した。ヘリウムだけではない。回路形成に使われる臭素はイスラエルからの輸入が90%を占めており、こちらも紛争の当事国だ。

サムスンは昨年4月から独自のヘリウム再利用システム(HeRS)を一部ラインに導入しており、年間約4.7トンの削減を実現している。全ラインに展開すれば使用量を約18.6%削減できる見込みだが、供給そのものが途絶えれば焼け石に水だ。

ヘリウムのスポット価格は危機発生以降40〜100%上昇しており、供給逼迫が続けば1,000立方フィートあたり2,000ドルに達する可能性があるとアナリストは警告している。危機前の価格は約500ドルだった。

TSMCと台湾――「数カ月分の備蓄」の裏側

一方の台湾はどうか。TSMCは「現時点で大きな影響は見込んでいない」と表明し、台湾の経済部もヘリウム供給は安定しており、米国からの輸入が可能だとしている。台湾シンクタンクのアリサ・リウ氏も、TSMCには「数カ月分」の備蓄があるとの見方を示した。

だが安心するのは早い。台湾のヘリウム輸入の69%は湾岸協力会議(GCC)諸国からだという試算もある。ホルムズ海峡が閉ざされたままなら、米国からの代替調達だけでは長期的に持たない

ボストン・コンサルティング・グループと半導体産業協会の推計では、韓国と台湾はそれぞれ世界のウェーハ製造能力の約18%を占める。この二国のファブが減産に追い込まれれば、AI向け高性能チップから消費者向け製品まで、あらゆる半導体の供給に波及する。

半導体メーカーは「誰よりも高く買う」

ヘリウムが不足すると、何が起きるか。ヘリウムコンサルタント会社ガリソン・ベンチャーズのCEOリチャード・ブルックは、ニューヨーク・タイムズに対してこう語った。

半導体企業はどの業界よりも高い値段を出す。ファブを止めるコストに比べれば、ヘリウムのプレミアムなど微々たるものだからだ」

つまり、製薬やMRI(磁気共鳴画像装置)といった他の分野がヘリウム不足のしわ寄せを受けることになる。AI需要で沸騰するメモリチップ市場では価格が既に急騰しており、ヘリウムの供給制約が加われば、チップメーカーは利益率の高いAIシリコンを優先せざるを得なくなる。

エール・リキードはドイツ北西部に地下1,300メートルの岩塩層を利用した大規模ヘリウム貯蔵施設を持ち、約1年分の供給を確保できるとされる。ロシアのアムール2プラントや米国の備蓄も代替供給源として注目されているが、ヘリウムコンサルタントのコーンブルースはカタールの損失分の「約半分しか補填できない」と見積もっている。


風船のガスが、世界を止める

ヘリウムという物質が持つ皮肉を、改めて噛みしめるべきだろう。地球で二番目に多い元素でありながら、大気中に逃げれば二度と回収できない。再生不可能で、合成もできない。そして今、その供給の3分の1が地政学リスクという人間の営みによって断たれている。

2022年のロシア・ウクライナ戦争でもヘリウムとネオンの不足が問題になった。あのとき韓国は供給多角化と国内生産を進めると誓った。だが4年後、カタールへの依存度は依然として65%だ。教訓が活かされたとは言い難い。

問いは単純だ。風船を膨らませるガスが、世界の半導体産業を人質に取れるという構造は、いつまで放置されるのか。


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