Intel封印の12Pコア、市販マザボでWindows起動に成功
Intelが「一般向けには出さない」と決めたCPUが、個人の手でWindowsを起動している。
Intelが「一般向けには出さない」と決めたCPUが、個人の手でWindowsを起動している。
産業用CPUが市販Z790でWindowsを動かしている
その「個人」の名はkryptonfly。Overclock.netで活動するモッダーが、Intelの組み込み向けプロセッサCore 9 273PQEをASUS Z790-AYW OC WIFIに搭載し、Windows起動に成功している。


このチップはBartlett Lake-Sと呼ばれるファミリーの最上位モデルで、2026年3月にEmbedded Worldで発表されたばかりだ。12基のPコアのみで構成され、Eコアは一切搭載しない。最大ブースト5.9GHz、L3キャッシュ36MB、TDP 125W。LGA1700ソケットを使いながら、Intelは民生向けマザーボードでの動作を一切サポートしていない。
物理的には同じソケットに収まる。だが、BIOSにマイクロコードが存在しないため、マザーボードベンダーの標準BIOSでは起動すらできない。この「ファームウェアの壁」を、kryptonflyは力技で突破した。
AIが書き換えたBIOS、人間が見つけた突破口
kryptonflyがBIOS改変に使ったのは、AnthropicのAIアシスタント「Claude」だ。BIOSコードの100%をAIが編集したとkryptonfly自身が報告しており、モジュールの物理的な差し替えは一切行っていない。
3月下旬、最初のマイルストーンに到達した。AMIのPOST画面にCore 9 273PQEの名前が正しく表示されたのだ。だが、そこから先に進めなかった。F1キーを押してBIOSに入ろうとすると画面が真っ暗になり、マザーボードのQ-LEDはエラーコード「5F」を表示し続けた。
GOP(Graphics Output Protocol)ドライバがBIOS画面遷移時にクラッシュしていた。kryptonflyは数日にわたってエラーコードと格闘し、コミュニティメンバーの協力も得ながら原因を絞り込んでいった。
転機は、SA(System Agent)の初期化処理にあった。kryptonflyはFSP-M(Firmware Support Packageのメモリ初期化フェーズ)をRaptor LakeのSA/PEG初期化で「騙す」手法を発見する。Bartlett Lake用のメモリ初期化パッチを適用しつつ、SAの初期化だけはRaptor Lakeとして振る舞わせることで、5Fハングを回避した。
結果、ブートシーケンスは彼の手持ちのCore i9-13900Kと同一になり、Windowsが起動した。
動いた、だがまだ「完動」ではない
CPU-Z、AIDA64、ASUS TurboV Coreがいずれも273PQEを正しく認識している。GPUも検出されており、ゲームベンチマークへの道筋が見え始めた。
ただし、現時点ではBIOS設定画面にアクセスできない。CPUの倍率変更も認識されず、オーバークロックは不可能だ。kryptonfly自身も「GOP Setup BIOSが唯一残った問題」と述べている。メモリもJEDEC標準の速度で動作しており、XMPプロファイルの適用はまだ先の話になる。
要するに「動くが、チューニングできない」状態だ。高級スポーツカーのエンジンはかかったが、ギアがドライブに固定されている、という表現が近い。
それでも、コミュニティの反応は熱い。Overclock.netのスレッドでは「歴史的だ」という声が相次ぎ、他のユーザーがAPEX・Encoreボード向けBIOSの作成に動き始めている。
なぜ12Pコアはエンスージアストを惹きつけるのか
Bartlett Lake-Sが注目される理由は単純だ。LGA1700プラットフォームで、Pコアのみの12コア構成は他に存在しない。
Core i9-14900KSは8P+16Eのハイブリッド構成で、合計24コア32スレッドを実現する。だがゲーミングにおいては、Eコアの貢献は限定的で、スケジューリングの複雑さがむしろ足を引っ張る場面もある。12基のPコアが全力で回る構成は、特にスレッド数よりシングルスレッド性能が重要なゲームにおいて、理論上は魅力的だ。
PassMarkのベンチマークでは、273PQEのマルチスレッドスコアは14900Kより約22%低い。コア数が半分なのだからこれは当然だ。一方、シングルスレッドでは14900Kにほぼ並ぶ。Core i7-14700K比ではマルチが約13%低く、シングルは約4%上回る。
| Core 9 273PQE |
Core i9 14900K |
Core i7 14700K |
|
|---|---|---|---|
| コア構成 | 12P | 8P+16E | 8P+12E |
| スレッド | 24 | 32 | 28 |
| 最大ブースト | 5.9GHz | 6.0GHz | 5.6GHz |
| L3キャッシュ | 36MB | 36MB | 33MB |
| PM MT | 4万5,427 | 5万8,410 | 5万2,056 |
| PM ST | 4,655 | 4,693 | 4,458 |
PM=PassMark。273PQEのスコアはASRock IMB-X1714(産業用Mini-ITX)上の計測値(3件平均)。273PQEの推奨価格は589ドル(約9万4,000円)。14900K/14700Kは民生向け製品。
Pコアだけで14700Kに肉薄するという事実は、ハイブリッドアーキテクチャの「効率」に疑問を投げかける材料にもなる。
Intelの公式価格は589ドル(約9万4,000円)。民生向けに販売されていないため実売価格は不透明だが、仮にこの価格帯で市場に出れば、14900Kの後継としての選択肢になり得たはずだ。
Intelが引いた線、コミュニティが越えた線
Intelは2026年3月のEmbedded Worldで、Bartlett Lake-Sを「ミッションクリティカルなエッジアプリケーション向け」と明確に位置づけた。民生市場への投入は当初から予定されておらず、マザーボードベンダーも公式サポートの計画を持っていない。
だが、今回の成果はひとつの事実を浮き彫りにしている。Bartlett LakeがZ790で動かないのは、ハードウェアの非互換性ではなく、ファームウェアによる製品セグメンテーションが理由だということだ。
igor's LABの指摘が的を射ている。「組み込みチップが市販マザーボードでPOSTまで到達するなら、それはフォーラムの好奇心以上の意味がある。Intelがプラットフォームの境界を定義しているのは、パッケージではなくファームウェアとセグメンテーションだ」。
kryptonflyは次のステップとして、APEX、Encore、その他のASUSボード向けBIOSの公開を予告している。安定性やデバイスサポートの検証はこれからだ。だがWindowsが起動した以上、ゲーミングベンチマークが出てくるのは時間の問題だろう。
そのとき明らかになるのは、273PQEの性能だけではない。Intelが「出さなかった選択肢」の価値そのものだ。
参照元
- Overclock.net - 12 P Core Bartlett Lake S CPU スレッド Page 46(kryptonfly投稿)
- Intel公式 - Core 9 273PQE 仕様ページ
他参照
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