IT技術者がメキシコで逮捕——会社は救出後すぐ再派遣した
ビザの確認すら怠った会社が、逮捕された社員を救出し、そのまま現場に送り返した。ITサポートの「なんとかしろ」文化が生んだ、笑えない笑い話。
ビザの確認すら怠った会社が、逮捕された社員を救出し、そのまま現場に送り返した。ITサポートの「なんとかしろ」文化が生んだ、笑えない笑い話。
「適任者」の落とし穴
米国のある大手テック企業に、南米出身のエンジニアがいた。仮に「オクタビオ」と呼ぶ。大学進学で渡米し、グリーンカードを取得して永住権を得た、いわば米国社会に根を下ろした技術者だ。
スペイン語がネイティブという強みを会社は見逃さなかった。ラテンアメリカの顧客対応が必要になるたび、オクタビオに白羽の矢が立つ。技術力と言語力を兼ね備えた「最適な人材」——会社にとっては、これ以上ない存在だったはずだ。
この話はThe Registerの読者投稿コラム「On Call」に寄せられた実話をもとにしている。投稿者の同僚が体験した出来事だ。
問題は、「最適」の定義が技術スキルだけで完結していたことにある。
メキシコシティで待っていたもの
ある日、オクタビオはアルゼンチンでの案件を終え、帰国の準備をしていた。ところが本社から指示が飛ぶ。「そのままメキシコの顧客先へ向かえ」。
ここに致命的な見落としがあった。米国市民ならメキシコ入国にビザは不要だ。しかしオクタビオが持っているのはグリーンカードであり、パスポートは南米の母国のものだった。そして彼の出身国の国民がメキシコに入国するには、ビザが必要だった。
会社はこの事実を把握していなかった。おそらく確認すらしていない。「米国在住の社員」という一括りの認識で、個人の国籍やパスポートの種類といった基本的な情報が、出張手配のプロセスからすっぽり抜け落ちていたのだろう。
結果、メキシコシティの空港で待っていたのは顧客の担当者ではなく、入国管理局の職員だった。オクタビオはその場で拘束される。
救出、そして再派遣
本社は弁護士を手配し、数時間の拘留を経てオクタビオを解放させた。だが話はここで終わらない。
強制送還で米国に戻ったオクタビオを空港で待っていたのは、会社の担当者だった。手には2つのものを持っている。メキシコ入国ビザと、メキシコ行きの航空券。
つまり会社の判断はこうだ。「問題は解決した。さあ、仕事を終わらせてこい」。
拘留も、強制送還も、そこに至る会社側のミスも、すべてが「完了した案件」として処理された。残っているのはメキシコの顧客対応だけ——という論理である。技術者の心理的な負担など、計算式に入っていない。
オクタビオがその後にしたこと
翌週、オクタビオは米国市民権の申請手続きを開始した。
この判断は極めて合理的だ。グリーンカード保持者として各国のビザ要件に翻弄されるリスクを、根本から断つ唯一の方法。会社に期待しても無駄だと、身をもって学んだ結果ともいえる。
「なんとかしろ」の構造的欠陥
笑い話で済ませるのは簡単だ。だがこの手の失態は、IT業界では珍しくない。
グローバル企業が社員を国境越えで動かすとき、人選の基準は技術スキルとスケジュールで完結しがちだ。パスポートの国籍、ビザの要件、渡航先の入国規制——こうした変数が、出張承認のフローから抜け落ちている。
技術者は交換可能なリソースではない。それぞれが異なる国籍を持ち、異なる法的制約の中で生きている。
それだけではない。オクタビオの会社は、彼のスペイン語能力を「活用」していた。文化的背景から利益を得ておきながら、その同じ背景が生む法的リスクには無関心だった。便利な部分だけ使い、面倒な部分は見ないふりをする。この非対称性は、グローバル企業の現場にありふれた光景かもしれない。
仕事は終わる、だが問いは残る
オクタビオは結局、メキシコでの仕事を完遂した。会社にとっては「解決済み」のエピソードだろう。
だが一つだけ確かなことがある。出張手配のフォームに「パスポートの国籍」という入力欄を追加するのに、おそらく5分もかからない。オクタビオが拘留された数時間と、弁護士費用と、2枚の航空券代に比べれば、圧倒的に安い投資だ。
それでも多くの企業は、痛い目を見るまでその5分を惜しむ。
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