韓国、データ通信を「基本権」に──通信三社が低速無制限を保障
データ容量を使い切っても、回線が途切れない。韓国政府が通信大手3社にそう約束させた。「基本通信権」の名のもとに、モバイルデータへのアクセスを国が保障する制度が動き出す。
データ容量を使い切っても、回線が途切れない。韓国政府が通信大手3社にそう約束させた。「基本通信権」の名のもとに、モバイルデータへのアクセスを国が保障する制度が動き出す。
700万人の回線が「切れなくなる」制度の中身
韓国科学技術情報通信部は4月9日、SKテレコム、KT、LGユープラスの通信大手3社と、データ通信の基本アクセスを保障する合意に達したと発表した。
制度の骨格はシンプルだ。契約中のデータ容量を使い切った利用者に対し、400kbpsの低速で無制限のデータ通信を継続提供する。追加料金はかからない。
400kbpsという速度は、動画視聴やSNSの画像スクロールには厳しい。だが、メッセージの送受信、地図アプリの利用、テキストベースのWebページ閲覧には十分対応できる水準だと同省は説明している。いわば「最低限の通信生命線」を全契約者に保障する仕組みだ。
「AIとデジタルの時代において、モバイル通信データは生活必需品となった。すべての国民の日常的なコミュニケーションと基本的な情報アクセスを確保するため、通信へのアクセス権を強化することが重要になっている」と同省は声明で述べた。
対象は現在無制限プランに加入していない約717万人の契約者で、年間およそ3221億ウォン(約348億円)の節約効果が見込まれている。3社は6月末までの制度導入を目指す。
「信頼の再建」を迫られた通信業界
この制度が生まれた背景には、韓国通信業界を揺るがした一連のセキュリティ不祥事がある。
2025年4月、最大手のSKテレコムで約2700万件のUSIM関連データが外部に流出する事件が発覚した。マルウェアは2022年6月から約3年間にわたって社内システムに潜伏しており、韓国の通信史上最悪のハッキング被害と呼ばれた。
しかも加入者情報は暗号化されていない平文のまま保管されていた。侵入さえすれば、復号すら不要でデータを持ち出せた。業界全体のセキュリティ意識そのものが問われる事態だ。
SKテレコムだけではない。LGユープラスでは3TBに及ぶデータがダークウェブに流出し、KTではフェムトセル(小型基地局)のセキュリティ欠陥が露呈、さらに顧客へのマルウェア配布疑惑まで浮上した。
韓国の通信三社は、世界最先端の5Gインフラを誇る一方で、その足元のセキュリティ管理は驚くほど脆弱だったことになる。
| キャリア | 事案 | 規模 |
|---|---|---|
| SKテレコム | USIM関連データの流出。マルウェアが約3年間システムに潜伏 | 約2700万件 |
| LGユープラス | ダークウェブへの大規模データ流出 | 3TB |
| KT | フェムトセルの脆弱性+マルウェア配布疑惑 | ― |
ペ・ギョンフン(배경훈)副首相兼科学技術情報通信部長官は、3社に対してこう釘を刺している。「過去の過ちを繰り返さないという単なる誓約を超えなければならない。国民が目に見える形で実感できるレベルの変革が求められている」。
要するに、通信会社が失った信頼を取り戻すための「贖罪」だ。
低価格5Gプランと高齢者支援も義務化
基本データ保障に加え、3社はいくつかの追加施策にも合意した。
まず、2万ウォン(約2100円)以下の低価格5Gプランの導入だ。韓国の5G料金は月額5万〜7万ウォン台が主流であり、この価格帯は大幅な引き下げとなる。
65歳以上の高齢者向けには、音声通話とテキストメッセージの利用枠を拡大する。対象は限定的なプランに加入している約140万人のシニア層だ。さらに、地下鉄や長距離列車のWi-Fi環境の改善も約束された。
ペ長官は規制の「ムチ」だけでなく、AI対応ネットワーク研究への支援という「アメ」も提示した。ただし、データセンターだけでなく通信網そのものへの投資拡大も強く求めている。
つまり、通信会社には「料金を下げろ、高齢者を守れ、インフラも整備しろ、そしてAIも推進しろ」という四方向からの圧力がかかっている構図だ。
| 施策 | 内容 | 対象・規模 |
|---|---|---|
| 基本データ保障 | 容量超過後も400kbpsで無制限接続を継続提供 | 717万人 |
| 低価格5Gプラン | 2万ウォン(約2,100円)以下のプラン導入 | 全契約者 |
| 高齢者向け拡充 | 65歳以上の音声通話・テキスト利用枠を拡大 | 約140万人 |
| Wi-Fi整備 | 地下鉄・長距離列車のWi-Fi環境を改善 | ― |
5Gで世界をリードしてきた韓国の通信三社にとって、今回の合意は経営の優先順位を根本から見直す契機となる。
「つながらない」が許されない時代の制度設計
韓国の今回の施策は、世界的に見ても先進的だ。「ユニバーサル・ベーシック・インカム」ならぬ「ユニバーサル・ベーシック・データ」。データアクセスを国が制度として保障した例は、他にほとんど見当たらない。
もちろん400kbpsの低速回線に過大な期待を寄せるべきではないだろう。YouTubeの視聴は事実上不可能だし、画像の多いWebページの閲覧もストレスが溜まる。だが、メッセージアプリで連絡を取り、地図で現在地を確認し、テキストで情報を検索する──デジタル社会への最低限の参加資格を料金切れで失わないという設計思想には意味がある。
日本でもデータ容量超過後に128kbpsや300kbpsへ自動的に速度制限されるプランが一般的だ。だが、あくまでキャリア各社の商品設計であって、国が「通信の基本権」として制度化しているわけではない。速度の数値より、その位置づけの違いが大きい。
利用者のデータを守れなかった企業が、利用者のデータアクセスを保障する側に回る。その因果が、正しい学習なのか皮肉なのかは、まだわからない。
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