悪意あるUSBを検出するLinuxカーネルドライバが登場

見た目はただのUSBケーブル。だが中身は、あなたのPCを乗っ取る兵器かもしれない。Linuxカーネルに、その脅威をカーネルレベルで検知する新ドライバが提案されている。

悪意あるUSBを検出するLinuxカーネルドライバが登場

見た目はただのUSBケーブル。だが中身は、あなたのPCを乗っ取る兵器かもしれない。Linuxカーネルに、その脅威をカーネルレベルで検知する新ドライバが提案されている。


充電ケーブルが「キーボード」になる日

USBポートにケーブルを挿す。充電が始まる。何も起きていないように見える。だが、その瞬間からPCはWi-Fi経由で遠隔操作されている――そういう攻撃ツールが、すでに商用化されている。

O.MGケーブルと呼ばれるペネトレーションテスト用のツールは、見た目は完全に普通のUSBケーブルだ。しかしコネクタの内部にWi-Fiチップと小型マイクロコントローラが仕込まれており、PCに接続された瞬間に「キーボード」として認識される。OSはHID(ヒューマンインターフェースデバイス)を無条件に信頼するため、ファイアウォールもアンチウイルスも素通りする。

かつてNSAの同等ツール「COTTONMOUTH-I」は2万ドル(約320万円)した。今は約120ドルで誰でも買える。攻撃のコストが2桁下がった、という事実が重い。

BadUSBやO.MGケーブルのような攻撃は、コンピュータがキーボードやマウスといった物理デバイスに与える「暗黙の信頼」を悪用する。ソフトウェア的な防御はほぼ無力だ。

この穴を、カーネルの中から塞ごうとする動きが出てきた。


hid-omg-detect:カーネルが「怪しい入力」を嗅ぎ分ける

2026年4月4日、開発者ズベイル・アルマホがLinuxカーネルメーリングリストに投稿したパッチ(v2)が、hid-omg-detectというカーネルモジュールだ。名前の由来は明らかにO.MGケーブルを意識している。

このドライバは、接続されたHIDデバイスが「人間」ではなく「スクリプト」によって操作されていないかを、受動的に監視する。検出の根拠は3つある。キーストロークのタイミングエントロピー(人間の打鍵は不規則だが、スクリプトは均一になりやすい)、接続直後の即時入力(plug-and-type latency:人間がケーブルを挿してからキーを叩くまでには数秒のラグがある)、そしてUSBディスクリプタの異常パターンだ。

設計思想で注目すべきは、このドライバ何もブロックしないという点だ。HIDイベントの遮断も遅延も改変も行わない。閾値を超えた場合にカーネルログに警告を出し、ユーザースペース側のツール(USBGuardなど)に判断を委ねる。

カーネルドライバが直接デバイスをブロックしないのは、偽陽性のリスクがあるからだろう。正当なキーボードを誤検知して遮断すれば、ユーザーはPCを操作できなくなる。検知と遮断を分離した設計は、技術的に堅実な判断だと思う。

hid-omg-detectは「門番」ではなく「番犬」だ。吠えて知らせるが、噛みつくかどうかは飼い主が決める。

USBGuardとの連携が前提

hid-omg-detectが警告を出した後、実際にデバイスをブロックする役割を担うのがUSBGuardだ。Linuxカーネルに組み込まれたUSBデバイス認可メカニズムを利用して、ホワイトリスト・ブラックリスト方式でUSBデバイスの接続を制御するフレームワークである。

USBGuardはRed Hat Enterprise Linux 7.4以降に標準搭載され、Arch LinuxUbuntuでもコミュニティパッケージとして利用できる。デバイスのベンダーID、プロダクトID、シリアル番号、接続ポート、インターフェースタイプなどの属性に基づいてポリシーを記述する仕組みだ。

ただし、USBGuard単体では「接続されたデバイスが悪意あるものかどうか」を判定する能力はない。あくまで「許可リストにないデバイスを弾く」という静的なフィルタリングだ。hid-omg-detectは、この仕組みに「動的な行動分析」というレイヤーを追加する。許可リストに載っているベンダーIDを偽装したデバイスでも、打鍵パターンが機械的であれば検知できる可能性がある。


コミュニティの反応:期待と懐疑

Phoronixのフォーラムでは、このパッチに対する議論が活発だ。あるユーザーは「これはずっとやりたかったことだ。物理アクセスが制限されたセキュリティモデルでは、ここが巨大な穴だった。キーボードはユーザーとまったく同じ権限を持っている。それが怖い」と歓迎した。

一方で、「USBGuardの何が不満なのか」という冷静な指摘もある。既存のデバイスをホワイトリストで管理し、未知のデバイスをブロックするだけで十分ではないか、という立場だ。ヒューリスティクスによる検知は、攻撃者がソースコードを読めるオープンソース環境では回避策を作られやすいという懸念もある。

このパッチの行方を左右するのは、カーネルコミュニティの判断だ。

Greg KHも4月5日にパッチに返信しており、eBPFプログラムとして実装する方がカーネルツリーへの統合よりも柔軟かもしれないという意見が出ている。

v1からv2へのアップデートでは、グローバルリストとmutexをデバイスごとのdrvdataに置き換え、スピンロック保持中のロギングを除去し、VID/PIDの検索をprobe()に移動するなど、コードの品質が着実に改善されている。435行のコンパクトなドライバだ。まだレビュー段階だが、議論の方向性としてはカーネルツリーへのマージよりも、eBPFベースの実装に落ち着く可能性もある。


「信頼」の再定義

このドライバの話は、実装の良し悪しだけでは終わらない。

OSが物理入力デバイスを無条件に信頼するという設計は、USBが普及した1990年代後半から変わっていない。当時、充電ケーブルの中にコンピュータが入るとは誰も想像しなかった。O.MGケーブルが約120ドルで買える現在、その「信頼」は負債になりつつある。

hid-omg-detectがカーネルに入るかどうかはわからない。だが、「キーボードが本当にキーボードか」をOSが問い始めたこと自体が、ひとつの転換点だろう。


参照元

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