マルチバースは「本物」か?答えは"リアル"の定義次第だ
9歳の少女が投げかけた問いに、天体物理学者が本気で答えた。そしてその答えは、私たちの宇宙観を静かに揺さぶっている。
9歳の少女が投げかけた問いに、天体物理学者が本気で答えた。そしてその答えは、私たちの宇宙観を静かに揺さぶっている。
子どもの問いが突いた、物理学最大の難問
マルチバース(多元宇宙)は実在するのか。この問いに対して、フロリダ大学の天体物理学者ザカリー・スレピアンが真正面から向き合っている。きっかけは、インド・プネーに住む9歳の少女エミリーからの質問だった。
「マルチバースは本物ですか? もし本物なら、どうやったら時間を乱さずにそこに行けますか?」
学術メディアThe Conversationの子ども向けシリーズ「Curious Kids」に届いたこの質問に、宇宙論と物理学の哲学を専門とするスレピアンが答えた。だがその回答は、子ども向けとは思えないほど本質的だった。マルチバースが「本物かどうか」を考えるには、まず「本物とは何か」を定義しなければならない。ここが出発点であり、同時に最大の壁でもある。

スレピアンはプリンストン大学を首席卒業後、ハーバード大学で博士号を取得。現在はフロリダ大学天文学科の准教授として、宇宙最大規模の3Dマッピングプロジェクト「DESI」にも参加している。
触れるものだけが「リアル」なのか。電子レンジのマイクロ波は目に見えないが、食べ物を温める。恐竜は化石でしか確認できないが、存在したことは疑いない。スレピアンが示したのは、「五感で知覚できるか」と「間接的な証拠があるか」はまったく別の問いだという視点だ。
量子力学が示す「もうひとつの可能性」
マルチバースを考えるうえで、量子力学は避けて通れない。原子や素粒子の世界では、実験の結果を確定的に予測することができない。できるのは「確率を書き下す」ことだけだ。スレピアンが議論の出発点に選んだのも、この量子の不確定性だった。
サイコロに置き換えると分かりやすい。普通のサイコロなら、形状や投げ方を完璧に計算すれば出目を予測できる。だが量子の世界の「サイコロ」は違う。どれほど強力なコンピューターを使っても、出目を確定的に言い当てることは原理的に不可能だ。予測できるのは確率だけ。ここに、古典物理学と量子力学の決定的な断絶がある。
この奇妙な性質を説明する解釈のひとつが、1957年にヒュー・エヴェレットが提唱した多世界解釈(MWI)だ。量子的なサイコロを振るたびに、すべての出目が「別の宇宙」で実現する。6面サイコロなら、振るたびに6つの宇宙が分岐する。私たちはそのうちのひとつにいるだけだ、という考え方になる。
魅力的な発想だが、スレピアンは冷静だった。量子力学はマルチバースの「証拠」にはならない、と明言している。あくまで量子力学を「想像する方法のひとつ」であり、否定しがたい証拠ではないというのが彼の立場だ。
多世界解釈は量子力学の「解釈」のひとつであり、実験的に証明されたものではない。コペンハーゲン解釈など、波動関数の「収縮」を前提とする立場とは根本的に対立している。
弦理論が描く「風景」、しかし証拠はまだない
マルチバースを支持するもうひとつの柱が、弦理論(ストリングセオリー)だ。物質を構成する素粒子はさらに細かい「振動するエネルギーの弦」でできている、という理論で、宇宙には私たちが知覚する3次元を超える「余剰次元」が存在すると予測する。
異なる弦理論が異なる数の余剰次元を予測し、それぞれの宇宙で光速や電子の電荷といった物理定数が異なる値を取りうる。これが意味するのは、異なる条件を持つ宇宙が無数に存在しうるという「風景」だ。宇宙ひとつひとつが異なる物理法則を持ち、異なる物質の量を持ち、異なる進化を遂げる。壮大な絵図だが、直接的な証拠はまだ何ひとつない。
弦理論に基づくマルチバースの各宇宙は、おそらく互いに接続していない。接続していれば「別の宇宙」ではなく「ひとつの宇宙の一部」にすぎなくなるからだ。つまり、仮に存在していても直接的な証拠を得ることは永遠にできない可能性がある。科学が扱ってきた「見えないが影響はある」対象とは、質的に異なる存在だ。
弦理論自体も、現時点では実験で直接検証されていない。高エネルギー実験や極小スケールでの物質の振る舞いが弦理論の予測と一致すれば間接的な証拠になりうるが、その段階にはまだ到達していない。
「見えないもの」を信じる科学のジレンマ
ここで浮かび上がるのは、科学にとって根源的な問いだ。観測できないものを「存在する」と言えるのか。
ダークマター(暗黒物質)は直接見えないが、その重力的影響は銀河の回転速度から間接的に観測できる。ブラックホールの内部は覗けないが、事象の地平面の外側から多くのことがわかる。だがマルチバースは、これらとは質的に異なる。観測可能な影響そのものが存在しない可能性があるからだ。
宇宙インフレーション理論と量子場理論がともに正しければ、マルチバースは「論理的帰結」として不可避だと主張する物理学者もいる。天体物理学者イーサン・シーゲルは、インフレーションと量子力学の両方が正しいなら、マルチバースの存在は避けられないと論じた。一方で同僚のアダム・フランクは、無限に存在する観測不能な宇宙を受け入れることの「存在論的な浪費」を批判している。
正直なところ、この議論に「決着」はまだ遠い。物理学の歴史上、これほど壮大でありながら検証手段を持たない仮説は類を見ない。
9歳の問いが教えてくれること
スレピアンの回答で印象的なのは、「わからない」を恐れていないことだ。マルチバースが実在するかどうかは、現時点では確定できない。量子力学はひとつの解釈を提供し、弦理論は壮大な可能性を描くが、どちらも決定的な証拠には至っていない。
だが「わからない」は、科学にとって敗北ではない。むしろ出発点だ。9歳のエミリーが投げかけた問いは、物理学者たちがキャリアをかけて追いかけている問いそのものだった。
宇宙がひとつだけなのか無数に存在するのか。その答えを手にする世代が私たちなのか、それとも「ポスト人類」と呼ばれる存在なのかすら、まだ誰にもわからない。
宇宙の全貌を知ることは、もしかすると人間の認知の限界を超えているのかもしれない。だが、問いを持つこと自体が、すでに答えの一部だ。
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