ペンタゴンのAI戦争を率いる男は、Uberへの怨恨を忘れていなかった
シリコンバレーで追放された男が、今度は国防総省の側に立って、AI企業に牙を剥いている。その動機は、国家安全保障だけではないかもしれない。
シリコンバレーで追放された男が、今度は国防総省の側に立って、AI企業に牙を剥いている。その動機は、国家安全保障だけではないかもしれない。
「許さない」──8年越しの復讐心
米国防総省(通称「戦争省」)の技術トップが、過去の傷口をさらけ出している。
エミル・マイケル。現在の肩書きは国防次官(研究・工学担当)兼最高技術責任者。Anthropicとの対立で注目を集めるこの人物が、Kleiner Perkinsのパートナー、ジュビン・ミルザデガンが主催するポッドキャスト「Grit」で本音を語った。収録は先月だが、公開は3月24日(日本時間)。タイミングが絶妙だ。まさに日本時間3月25日、サンフランシスコの連邦裁判所でAnthropicとの審理が予定されている。
インタビューで最も生々しかったのは、Anthropicの話ではない。Uberの話だ。
2017年6月、マイケルはトラビス・カラニックの8日前にUberを去った。セクハラ・性差別の内部調査の余波だった。マイケル自身は告発対象ではなかったが、元司法長官エリック・ホルダーが率いた調査の結論は「解任すべし」。カラニックはその後、Benchmarkをはじめとする有力投資家の反乱で追い出された。
「まだ根に持っているか」と聞かれたマイケルは、こう答えている。「絶対に忘れないし、許さない」。怒りは個人的な名誉の問題だけではない。自律走行こそUberの未来だったのに、投資家が短期利益を優先してそれを殺した──マイケルはそう確信している。
「彼らは含み益を守ることを選んだ。1兆ドル企業を作ろうとする代わりに」
Uberは2020年、自律走行部門をAuroraに売却した。事実上の投げ売りだった。あれから6年、Waymoのロボタクシーは全米10都市に展開している。もしUberが撤退しなかったら──そのifは、今もマイケルとカラニックの胸を焼いている。
カラニックは止まらなかった
カラニックの方は、別の形で答えを出している。3月14日(日本時間)、8年間のステルスモードを経てロボティクス企業Atomsを発表した。ゴーストキッチン事業のCloudKitchensを吸収し、食品・鉱業・輸送の3分野で「専用ロボット」を展開する構想だ。ヒューマノイドではなく、産業用の車輪型プラットフォームに賭けている。
さらに注目すべきは、元Uber同僚アンソニー・レバンドウスキが設立した自律走行スタートアップProntoの買収目前だという点だ。カラニックはすでにProntoの最大投資家でもある。Waymoとの企業秘密訴訟で業界を揺るがした2人が、再び手を組もうとしている。
投資家に追われた男は、8年の沈黙の末にこう書いた。「血を流した。だが死ななかった」。Uber時代の怨恨は、消えるどころか新しい推進力に変わっていた。
「Office Suiteは文書の内容を指図しない」
マイケルにとってのもう一つの戦場が、Anthropicとの紛争だ。ポッドキャストでの発言は、紛争が法廷闘争に発展する前に収録されたものだが、彼の論理構造がはっきり見える。
まず、マイケルは国防総省が法律・規制・内部方針という「密な網」の中で運営されていると説明する。その上にAnthropicが独自のポリシーを載せようとしている──それが問題だ、と。
そして比喩を使った。「Microsoft Office Suiteを買ったとき、Word文書に何を書けるか、どんなメールを送れるかは指図されない」。つまりAnthropicは、ソフトウェアを売っておきながら使い方に口を出す会社だ、という位置づけだ。
だが、この比喩は正確だろうか。Wordは文章を生成しない。Claudeは生成する。入力に応じて出力が変わるAIモデルと、白紙のテキストエディタを同列に並べるのは、論点のすり替えに近い。
マイケルはさらに、Anthropic自身が公表した蒸留攻撃(ディスティレーション)の研究を引用した。中国企業がAnthropicのモデルを繰り返し叩き、能力を複製しようとしている。中国の軍民融合法を通じれば、人民解放軍がAnthropicの制限なしモデルに相当するものを手にする。一方、米国防総省はAnthropicのガイドラインで制約された版を使うことになる。
「片腕を後ろ手に縛られた状態で、敵のフル性能のAnthropicモデルと戦わされる。完全にオーウェル的だ」
この論法には一理ある。非対称性の問題は実在する。しかし、その解決策が「AI企業に安全制限の撤廃を強制する」であるべきかどうかは、まったく別の問いだ。
法廷で暴かれた矛盾
紛争はもはやポッドキャストの域を超えている。3月25日(日本時間)、サンフランシスコ連邦地裁のリタ・リン判事の下で審理が行われる。
Anthropicが先週提出した宣誓供述書には、興味深い時系列が含まれている。3月4日(現地時間)──国防総省がAnthropicを「サプライチェーン・リスク」に正式指定した翌日──マイケルはAnthropicのCEOダリオ・アモデイにメールを送り、両者は「非常に近い」と伝えていた。ところが2日後、マイケルはXで「国防総省とAnthropicの間に交渉は存在しない」と宣言。さらに1週間後、CNBCに「交渉再開の可能性はゼロ」と語った。
Anthropicの公共部門責任者ティヤグ・ラマサミの供述も注目に値する。国防総省の主張──Anthropicが有事にモデルを無効化したり挙動を変えたりできる──は技術的に不可能だと反論した。一度政府のエアギャップ環境に配備されれば、リモートキルスイッチもバックドアも存在しない。変更にはペンタゴン自身の承認が必要だ、と。
これに対し、マイケルは2月末にXでアモデイを「嘘つき」「神コンプレックス」と呼んで攻撃していた。政策論争にしては、あまりに個人的だ。
復讐心が国家政策を動かすとき
マイケルのキャリアを通して見えるのは、一貫したパターンだ。Uberでは世界600都市に事業を拡大する攻撃的なディールメーカーとして名を馳せた。追い出された後も怨恨を手放さず、8年間「許さない」と言い続けている。そして今、国防総省の技術トップとして、Anthropicに対して同じ攻撃性を向けている。
もちろん、国防総省がAI企業の使用制限に懸念を持つこと自体は合理的だ。中国の蒸留攻撃は現実の脅威であり、軍事作戦の基盤を一社に依存するリスクは重大だ。
だが、交渉相手のCEOをSNSで「嘘つき」と罵倒し、非公開の場では「ほぼ合意」と伝えながら公の場では 「交渉なし」 と宣言する。この行動パターンは、冷静な政策判断というより、Uber時代の精算に見えてしまう。
Microsoftは法廷助言書で、国防総省の行動は「外国の敵対勢力向けに設計された制裁ツールを、国内企業に対して武器化する危険な前例」だと警告した。OpenAIやGoogleの研究者37人も、個人の立場でAnthropicを支持する意見書を提出している。
マイケルの行動は一貫している。Uberでの怨恨は8年経っても消えず、国防総省での対Anthropic戦争には個人攻撃が混在している。政策論争と私怨の境界が、あまりに曖昧だ。
リン判事がどう判断するかは分からない。しかしひとつだけ確かなことがある。AIが戦争の道具となる時代、その舵を誰が握るかは、能力や戦略だけでなく、その人物が抱える「消えない怒り」にも左右される。それは、この上なく人間的で、この上なく不安な現実だ。
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