ロシア版Starlink「ラスベット」始動──16基と1万基の間にある深い溝

Starlink遮断からわずか2ヶ月。ロシアが国産衛星インターネット「ラスベット」の初号機群を軌道に送り込んだ。だが、16基の衛星で始まるこの物語は、1万基を超えるStarlinkとの差をどう埋めるのか。

ロシア版Starlink「ラスベット」始動──16基と1万基の間にある深い溝

Starlink遮断からわずか2ヶ月。ロシアが国産衛星インターネット「ラスベット」の初号機群を軌道に送り込んだ。だが、16基の衛星で始まるこの物語は、1万基を超えるStarlinkとの差をどう埋めるのか。


ラスベット衛星16基が軌道に到達──「実験」から「サービス」への転換

ロシアの民間宇宙企業Bureau 1440(ビューロー1440)が、低軌道衛星インターネット網「ラスベット」(Rassvet=夜明け)の運用衛星16基を低軌道へ送り込んでいる。打ち上げは3月23日(日本時間24日未明)、北部アルハンゲリスク州のプレセツク宇宙基地からソユーズ2.1Bロケットで実施された。

Bureau 1440

同社はこの打ち上げを「実験段階から通信サービス構築への移行」と位置づけている。2023年の実験衛星3基、2024年のさらに3基に続く、初めての「量産型」の軌道投入だ。

衛星は5G NTN(非地上系ネットワーク)アーキテクチャに基づく通信システム、衛星間レーザー通信端末、プラズマ推進システムを搭載している。最初の顧客テストは今年中に実施され、2027年に250基以上で商用サービスを開始する計画だ。

ただし、この打ち上げ自体が予定通りとは言い難い。当初は2025年末に予定されていたが、衛星の製造遅延により2026年にずれ込んだ。ロシアの宇宙産業関係者は「衛星がまだ完全に組み立てられていなかった」可能性を指摘しており、Bureau 1440側は「計画通り」と否定していた。


Starlink遮断が突きつけた「依存」の代償

ラスベット初号機群の打ち上げは、Starlink遮断のわずか2ヶ月後に実施されている。2026年2月、SpaceXはウクライナ政府と協力してStarlinkの「ホワイトリスト」制度を導入し、未登録端末をすべて無効化した。ロシア軍が戦場で非公式に使用していたStarlink端末は、一夜にして通信手段を失った。

影響は深刻だった。ロシア軍の前線通信は混乱し、ドローンのリアルタイムデータ中継が不可能になった。一部の親クレムリン系軍事ブロガーはSNS上で「現場からの報告では、すでに大きな問題が起きている」と公然と認めている。ロシア国防副大臣のアレクセイ・クリヴォルチコも2月中旬、Starlink端末が2週間にわたり使用不能になっていた事実を公に認めた。

公式には「ロシア軍はStarlinkもTelegramも使っていない」とされてきた。だが現実には、第三国経由で密輸された端末が前線の通信インフラの一角を担い、さらにはドローンに搭載されてウクライナ領内80km先まで攻撃を行っていた。その「公然の秘密」が、2月のホワイトリスト導入で一気に崩壊したのだ。

ラスベット計画自体は2020年から存在していた。しかし、Starlinkを失ったいま、それは「いつかの構想」から「いますぐ必要な代替手段」へと意味を変えている。

900基構想と1万基の現実──埋められない数の差

ラスベットの完成形は、2035年までに900基以上の低軌道衛星を配備する計画だ。ロシア政府は約1,028億ルーブル(約2,000億円)の予算を計上し、Bureau 1440自身も2030年までに3,290億ルーブル(約6,350億円)の自己投資を予定している。官民合わせて総額約8,350億円規模のプロジェクトだ。

数字だけ見れば巨大に映る。だが、相手が桁違いだ。

2026年3月時点で、SpaceXのStarlinkは軌道上に1万基を超える衛星を保有し、加入者数は1,000万人を突破している。FCC(米連邦通信委員会)はさらに7,500基の追加承認を出した。Amazon Leo(旧Project Kuiper)も200基以上を打ち上げ済みで、3,200基以上を目指している。

ラスベットの16基は、Starlinkの0.16%に過ぎない。2027年に250基が実現しても2.5%。900基の完成形でも、現時点のStarlinkの10分の1にも届かない。しかもSpaceXは年間数百基のペースで衛星を増やし続けている。

ロシアの宇宙コメンテーター、ヴィタリー・エゴロフ氏は、ラスベットが実用的な通信システムとして機能するには「少なくとも250基が必要」と指摘する。公式ロードマップでは2026年末までに172基の打ち上げを予定しているが、最初の16基が3ヶ月遅れたことを考えると、この目標の達成は楽観的と言わざるを得ない。


宇宙インターネットが映す「技術主権」の本質

ラスベットの物語は、単なる衛星の数の競争ではない。それは「技術的依存」がいかに脆いかを示す教訓だ。

ロシア軍がStarlinkに依存していたこと自体が、冷静に考えれば異常だった。制裁対象国の軍隊が、敵対国の民間衛星サービスを戦場の通信基盤に組み込む──これは「便利だから使う」の極致であり、同時に「代替を用意しなかった」怠慢の証明でもある。

Bureau 1440のシェロブコフCEOは「1000日で実験から量産に至った」と胸を張る。だが、量産フェーズに入ったばかりの16基と、週に何十基も打ち上げるSpaceXとの間には、産業基盤そのものの差がある。ロシアの課題は衛星を設計する能力ではなく、それを大量に、速く、安く作り続ける製造力だ。

そしてもうひとつ、見落とせない事実がある。ラスベットが完成しても、それはロシア政府が管理する通信インフラになるということだ。Starlinkの遮断で浮き彫りになったのは、「誰がインターネットの鍵を握るか」という問いだった。その答えがマスクからクレムリンに変わるだけなら、自由な通信という観点では、何も変わらないかもしれない。

16基の衛星が軌道を周回し始めた。それは確かに技術的な一歩だ。だが、「夜明け」という名の衛星が本当に照らすものが何なのか、答えが見えるのはまだ先のことだ。


参照元

他参照


#ラスベット #Starlink #ロシア #衛星インターネット #Bureau1440 #宇宙開発 #通信インフラ #情報の灯台