英国CMA、Microsoftの業務ソフト帝国にメスを入れる
Word、Excel、Copilot――英国の競争当局が、Microsoftの業務ソフトウェア全体を「戦略的市場地位」調査の対象に据えた。AIが職場に浸透するこのタイミングで、規制の矛先が向いた意味は大きい。
Word、Excel、Copilot――英国の競争当局が、Microsoftの業務ソフトウェア全体を「戦略的市場地位」調査の対象に据えた。AIが職場に浸透するこのタイミングで、規制の矛先が向いた意味は大きい。
5月に始まるSMS調査の全容
英国の競争・市場庁(CMA)が、Microsoftの業務ソフトウェア・エコシステム全体を対象とするSMS(Strategic Market Status:戦略的市場地位)調査を5月に開始する。2026年3月31日の発表で明らかになった。Windows、Word、Excel、Teams、そして急速に浸透するCopilotまで、英国の数十万の企業と公共機関が日常的に使うソフトウェア群が丸ごと射程に入る。
これは単なるライセンス契約の見直しではない。CMAが問題視しているのは、Microsoftがライセンス体系を通じてクラウド市場の競争を構造的に制限しているという点だ。
CMAのサラ・カーデルCEOは「Microsoftのライセンス慣行に関する懸念に対処し、AIが日常的な業務ソフトに組み込まれる中で公平な競争環境を確保する」と述べている。
SMS指定は違反の認定ではない。だが、指定されれば、CMAは行動規範の策定や競争促進措置の導入が可能になる。調査は最長9か月かかる見通しだ。
なぜ「今」なのか――クラウド調査からの地続き
この動きは突然降って湧いたものではない。CMAは2025年7月に完了したクラウドサービス市場調査で、AmazonとMicrosoftが「重大な一方的市場支配力」を持つと結論づけていた。データの持ち出し料金(エグレス料金)、相互運用性の壁、そしてMicrosoftのソフトウェアライセンスがクラウド競争を歪めている――そう指摘した報告書の延長線上に、今回の調査がある。
クラウド調査の終結から8か月。CMAはその間もMicrosoft、Amazon、競合他社、英国の顧客企業と対話を続けてきた。その中で浮かび上がったのが、クラウドに限らない業務ソフト全体への懸念だった。生産性ソフト、OS、データベース管理、セキュリティサービス。これらが英国経済の基盤を支えている現実と、その基盤がほぼ一社に握られている構図が、規制当局の視野に入った。
AIという「タイムリミット」
CMAが調査に踏み切った最大の理由は、AIの急速な浸透だ。アシスタント型AI、エージェント型AI――これらが日常的な業務ツールに組み込まれつつある今を、CMAは「セクターにとって極めて重要な転換点」と位置づけている。
ここに構造的な問題がある。Microsoftの業務ソフトは英国企業のインフラそのものだ。そのインフラにCopilotのようなAI機能が統合されていけば、競合のAIツールが入り込む余地は自然と狭まる。
LibreOfficeにCopilotは載らない。Google Workspaceの選択肢はあっても、Windowsとの統合度では勝負にならない。
CMAはプレスリリースで、競合他社がMicrosoftの業務ソフトと統合できる環境こそが、英国の企業や公共機関に最大の恩恵をもたらすと明記した。
この問題を放置すれば、AI時代のオフィス環境がMicrosoft一色に染まりかねない。CMAが「今」動いた背景には、競争の選択肢が消える前に枠組みを整えておくという判断がある。
この問題を放置すれば、AI時代のオフィス環境がMicrosoft一色に染まりかねない。CMAが「今」動いた背景には、手遅れになる前に枠組みを整えておくという判断がある。
GoogleとAppleに続く、3社目のSMS
SMS制度は英国の新しい「デジタル市場競争レジーム」の中核だ。2025年1月に施行され、CMAはまずGoogleの検索サービス(2025年10月指定)、次にGoogleとAppleのモバイルプラットフォーム(同月指定)にSMSを適用してきた。
Microsoftへの調査が始まれば、業務ソフトウェア分野では初のSMS調査となる。対象が検索やモバイルからオフィス・生産性ソフトへ広がることで、規制の射程は一気に拡大する。正直なところ、これはMicrosoftだけの話ではない。デジタルインフラを握る巨大テック企業すべてに対する英国の姿勢が、ここに凝縮されている。

Microsoftの「建設的」な応答
Microsoft側の反応は、かつてのActivision Blizzard買収騒動とは対照的だ。あのときブラッド・スミス副会長兼社長は「英国はビジネスに閉ざされた」と強い言葉で批判し、後に「言葉の選び方を変えるべきだった」と態度を軟化させた経緯がある。
今回のスミス氏は最初から協調路線をとっている。CMAが指摘した課題に対し「迅速かつ建設的に取り組む」と声明で述べ、CMAが必要とする情報をすべて提供する姿勢を示した。
スミス氏は公式ブログで、クラウド市場は「前例のない速さで変化しており、Googleが2025年第4四半期にAmazonやMicrosoftより高い成長率を記録した」と、皮肉交じりに競争の激しさを強調している。
同時にMicrosoftは、英国のAzure顧客向けにエグレス料金の引き下げとスイッチングの簡素化を発表した。Amazonも同様の措置を講じている。飴と鞭の「飴」を先に差し出した格好だ。

9か月後に見える景色
調査が指定に至れば、CMAはMicrosoftに対してライセンス体系の変更や、競合AIツールとの相互運用性の確保を義務付けられるようになる。これは英国内の話だが、スミス氏自身が「今回の変更を世界中の規制当局と共有する」と述べている。
EUはすでにCISPE(欧州クラウドプロバイダー連盟)との間でMicrosoftのライセンス問題を追及してきた歴史がある。米国ではFTCがMicrosoftのクラウド慣行を調査中とされる。英国のSMS調査がグローバルな規制強化の起点となる可能性は十分にある。
それでも、一つ忘れてはいけないことがある。規制は万能ではない。Microsoftの業務ソフトが広く使われているのは、ライセンスの囲い込みだけが理由ではない。30年かけて築かれた互換性、習熟コスト、組織文化との一体化。それらを規制だけで解きほぐせるかどうかは、また別の問いだ。
半年後にCMAが暫定見解を示すとき、AIはさらに深く業務ツールに根を下ろしているだろう。規制が追いつけるかどうかの勝負は、すでに始まっている。
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