爪でスマホを操作できるネイルポリッシュ、化学の力で誕生へ
長い爪のせいでスマホが思い通りに動かない。その「あるある」に、化学が本気で挑んだ。答えは意外にも、エナジードリンクの成分だった。
長い爪のせいでスマホが思い通りに動かない。その「あるある」に、化学が本気で挑んだ。答えは意外にも、エナジードリンクの成分だった。
エナジードリンクの成分で、爪がスタイラスになる
爪の先でスマホをタップしても、画面はうんともすんとも言わない。静電容量方式のタッチスクリーンは、指の皮膚のような導電性のある素材が画面の電界を乱すことで初めて「タッチ」を検出する。爪はその電界を素通りする。長い爪の持ち主は指の腹を不自然にねじ込むしかなく、大工やベーシストのように指先にタコができた人にいたっては、指そのものが反応しない 「ゾンビフィンガー」 と呼ばれる状態に陥ることもある。
ルイジアナ州センテナリー大学の学部生マナシ・デサイは、この日常的な苛立ちを化学で解決しようとしている。指導教員で化学准教授のジョシュア・ローレンスとともに、13種類の市販クリアコートに50種類以上の添加物を片っ端から混ぜ合わせた。数百通りの試行の末にたどり着いたのが、タウリンとエタノールアミンという2つの添加物だった。タウリンはサプリメントやエナジードリンクでおなじみの化合物であり、エタノールアミンは単純な有機分子だ。
この研究は3月23日(日本時間)、アトランタで開催中のアメリカ化学会(ACS)春季大会で発表された。約1万1000件の発表が行われる同大会のなかでも、「爪でスマホを操る」という題材は異彩を放っている。
なぜ従来の導電性ネイルは失敗したのか
爪に導電性を持たせる試みは、これが初めてではない。従来の研究ではカーボンナノチューブや金属粒子をポリッシュに混ぜる手法が主流だが、仕上がりは漆黒かメタリックに限られ、製造時に粒子を吸い込む健康リスクも伴う。透明で安全なネイルを実現するには、根本的に異なる発想が必要だ。
デサイとローレンスが見出したのは、酸塩基化学という意外な経路だ。従来の「金属を混ぜて電気を通す」という力技とは違い、エタノールアミンが放出するプロトン(水素イオン)が分子間を跳び移ることで、タッチスクリーンの電界にわずかな変化を起こす。この 「プロトンホッピング」 が静電容量をほんの少しだけ変え、デバイスがタッチとして認識する仕組みだ。
ローレンスはThe Registerの取材に対し、「酸塩基化学を狙っていたわけではない。たまたまうまくいっただけだ」と語っている。偶然が生んだ発見は、科学の世界では珍しくない。だが「爪を導電体にする」という課題で、それが起きたことには不思議な面白さがある。
おしゃれとは、まだ言えない
正直に言えば、この研究はまだ「面白い段階」と「使える段階」の境界線上にある。
現時点で最も性能の高い配合でも、爪に塗った状態では安定して動作しない。ピンセットでつまんだポリッシュの塊を画面に押しつければ反応するが、薄く塗った状態ではまだ力不足だ。
「動くものはできた。ただし、爪の先に2〜4mmの塊を盛らないといけない。来シーズンそれが流行るなら別だが」 ──ジョシュア・ローレンス
実用面の課題も山積している。エタノールアミンは揮発性が高く、効果の持続は数時間から長くて1日程度。研究チームが目標とする「1週間の持続」には遠い。エタノールアミン自体が軽度の皮膚刺激物質であることも、商品化に向けたハードルだ。タウリン側は無毒だが、わずかに濁りが出るという別の問題を抱えている。
それでもローレンスは仮特許を出願し、デサイはこの研究がきっかけでロレアルのインターンシップを獲得した。学部生の研究プロジェクトとして見れば、ACSでの発表と仮特許出願は十分すぎる成果だろう。
「面白い」から「使える」への壁
ローレンスは自らを「悲観主義者」と呼ぶ。「ここまでうまくいったこと自体が驚きだ」と率直に認めつつ、商品化への道のりには慎重だ。「面白い段階から使える段階に移る直前で壁にぶつかるプロジェクトを、いくつも見てきた」。
だが、発想の転換がすでに起きたことの価値は大きい。金属やカーボンナノチューブという「力技」の呪縛から離れ、酸塩基化学という新しい経路を示した。爪に塗るものでタッチスクリーンを操作するという問いは、もはや「できるかどうか」ではなく「どうすれば安定するか」に変わっている。
スマホを爪の先で自由に操れる日が来るのかどうか、正直わからない。だが少なくとも、その問いに本気で取り組んでいる化学者がいる。それだけで、ちょっとだけ未来が楽しみになる。
参照元
他参照
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