アルテミスII、月周回で54分の日食とEarthsetを撮影
アポロ以来、半世紀ぶりに人間の目が月の裏側を捉えた。そして彼らは、地球では決して見ることのできない日食を目撃した。
人類史上最も遠い場所からの日食
4月6日、NASAのアルテミスIIクルーは月周回フライバイ中に、約54分間の皆既日食を体験した。地球から見る日食がせいぜい数分で終わるのに対し、月の近傍からは太陽がゆっくりと月の背後に隠れ、まるで時間が止まったかのような光景が続いた。
「今、月から肉眼で見えるものに、頭がおかしくなりそうだ。信じられない」
カナダ人宇宙飛行士ジェレミー・ハンセンは、フライバイ中にそう無線で伝えた。NASAの公式ギャラリーに公開された画像には、暗い月のシルエットを縁取るように太陽のコロナが輝き、通常は月を撮影する際には写らないはずの星々までもが捉えられている。
月面の「夜側」がかすかに光っているのは、地球からの反射光によるもの。この淡い輝きが、漆黒の宇宙に浮かぶ月のディスクに不思議な立体感を与えている。
| アポロ13 1970年 |
アルテミスII 2026年 |
|
|---|---|---|
| 最大距離 | 24万8655マイル | 25万2756マイル |
| 距離(km) | 約40万km | 約40万7千km |
| 記録更新 | — | +約6,600km |
「Earthset」──1968年の逆再生
月のフライバイで最初にホワイトハウスが公開したのは、「Earthset」と名付けられた1枚だった。
EARTHSET.
— The White House (@WhiteHouse) April 7, 2026
April 6, 2026.
Humanity, from the other side. First photo from the far side of the Moon. Captured from Orion as Earth dips beyond the lunar horizon. Photo: NASA pic.twitter.com/ZEBTQA85TY
1968年、アポロ8号のビル・アンダースが撮影した「Earthrise」は、月の地平線から地球が昇る瞬間を捉え、人類の宇宙観を変えた。今回のアルテミスIIは、その逆──地球が月の向こうに沈んでいく瞬間を記録した。
画像には、オセアニア上空の雲が白く渦を巻く昼側と、暗闇に沈む夜側のコントラストが写っている。手前に見えるのは直径約64kmのOhmクレーター。中央にそびえる山は、天体衝突時に液状化した月面が跳ね返って形成されたものだ。
NASAのニッキー・フォックス科学局長は「世代を超えて人々を鼓舞する、科学に満ちた画像」と評した。
Apollo 13の記録を6600km超えて
アルテミスIIは、人類が地球から最も遠くに到達した記録も塗り替えた。
1970年4月、アポロ13号は酸素タンク爆発という緊急事態の中、地球から24万8655マイル(約40万km)の地点を通過した。今回のアルテミスIIは、その記録を約4100マイル(約6600km)上回る25万2756マイルに到達。月面からは最接近時に約6500kmの距離まで近づいた。
「アポロ8号で月を周回したとき、私たちは人類初の月の間近からの眺めを手に入れた。その聖火を君たちに渡せることを誇りに思う」
記録更新の直前、クルーはアポロ8号・13号の飛行士ジム・ラベルが生前に録音したメッセージを聞いた。2025年8月に97歳で亡くなったラベルは、自らの記録を破ることになる後輩たちに「景色を楽しむことを忘れないでほしい」と語りかけた。クルーはラベル家から贈られた、アポロ8号で月を周回した際に携行されたシルクパッチを船内に持ち込んでいた。
月の裏側で6回の閃光を観測
約7時間にわたるフライバイの間、クルーは科学チームと連携しながら、月面の約30の地質学的特徴を観察・撮影した。
オリエンタル盆地──直径約930kmの巨大衝突クレーターは、月の表側と裏側にまたがり、38億年前の衝突の痕跡を今も残している。クルーはこの盆地を複数の角度から詳細に観察し、色彩や明るさの微妙な違いを科学者にリアルタイムで報告した。
さらに、暗い月面上で6回の隕石衝突による閃光が確認された。これらのデータは、将来の月面活動におけるリスク評価に役立つ可能性がある。
宇宙飛行士たちは、月面に茶色や緑の色相を認識したという報告も行っている。これは衛星画像では捉えにくい微妙な色彩の変化であり、人間の目がいかに優れた検出器であるかを示している。
アルテミスII科学主任ケルシー・ヤングによれば、「人間の目は、色彩の微妙なニュアンスを見分けることに非常に優れている」という。
AIが生成する「偽の宇宙」の時代に
SNS上にはAIが生成した宇宙画像が溢れている。アルテミスIIの画像が公開された直後も、AI製の「月面写真」がシェアされ、本物との区別がつきにくい状況が生まれた。
しかし、NASAの公式ギャラリーに収められた画像は、その場にいた人間が、その瞬間に、窓越しに切り取ったものだ。Nikon D5とZ9で撮影された数千枚の写真には、衛星やAIには再現できない「その場所にいた」という事実が刻まれている。
宇宙飛行士リード・ワイズマンは、機内でiPhoneを使って月面を撮影し、そのスクリーンをライブ配信のカメラに向けて見せた。高解像度の画像が地球に届くまでの時間差を、スマートフォン越しの「速報」で埋めるという、妙に人間臭い光景だった。
2つの新クレーター、「Integrity」と「Carroll」
フライバイ中、クルーは月面に2つの新しいクレーターを発見し、命名を提案した。
1つはIntegrity──Orion宇宙船のコールサインにちなむ。もう1つはCarroll──ミッションコマンダー、リード・ワイズマンの亡き妻キャロル・テイラー・ワイズマンの名前だ。彼女は新生児集中治療室の看護師で、2020年にがんで亡くなった。
ハンセンが命名をミッションコントロールに伝えると、4人の宇宙飛行士は抱き合い、涙を流した。ヒューストンの管制室では沈黙が流れた。
人類史上最も遠い場所で、個人的な喪失を記念するという行為。深宇宙探査が単なる技術的達成ではなく、人間の物語であることを思い出させる瞬間だった。
地球への帰還、そしてアルテミスIIIへ
アルテミスIIは4月7日に月の重力圏を離脱し、地球への帰路についた。日本時間4月11日午前9時7分頃、サンディエゴ沖に着水する予定だ。
この10日間のミッションは、Orion宇宙船を有人で運用する初のテスト飛行でもある。生命維持システム、手動操縦、深宇宙での通信──すべてが次のステップに向けた検証だ。
アルテミスプログラム責任者ロリ・グレイズは「ミッションは非常に順調に進んでいる」と述べた。
2027年にはアルテミスIIIが低地球軌道で月着陸船とのドッキングテストを実施し、2028年のアルテミスIVでは月の南極への有人着陸が計画されている。その先には火星への有人飛行という、さらに遠い目標が待っている。
アルテミスIIのクルーが見た光景──54分の日食、沈む地球、衝突閃光、そして涙──は、その長い道のりの最初の一歩だ。
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