アルテミスIIが月からレーザーで4K映像を届ける——O2O通信システムの意義
アポロ時代のラジオ通信から半世紀。NASAはついに月と地球を光で繋ぐ。
アポロ時代のラジオ通信から半世紀。NASAはついに月と地球を光で繋ぐ。
月からの映像が「はじめて4K」になる理由
アルテミスII(Artemis II)が宇宙へ旅立った。4人の宇宙飛行士を乗せたオリオン(Orion)宇宙船は、史上初めて人類を月の裏側付近まで連れていく有人飛行として注目されているが、今回の任務にはもう一つの重要な柱がある。O2O(Orion Artemis II Optical Communications System)と呼ばれるレーザー通信システムの実証だ。
アポロ計画でNASAが使っていた「Sバンド」無線通信は、当時の映像を粗くモノクロに制限した主因のひとつだった。それから半世紀以上が経った今、人類が再び月へ向かう船には260Mbpsのレーザー通信端末が搭載されている。数字だけ聞けばピンとこないかもしれないが、これは月面からの4K映像をリアルタイムで地球に届けられる速度だ。
O2Oは赤外線レーザー光を使い、従来の電波通信と比べて1回の送信でより多くのデータを地球に届けることができる。レーザー光は電波より波長が短いため、同じ「1回の送信」でも桁違いの情報量を乗せられる。
O2Oとは何か、何ができるのか
O2Oの端末は3つの主要部品で構成される。光学モジュール(4インチ望遠鏡と2軸ジンバル)、モデム、そしてコントローラーだ。ジンバルが地上局に向けて望遠鏡を自動追尾し、モデムがデータをレーザービームに変換・復元する。
地球側では、ニューメキシコ州ラスクルーセスとカリフォルニア州テーブルマウンテンの2か所に地上局が設置されている。どちらも乾燥した高地であり、レーザー通信に不可欠な「晴天の確保」を理由に選ばれた場所だ。雲はレーザーの大敵であるため、2か所に分散することでカバー率を高めている。
映像だけが目的ではない。手順書・飛行計画・科学データといったミッションクリティカルな情報も、O2Oを通じて高速に送受信される。10日間の飛行で発生するおよそ300GBのデータを、Sバンド無線だけでは1日あたり最大7GBしか送れないが、O2Oを1日1時間使えば36GB——実に5倍以上の情報量を地球に届けることができる。
| アポロ時代 Sバンド無線 |
アルテミスII O2O レーザー通信 |
|
|---|---|---|
| 通信方式 | 電波(Sバンド) | 赤外線レーザー |
| 最大通信速度 | 数Kbps〜数Mbps | 260 Mbps |
| 映像品質 | 粗い低解像度映像 | 4K リアルタイム |
| 1日あたり データ転送量 |
最大 7 GB | 36 GB (1時間使用時) |
| 転送量の差 | 約5倍以上 | |
| バックアップ 通信 |
— | DSN(深宇宙通信 ネットワーク) |
| 通信断絶 | — | 約41分 (月の裏側通過時) |
* 1日あたりデータ転送量はO2Oを1時間使用した場合の試算値。アポロ時代の転送量はSバンドのみの場合。LLCDによる2013年の月面レーザー通信実証では622 Mbpsを達成済み。
通信速度の差は、単なる「高画質化」以上の意味を持つ。科学データの回収量が増えれば、同じミッションからより多くの発見を引き出せる。将来の火星ミッションを視野に入れれば、この差は命取りにもなりうる。
レーザー通信のリスクと「41分間の沈黙」
もっとも、O2Oには無視できない制約もある。

雲の影響を受けやすいレーザーを補完するため、従来のDSN(深宇宙通信ネットワーク)も並行稼働する。ボイジャーや火星探査機と通信してきたあの電波システムだ。二重化することで、レーザーが使えない状況でも乗員との連絡を維持できる。
そして、月の裏側に入る「通信断絶期間」が約41分間存在する。レーザーも電波も、月が遮蔽物になれば届かない。これはO2Oの欠陥というよりも宇宙飛行の物理的な宿命であり、NASAはこの「暗黒の窓」を把握した上でミッション計画を組んでいる。人類がはじめて月の裏側を経験する41分間は、地球上の誰とも繋がれない時間になる。
過去の実績と、その先にあるもの
O2Oは突然生まれた技術ではない。2013年にNASAが月軌道でLLCD(月面レーザー通信実証)を行い、622Mbpsという速度を達成した積み重ねの上にある。
NASAの2013年LLCD実証は月とニューメキシコの地上局間で622Mbpsの伝送を達成した。それはその時点でのベスト無線通信システムの6倍に相当する速度だった。
今回のO2Oは260Mbpsと、LLCDより低い数字に見える。しかしLLCDが純粋な技術実証だったのに対し、O2Oは有人宇宙船に組み込まれた運用システムだ。眼の前の性能差より、それが人間を乗せた宇宙船で実際に動いているという事実の方が意味は大きい。
NASAは地球近傍での実験も続けており、低軌道での通信は200Gbpsに達している。月からの260Mbpsは、将来の火星ミッションに向けたレーザー通信インフラの礎を築く一歩だ。
月の裏側が、はじめてカメラに映る
今回のアルテミスIIでは、ニコン(Nikon)のデジタルカメラを使って月の裏側の撮影も予定されている。人類がこれほど高解像度で月の裏側を記録するのは初めてのことになる。
技術の意味は、スペックの先にある。260Mbpsという数字が何を変えるかといえば、宇宙探査がはじめて「生放送」になるということだ。宇宙飛行士が何を見て、何を感じているかが、遅延なく地球に届く。アポロ時代の粒状で不鮮明な映像を見て育った世代には、それがどれほどの転換か、おそらく言葉より映像の方が雄弁に語るだろう。
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