豪16歳未満SNS禁止、施行3ヶ月で5社に執行措置
世界初の16歳未満SNS禁止法を施行したオーストラリアで、規制当局が初のコンプライアンス報告書を公開した。約500万アカウントが削除された一方、子どもの7割がまだSNSを使い続けている。
世界初の16歳未満SNS禁止法を施行したオーストラリアで、規制当局が初のコンプライアンス報告書を公開した。約500万アカウントが削除された一方、子どもの7割がまだSNSを使い続けている。
「監視」から「執行」へ──規制当局が姿勢を転換
オーストラリアのeSafety委員会が、世界で初めて16歳未満のSNS利用を禁じた法律(Social Media Minimum Age、SMMA)の施行後初となるコンプライアンス報告書を公開した。結論は明快だ。プラットフォーム各社の対応は不十分だった。
ジュリー・インマン・グラント委員長は「コンプライアンス監視から執行姿勢へ移行する」と宣言。調査対象の5プラットフォーム──Facebook、Instagram、Snapchat、TikTok、YouTube──に対し、2026年半ばまでに処分を決定する構えだ。
「SNSプラットフォームは初期的な対応を取ったものの、オーストラリアの法律を遵守するために十分な措置を講じていない可能性がある」──ジュリー・インマン・グラント eSafety委員長
「合理的な措置」を講じなかった企業には、最大4950万豪ドル(約54億円)の民事罰が科される可能性がある。20年間にわたるSNS企業の慣行を巻き戻す作業が、いよいよ法廷の段階に入ろうとしている。
500万アカウント削除、それでも7割が残る現実
2025年12月10日の施行後、各プラットフォームは合計約500万アカウントを削除・無効化した。数字だけ見れば大規模な対応に映る。だが、eSafety委員会が898人のオーストラリアの保護者を対象に実施した調査が、別の現実を浮き彫りにした。
施行前に「子どもがSNSアカウントを持っている」と回答した保護者は約半数(49.7%)。施行後、その割合は31.3%に低下した。改善はしている。しかしプラットフォーム別に見ると、Facebook利用者の保護者の63.6%、Instagramでは69.1%、Snapchatでは69.4%、TikTokでは69.3%が「子どもはまだアカウントを持っている」と回答している。
約500万のアカウントが消えた裏で、大多数の子どもたちは何事もなかったかのようにフィードをスクロールし続けている。
| プラットフォーム | アカウント継続率 |
|---|---|
| Snapchat | 69.4% |
| TikTok | 69.3% |
| 69.1% | |
| 63.6% | |
| YouTube | 48.5% |
出典:eSafety Commission「Social Media Minimum Age: March 2026 Compliance update」の保護者調査(n=898)に基づく。施行前にアカウントを保有していた子どもの保護者のうち、施行後も「アカウントが残っている」と回答した割合。全体のアカウント保有率は施行前49.7%→施行後31.3%に低下。
削除されたアカウントの多くは、明らかに年齢基準を満たさないものだった可能性が高い。本当に問題なのは「残っている」アカウントの方だ。
年齢確認を「やり直させる」プラットフォームの手口
報告書が指摘する問題は構造的だ。単なる「対応の遅れ」ではなく、プラットフォーム側のシステム設計そのものに疑問符がつく。
繰り返しチャレンジを許容する仕組み
一部のプラットフォームでは、16歳未満と自己申告していたユーザーに対して、年齢確認を「再チャレンジ」するよう促すメッセージを送信していた。しかも、同じ確認方法を何度でも試行でき、最終的に「16歳以上」という結果を得るまで繰り返せる構造になっていたという。
顔推定技術は16歳前後の年齢判定精度が低いことが知られている。何度もやり直せるなら、いつか「正解」にたどり着くのは時間の問題だ。これはバグではなく、年齢確認を形骸化させる設計と言われても仕方がない。
保護者が子どものアカウントを削除できない
報告書には象徴的な事例がある。12歳のときに「14歳」と偽ってアカウントを作成した子ども。2年後、プラットフォームはこのユーザーを「16歳」と認識しているが、実際には14歳だ。保護者がアカウントの削除を求めたところ、プラットフォームは「親権を証明する法的書類」の提出を要求した。弁護士費用がかかる手続きを、その保護者は断念せざるを得なかった。
子どもを守るための法律があっても、保護者がその法律を使うための「コスト」を企業が設定している。この構図こそが問題の本質だろう。
「大手タバコ産業」の比喩が示すもの
グラント委員長はSNS企業の抵抗を「ビッグ・タバコ」にたとえた。かつてタバコ産業が科学的証拠を無視し、規制を遅延させ続けた歴史との類似性を指摘する発言だ。
通信大臣のアニカ・ウェルズも「eSafety委員長が連邦裁判所で勝訴できるよう、夏の間ずっと証拠を積み上げてきた」と明言している。政府と規制当局が足並みを揃えて法的措置に向かう姿勢は明確だ。
一方で、Snap CEOのエヴァン・スピーゲルは2月に「オーストラリアの禁止法は壮大な実験だ」と題した寄稿をFinancial Timesに掲載。41万5000件のアカウントをロックしたと報告しつつも、法律そのものの有効性に疑問を呈している。
Redditは別の角度から攻勢をかけている。オーストラリア高等裁判所に対し、この法律が「暗黙の政治的コミュニケーションの自由」を侵害するとして違憲訴訟を提起した。プラットフォーム側は「従う」と「闘う」の二正面作戦で、あらゆる手段を講じている。
インドネシアが追随、世界に広がる規制の波
タイミングは偶然ではないだろう。オーストラリアのコンプライアンス報告書が公開されたのと同じ週、インドネシアが東南アジア初となる16歳未満のSNS禁止を施行した。3月28日に発効した規制は、YouTube、TikTok、Facebook、Instagram、X、Robloxなどが対象だ。
人口約2億8000万人のインドネシアでは、この規制の影響を受ける16歳未満の子どもが約7000万人に上る。通信デジタル大臣のメウティア・ハフィドは「保護者がアルゴリズムの巨人と一人で戦わなくて済むようにする」と語った。
フランス、スペイン、イタリア、デンマーク、ギリシャは年齢確認アプリの共同開発を進めている。イギリスは2026年初頭にパブリックコメントを開始した。マレーシア、シンガポール、タイもそれぞれ独自のアプローチで規制を準備中だ。
eSafety委員会の報告書には、各国の規制当局が注目するであろう一節がある。禁止法の反対派は「子どもたちが規制の及ばないサービスに移動する」と主張してきたが、報告書は「規制対象外のプラットフォームへの大規模な移行は確認されていない」と結論づけた。友達がいない場所に、子どもたちは移動しない。
「合理的な措置」の定義を巡る攻防
eSafety委員会は、16歳未満のユーザーが残っていること自体を違反とはみなしていない。問われているのは「合理的な措置」を講じたかどうかだ。
システムが形骸化していないか。年齢確認の突破を防ぐ多層的な仕組みがあるか。報告経路は保護者にとって実効性のあるものか。個別のアカウントではなく、プラットフォーム全体としての設計思想が審査の対象になる。
自動車産業がシートベルトからエアバッグ、衝突安全ボディへと進化したように、安全を設計原則にできるかどうか──グラント委員長はその問いをSNS業界全体に投げかけている。
この「合理的な措置」の線引きは、世界中の規制当局にとっての前例になる。オーストラリアが厳しく出れば各国の規制も引き締まり、甘く出れば法律は「飾り」になる。
半年後にeSafety委員会が本当に連邦裁判所に訴状を提出するのか。それとも、企業側が「改善」を見せて時間を稼ぐのか。20年分の慣行を巻き戻す実験は、まだ序章に過ぎない。
参照元
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