マスク、OpenAI訴訟を修正──「1ドルも自分の懐には入れない」宣言の裏側
1340億ドルを請求しながら「金目当てではない」。その真意と、3週間後に迫る陪審裁判の行方を追う。
1340億ドルを請求しながら「金目当てではない」。その真意と、3週間後に迫る陪審裁判の行方を追う。
「賠償金は全額、非営利部門に」
4月7日に提出された訴訟修正において、マスクは勝訴した場合の損害賠償金を自分自身ではなく、OpenAIの非営利部門に支払うよう求めている。請求額は最大1340億ドル(約21兆円)。「自分のために1ドルも求めていない」と、弁護士のマーク・トベロフは声明で強調した。
OpenAI was created as an open source (which is why I named it “Open” AI), non-profit company to serve as a counterweight to Google, but now it has become a closed source, maximum-profit company effectively controlled by Microsoft.
— Elon Musk (@elonmusk) February 17, 2023
Not what I intended at all.
この訴訟の目的は、彼が共同設立し、設立初期において主要な支援者であった公共慈善団体が、私的な営利目的に従属させられることを防ぐことにある。
修正書類にはそう記されている。
だが、マスクが求めているのは金銭だけではない。サム・アルトマンCEOとグレッグ・ブロックマン社長の解任。そして両幹部が営利事業から得た株式やその他の金銭的利益を、OpenAIの慈善事業に返還することも要求している。
「金目当て」批判をかわす狙い
この修正には、明確な意図がある。
OpenAI側はこれまで、マスクの訴訟を「エゴと嫉妬、競合他社を減速させたいという欲望に駆り立てられた嫌がらせキャンペーン」と批判してきた。マスクは2023年にOpenAIの直接の競合であるxAIを設立しており、「訴訟の真の目的はライバル潰しだ」というのがOpenAIの主張だ。
「1ドルも受け取らない」という宣言は、この批判に対する直接的な反論となる。マスク側の狙いは「私利私欲ではなく、非営利の理念を守るための戦い」という大義名分の再構築だ。
裁判は4月27日にオークランドの連邦裁判所で始まり、5月末まで続く見通し。陪審員の心証を争う本番を前に、マスクは物語の書き手として先手を打った。
「過半数支配を要求していた」という反証
しかし、この「非営利の守護者」という物語には穴がある。
訴訟修正の前日、4月6日に公開されたNew Yorkerの調査報道がそれを暴いている。100人以上へのインタビューと内部文書に基づくこの記事によれば、マスクは2017年9月という早い時期から、OpenAIを営利企業として再編する議論に参加していた。
しかも、ただ参加していただけではない。マスクは営利構造において過半数の株式と完全な経営支配を要求していた。OpenAIがこれを拒否すると、マスクは離脱した。2018年のことだ。
過半数の株式と完全な支配権を得られなかったとき、彼は去っていき、我々は失敗するだろうと言った。
OpenAIは2024年12月のブログ投稿でこう記している。
「非営利の理念を裏切られた」という主張と、「自分が支配できないなら去る」という行動。どちらがマスクの本心なのか。陪審員はその矛盾を目の当たりにすることになる。
司法長官への書簡と、泥仕合の激化
両陣営の応酬は裁判前夜にさらにエスカレートしている。
OpenAIは4月7日、カリフォルニア州とデラウェア州の司法長官に書簡を送り、マスクと関係者の不正かつ反競争的な行為を調査するよう要請した。最高戦略責任者のジェイソン・クォンは書簡の中で、マスクの訴訟が非営利部門に対して1000億ドル以上の損害賠償を求めており、「組織を実質的に破壊しうる」と警告している。
New Yorkerの調査はさらに踏み込んでいる。マスクがアルトマンに対する広範な調査──フライト追跡、パーティーへの出席、さらには性的な噂の調査まで──を行っていたと報じた。アルトマンは「競合他社による嫌がらせ行為」としてこれを否定。陪審員への心証操作だと主張している。
競合他社による、陪審員の心証を汚すための試みだと考えている。嫌悪すべき行為だ。
アルトマンはそう反論した。両者とも、法廷の外で世論を味方につけようと必死だ。
裁判官は損害賠償額に懐疑的
マスクの請求額──最大1340億ドル──は、AI訴訟史上最大の規模だ。だが、担当のイボンヌ・ゴンザレス・ロジャース連邦地裁判事は、その算定方法に疑問を呈している。
3月の予審で、ロジャース判事は「陪審員はこれらの数字が根拠薄弱だと理解するだろう」と発言。「説得力があるか? あまりない」とも述べた。
マスク側の損害賠償論は、非営利団体への寄付を事後的に株式投資として扱うという異例のアプローチに依拠している。約3800万ドルの寄付がOpenAIの価値の50〜75%に相当するという主張だ。だが、非営利団体への寄付者は法的に金銭的リターンを期待できない。OpenAI側はこの点を突き、専門家証言の排除を求めている。
証言が認められなければ、マスクの請求は事実上崩壊する。
問われているのは「金」ではない
この訴訟の本質は、もはや金銭ではないのかもしれない。
マスクはかつてこう投稿した。「OpenAIはGoogleへの対抗軸として非営利で設立された。だが今やクローズドソースで、利益最大化を目指し、実質的にMicrosoftに支配されている。私が意図したものとはまったく違う」。
その主張が真実かどうか。2017年に自らも営利転換を求めていたという証拠と、どう整合するのか。陪審員が判断を下す。
ただ、一つだけ確かなことがある。この裁判がどう決着しようと、OpenAIが「非営利の実験」ではなく「営利企業」として広く認知される流れは、もう止まらない。
マスクはその事実を世に知らしめるという意味では、すでに勝っているのかもしれない。
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