ハリウッドに蔓延する「影のAI」、壊れゆく出世の梯子

ハリウッドに蔓延する「影のAI」、壊れゆく出世の梯子

「AIを使え」と言われたとき、最初に浮かぶのは「私の代わりを作る方法を教えろってこと?」という恐怖だ。ハリウッドの末端スタッフたちが、会社非公認のAIツールに頼り始めている。


「AIを使え」が意味する本当のこと

ハリウッドの映画スタジオやエージェンシーで働くアシスタントたちの間で、生成AIの日常使用が静かに広がっている。The Hollywood Reporterが十数名のスタッフに取材した結果が示すのは、華やかなAI映画革命ではない。メール作成、会議メモ、贈答品の手配──地味で、しかし膨大な雑務を、誰にも言えないままAIに任せている現実だ。

Hollywood Assistants Are Using AI Despite Their Better Judgment — Including in Script Development
“When they say, ‘You should be using AI,’ the first thought in your head is: ‘Are you asking me to teach you how to replace me with technology?’” says one studio assistant.

取材に応じた全員が匿名を条件にしている。理由は明快で、雇用の不安と厳しい労働市場だ。

あるスタジオのアシスタントはこう語る。「『AIを使うべきだ』と言われたとき、真っ先に頭に浮かぶのは『私をテクノロジーに置き換える方法を教えろと言っているのか?』ということです」

ここにすべてが詰まっている。人員が削られ、業務量は増え、AIなしでは仕事が回らない。だがAIを使えば使うほど、自分の存在意義が薄くなっていく。

会社非公認の「シャドーAI」という爆弾

問題はAIを使っていること自体ではない。どう使っているかが問題だ。

ハリウッドのアシスタント文化を発信するメディア企業「Assistants vs. Agents」の創設者ワーナー・ベイリーは、この状況を「シャドーAI」と呼ぶ。企業アカウントではなく、無料の一般向けAIツールに、クライアントのスケジュールや契約条件、社内メモといった機密情報をそのまま貼り付けている実態があるという。

企業側がAI教育に投資する余裕はない。社内の管理システム自体が時代遅れで、2〜3年前にアシスタントだった先輩ですら、後輩に教える知識を持っていないとベイリーは指摘する。

ベイリーは語る。「教育は本来、企業が担うべきだ。だが予算削減と知識不足のせいで、結局は社外でやるしかない」

一方で若手の大半はZ世代だ。学生時代からChatGPTやClaudeを使い込んでおり、その習慣をそのまま職場に持ち込んでいる。会社が教えないなら自分でやる。合理的な判断だ。だがその合理性が、セキュリティの穴を広げている。

Disneyは1月に社内AIサミットを開き、全部門でのAI活用を打ち出した。だがそのわずか2か月後、OpenAIとの10億ドル規模の出資計画(約1,600億円)はSora終了とともに白紙に戻っている。旗を振る側ですらこの有様だ。


脚本カバレッジにAIが入り込む意味

雑務の効率化なら許容範囲かもしれない。だが、AIはすでにハリウッドの創作プロセスの根幹に手を伸ばしている。

「カバレッジ」と呼ばれる脚本評価レポートは、作品が紙面からスクリーンに至る最初の関門だ。台本、小説、短編──未公開の原稿がPDFにされ、ChatGPTやClaudeにアップロードされて要約が生成されている。そしてLLMはテキストの合成に長けている一方で、ニュアンスや皮肉、物語の「人間的な」部分を切り落とし、原作にない筋書きを捏造することもある。

チャップマン大学ドッジ映画メディア芸術学部のスティーブン・ギャロウェイ学部長は、自身も5年間スクリプトリーダーとしてカバレッジを担当した経験を持つ。

「AIは感情を要約できない。キャラクターが独創的かどうかも判断できない」

カバレッジの品質は、読み手の「目利き」に依存してきた。その目利きこそが、アシスタントがキャリアの梯子を登るために磨くべきスキルだったはずだ。ギャロウェイはAIを否定しない。「ツールを使いこなす義務がある。だが同時に、ツールとは別に自分にしかできないことを知っておく必要がある」。この二重の義務を果たせなければ、次の世代はツールに使われる側になる。

効率化の先にある梯子の消滅

取材に応じたスタッフの多くが、AIの利用は「好み」ではなく「必要」だと語っている。

背景には、業界全体の構造的な縮小がある。THRが2025年に実施した100名以上の若手エグゼクティブ調査では、半数がアシスタント不在か共有だと回答した。予算が削られ、人員が減り、残されたアシスタントは1人で2〜3人のボスを支えている。

あるアシスタントの言葉が、この構造の悪循環を描き出す。「効率化するのはいい。でもその分、ボスが2人増えるだけ。結局、仕事量は元に戻る。アシスタントを2人雇う代わりに1人にして、私は相変わらず事務作業に埋もれて、昇進には一歩も近づかない」。

ハリウッドは徒弟制度の上に成り立ってきた。メールルームから始まり、アシスタントとして先輩の仕事を間近で学び、人脈を築き、やがて自分の席を得る。だがギャロウェイが指摘するように、業界が縮小すると育成の余裕が消える。

「パニックの空気の中で、人を育てる帯域はない。まず生き残ることが優先だ。それが、関係性の梯子を壊している」
ハリウッド・アシスタントの構造的悪循環 業界縮小 予算削減・統合 人員削減 アシスタント共有化 業務過多 1人で2〜3人分 AI依存 シャドーAI常態化 スキル空洞化 「目利き」が育たない キャリア停滞 出世の梯子が消える 悪循環 業界の縮小がAI依存を生み、AI依存がキャリア形成を阻害する ── この循環に「出口」はあるのか
THR取材(2026年4月)に基づく構造整理

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AIがハリウッドに入り込む経路は、派手なものではなかった。AI脚本がアカデミー賞候補になったわけではない。最底辺のアシスタントが、誰にも教わらないまま、非公認のツールで日々の業務をしのいでいる。その習慣は、いまの若手が幹部になる頃には業界の標準になっているだろう。

AIが人を置き換えるかどうか──そんな議論をしている場合ではない。人を育てる仕組みのほうが先に壊れる。


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