年齢確認の次はVPN規制──世界で進む「安全」の名の下の監視

「子どもを守る」という旗印のもと、世界中の政府がインターネットに年齢確認の壁を築いている。だが、その壁を乗り越えるために使われるVPNが、次の標的になりつつある。

年齢確認の次はVPN規制──世界で進む「安全」の名の下の監視

「子どもを守る」という旗印のもと、世界中の政府がインターネットに年齢確認の壁を築いている。だが、その壁を乗り越えるために使われるVPNが、次の標的になりつつある。


年齢確認がVPN規制を呼ぶ構図

世界のインターネットが、急速に「年齢ゲート」で覆われている。米国では25以上の州が成人向けコンテンツやSNSへのアクセスに年齢確認を義務化し、英国では2025年7月にオンライン安全法(OSA)が施行された。オーストラリアは2026年3月(日本時間)から成人向けコンテンツの年齢確認を開始し、フランスは15歳未満のSNS利用禁止を国民議会で可決している。

当然の帰結として、ユーザーはVPN(仮想プライベートネットワーク)に流れた。英国政府が2026年3月に公表した報告書によれば、OSA施行前に約65万人だったVPNの1日あたり利用者数は、施行後の2025年8月に140万人超にまで急増した。プライバシーを守りたい市民がVPNに殺到するのは、予測可能な副作用だった。

だが、各国政府の対応は「壁が効かないなら、はしごを壊せ」という方向に向かっている。

英国──VPN年齢確認という矛盾

英国の動きは、もっとも露骨だ。2026年1月22日(日本時間)、貴族院は子どもの福祉と学校法案への修正案92号を207対159で可決し、18歳未満へのVPN提供禁止を打ち出した。VPNプロバイダーに対し、すべての英国ユーザーへの年齢確認を義務づける内容だ。

プライバシーを守るために設計されたツールを使うために、まず身元を明かさなければならない。金庫を買う前に信用調査を受けるようなものだ。

ISPreviewが報じた貴族院の議論では、VPNが年齢確認を回避する「抜け穴」だという主張が中心だった。だが労働党のナイト卿は「私の携帯電話もVPNを使っている。議会のサイバーセキュリティ相談に従った結果だ」と反論し、VPNへの年齢制限は 「極めて問題がある」 と警告している。

その後、3月10日(日本時間)に法案が庶民院に戻ると、労働党政権はVPN禁止修正案を否決した。だが話はそこで終わらない。政府は代わりに、科学技術大臣リズ・ケンドールに子どものVPN利用を制限する権限を包括的に与える代替条項を可決したのだ。

オープン・ライツ・グループはこれを「議会とOfcomから権限を奪い、大臣に手渡す行為」と批判している。明示的な禁止は退けたが、いつでも規制を発動できる白紙委任状を大臣に渡した格好だ。法案は3月25日(日本時間)に再び貴族院に戻る。

フランス・米国──「次はVPN」の連鎖

英国だけの話ではない。フランスでは2026年1月26日(現地時間)、国民議会が15歳未満のSNS利用禁止法案を116対23で可決した。直後にAI・デジタル担当のアンヌ・ル・エナフ大臣がフランスの公共放送で明言した。「VPNは次のテーマだ」と。

フランス政府はVPNの全面禁止は否定しているものの、未成年の年齢確認回避を防ぐための技術的措置を検討するとしている。マクロン大統領が「子どもの脳はアメリカのプラットフォームにも中国のネットワークにも売り物ではない」と宣言したように、政治的な推進力は強い。

フランスでSNS初登録の平均年齢は8歳半。技術的に回避可能な規制だと分かっていても、政治家が「何もしない」を選ぶことは難しい。

米国では、より直接的な動きがあった。ウィスコンシン州の年齢確認法案にはVPNユーザーのアクセスを一律ブロックする条項が含まれていた。EFF(電子フロンティア財団)はこれを「壊滅的な悪手」と批判し、ウィスコンシン州の法律がインターネット全体のVPNアクセスを壊しかねないと警告した。2026年2月の反発を受けてVPN禁止条項は削除されたが、ミシガン州ではISPにVPN接続の監視・遮断を義務づける法案が提出されたままだ。

ユタ州はさらに踏み込んでいる。VPN利用中であっても物理的な所在地に基づく年齢確認を義務づける法律が2026年5月に施行予定で、NordVPNはこれを 「賠償責任の罠」呼んでいる。技術的に遵守不可能な法律は、子どもを守らないどころか、合法的にプライバシーを守ろうとするユーザーを罰するだけだ。


400人の科学者が鳴らす警鐘

こうした流れに対し、科学者たちが声を上げた。2026年3月2日(現地時間)、30カ国のセキュリティ・プライバシー研究者が公開書簡を発表し、年齢確認技術のモラトリアムを求めた。

年齢に基づくアクセス制御を決定し、それを強制する者は、インターネット上のどのコンテンツに誰がアクセスできるかについて、途方もない影響力を手に入れる。

署名者は405人にのぼり、ETHチューリッヒ、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学、UCバークレーなど世界有数の研究機関が名を連ねる。書簡は年齢確認が容易に回避されること、デジタル格差を深刻化させること、将来的に検閲や政治的濫用に転用されうることを指摘している。

とりわけVPN規制については、ジャーナリスト、活動家、DV被害者といった脆弱な人々を無防備にすると強く警告した。年齢確認が子どものメンタルヘルス改善に直結するという科学的根拠も、いまだ確立されていない。

「子どもの安全」と「全員の自由」の間で

ケイトー研究所は端的な事実を突きつけた。VPNを禁止・制限している国のリストには北朝鮮、ベラルーシ、中国、ロシア、イランが並ぶ。西側民主主義国がこのリストに近づきつつあるという現実を、どう受け止めるべきか。

子どもをオンラインの有害コンテンツから守ることに反対する人間はいない。だが、その方法が「全国民に身元証明を強いるインフラを構築し、それを迂回するツールまで規制する」であるべきかは、まったく別の問いだ。EFFの言葉を借りれば、これは 「安全の衣をまとった監視」 にほかならない。

年齢確認という「壁」が高くなるほど、VPNという「はしご」の需要は増える。そしてはしごを壊そうとする法律が生まれる。このいたちごっこの先にあるのは、子どもの安全か、それとも匿名性のないインターネットか。その問いの答えを持っているのは、議員でも科学者でもなく、画面の前にいる私たち自身だ。


#VPN #年齢確認 #プライバシー #オンライン安全法 #ネット規制 #EFF