ソニー、英国で約4,200億円の集団訴訟──PlayStation Storeは「独占」なのか
ゲームのデジタル購入は、もはや当たり前になった。だが「当たり前」の裏で、誰かが不当に利益を得ていたとしたら。英国で始まった巨額訴訟が、その構造に切り込もうとしている。
ゲームのデジタル購入は、もはや当たり前になった。だが「当たり前」の裏で、誰かが不当に利益を得ていたとしたら。英国で始まった巨額訴訟が、その構造に切り込もうとしている。
PlayStation Storeの「閉じた世界」が法廷へ
英国の競争審判所(Competition Appeal Tribunal、CAT)で、ソニーを相手取った約20億ポンド(約4,200億円)規模の集団訴訟が進行している。2026年3月2日(日本時間)に開廷し、10週間にわたる審理が予定されている。
原告側の代表を務めるのは、消費者権利活動家のアレックス・ニールだ。彼女が率いるConsumer Voiceは、約1,220万人の英国PlayStationユーザーを代表してこの訴訟を提起した。主張の核心はシンプルだ。ソニーはPlayStation Storeでのデジタル販売を独占し、消費者に不当に高い価格を強いてきた、というものだ。
訴訟の対象期間は2016年8月19日から2026年2月12日までの約10年間。この間にPlayStation Storeでデジタルゲームやアドオンを購入した英国のユーザーは、原則として自動的に原告に含まれる。勝訴した場合、1人あたり推定162ポンド(約3万4,000円)の補償が見込まれている。
https://x.com/screenrant/status/2031741974097596654
当初50億ポンド規模とされた請求額は、現在19億7,000万ポンドに縮小されている。それでも、コンソール市場のデジタル流通を正面から問う訴訟としては前例のない規模だ。
「デジタルは物理より高い」という矛盾
法廷で提示された証拠は、ゲーマーなら誰もが薄々感じていた事実を数字で裏付けている。デジタル版ゲームの価格は、パッケージ版より約20%高いというのだ。この数字の意味は重い。製造コストも物流コストもかからないはずのデジタル版が、なぜ物理メディアより高くなるのか。
原告側弁護士のロバート・パーマーKCは審判所で次のように述べた。
「ソニーはデジタルコンテンツの小売価格を、競争相手なしに自由に設定できる。それにより、デジタル流通から独占的利益を得ている」
具体例も示された。AFPの報道によれば、「アサシン クリード シャドウズ」はPlayStation Storeで約70ポンドだが、英国の家電量販店Currysではパッケージ版がその約半額で販売されているという。
ここには構造的な問題が潜んでいる。PlayStation本体は、ソニーのストア以外からデジタルゲームをダウンロードできない設計になっている。Consumer Voiceの公式サイトが詳細を伝えているが、ソニーは契約・技術・ライセンスの三重の壁で競合を排除してきたと訴訟では主張されている。PCではSteam、Epic Games Store、GOGなど複数のストアが競争し、価格やサービスで差別化を図っている。だがPlayStationの世界には、そもそも「選択肢」が存在しない。
30%の手数料──コンソールとPCで何が違うのか
この訴訟の背景にあるのは、デジタルプラットフォーム全体に広がる手数料問題だ。ソニーはPlayStation Storeでの販売に対して30%の手数料を徴収している。原告側は、PC向けプラットフォームでは12〜20%程度が相場であり、ソニーの取り分は競争不在のなかで膨らんだ「独占利潤」だと主張する。
確かに、Epic Games StoreやMicrosoft Storeは12%だ。Steamも基本30%だが、売上に応じて25%、20%と段階的に引き下げる仕組みがあり、開発者が無料で配布できるキーの発行も認めている。
ただし、この比較には注意が必要だ。コンソールメーカーとPCストアでは、ビジネスモデルの前提が根本的に異なる。ソニーはハードウェアを薄利で販売し、ソフトウェアの手数料で回収するという構造を長年維持してきた。PS5は発売初期、1台売るごとに赤字だったとされる。手数料の高さだけを切り取って「不当」と断じるのは、全体像を見誤る可能性がある。
とはいえ、消費者の側から見れば、「ハードが安かったのだから、ソフトで高く払え」という論理が通用するかは別の話だ。とくにPS5 Digital Editionはディスクドライブすら持たず、PlayStation Storeでの購入を事実上強制している。
英国テック訴訟の「連鎖」──Apple、Google、Valve
この訴訟は、英国で相次ぐテック企業への集団訴訟の一つにすぎない。2025年10月、CATはAppleが市場支配的地位を濫用したと認定。App Storeの手数料をめぐり、3,600万人のユーザーに対する補償の可能性が浮上している。
Googleに対しても同様の訴訟が進行中で、2026年10月に審理開始が予定されている。Epic Gamesは当初この訴訟に参加する予定だったが、GoogleがPlay Storeの慣行を大幅に変更したことを受けて、3月に請求を取り下げた。
そしてPCゲーム市場でも、Steamを運営するValveが6億5,600万ポンド(約1,380億円)の集団訴訟に直面している。2026年1月にCATが審理続行を認めたこの訴訟は、約1,400万人の英国Steamユーザーを対象とし、Valveの「価格均一化義務」──他プラットフォームでの値下げを禁止する契約条項──が競争を阻害したと主張している。
興味深いのは、ソニーもValveも同じ30%という手数料率を採用し、同じ「独占」の論理で訴えられている点だ。だが両者の状況は本質的に異なる。Steamは「開かれた」PC市場における一プレイヤーであり、競合ストアが存在する。一方、PlayStation Storeは「閉じた」コンソール市場で唯一のストアだ。同じ手数料率でも、競争環境の有無が法的評価を分ける可能性がある。
ソニーの反論と、問われる「投資の対価」
ソニーは訴訟の主張を全面的に否定している。何年もかけて何十億ドルも投資してきた統合ゲームプラットフォームだと強調し、NintendoやXboxも同様のモデルを採用していると指摘する。
弁護側は、この訴訟の本質は「第三者がPlayStation上にストアを開設し、ソニーの投資に"ただ乗り"する権利を要求している」ことだと述べた。2025年10月〜12月期にPS5を800万台販売した実績を挙げ、ゲーム機市場は十分に競争的だとも主張している。
セキュリティとプライバシーの観点から、サードパーティのストアを許可することにはリスクがある──これがソニーのもう一つの論拠だ。だが、PCでは複数ストアが共存しながらもセキュリティが維持されている現実を考えると、この主張の説得力には限界がある。
正直に言えば、どちらの側にも一理ある。ソニーが巨額の投資でエコシステムを構築してきたのは事実だ。だが、その投資の回収方法が消費者にとって「公正」かどうかは、まったく別の問題だ。とくに、ゲーム産業全体がディスクからダウンロードへと不可逆的に移行するなかで、デジタルストアの独占がもたらす影響は年々大きくなっている。
判決の先にあるもの
審理は最長で5月8日(現地時間)まで続く見込みで、判決にはそこからさらに数ヶ月を要する。ソニーが敗訴すれば控訴は確実だろう。最終的な結論が出るまでには、まだ長い時間がかかる。
だが、この裁判の意味は判決だけにあるわけではない。コンソールメーカーが自社ハードウェア上のデジタル流通を独占する構造そのものが、初めて本格的に法廷で問われている。Apple、Google、Valve──次々と「30%の壁」に訴訟が突きつけられるこの流れは、デジタル流通の「常識」が問い直される時代の始まりなのかもしれない。
PlayStation 5を持っている英国のゲーマーは、今この瞬間も「閉じた世界」の住人だ。その扉をこじ開けるのが裁判所なのか、市場の圧力なのか、それともソニー自身の判断なのか。答えが出るのはもう少し先だが、問いはすでに投げかけられている。
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