SpaceX、1.75兆ドルの史上最大IPOを秘密裏に申請

SpaceX、1.75兆ドルの史上最大IPOを秘密裏に申請

史上最大の新規株式公開が、静かに動き出した。評価額277兆円、調達額11兆9,000億円。だが、その巨体が見せる輝きの裏には、見落とせない影がある。


SpaceXがSECに秘密裏の上場申請を提出

SpaceXが米証券取引委員会(SEC)に対し、IPO(新規株式公開)の秘密裏の登録申請を提出した。Bloombergが4月1日に第一報を伝え、CNBC、Reuters、Wall Street Journalが相次いで追認している。史上最大の新規上場が、いま現実の手続きとして動き出している。

目標とされる企業評価額は1.75兆ドル(約277兆円)。調達額は最大750億ドル(約11兆9,000億円)に達する見通しで、2019年のサウジアラムコが記録した290億ドルの調達額を大きく凌駕する。実現すれば、文字どおり「史上最大のIPO」だ。

上場先はNasdaqが有力視されている。6月の上場を見据え、今月中にも機関投資家向けのブリーフィングが始まる見込みだ。幹事にはバンク・オブ・アメリカ、ゴールドマン・サックス、JPモルガン、シティグループ、モルガン・スタンレーが名を連ね、Reutersによれば関与する銀行は計21行にのぼる。

秘密裏の申請とは、SECの審査を非公開で受けられる手続きだ。ロードショー開始の15日前までに目論見書を公開する義務があるため、正式なS-1は4月末から5月初旬に公開されるとみられる。

個人投資家に30%──ウォール街の常識を覆す配分

通常のIPOでは、個人投資家への割当ては全体の5〜10%程度に過ぎない。ところがSpaceXは全体の30%を個人投資家に配分する計画だとReutersが報じている。通常の約3倍という異例の比率だ。

マスクはかつてStarlinkのIPOについて「小口の個人投資家を最優先にする」とXで宣言していた。今回その言葉を文字通り実行に移す構えといえる。個人投資家への30%配分という数字は、ウォール街の慣行に対する明確な挑戦だ。ジョージタウン大学のリーナ・アガルワル教授は「今後5年間で同じ規模の企業は上場しない。マスクへのエクスポージャーを求める投資家にとって、これが唯一の機会だ」と指摘する。

一方で、その「唯一の機会」こそが冷静な判断を妨げる最大の罠にもなりうる。Fortuneに寄稿したコロンビア大学の客員教授ジェフリー・スチュワートは、今のIPO市場の構造的な問題を突いている。かつてAmazonは4億3,800万ドルの時価総額で上場し、公開市場の投資家が価値創造の全過程に参加できた。だが今日のメガユニコーンは、上場時点で成長の大半を織り込み済みだ。

1.75兆ドルで上場するSpaceXに「100倍のリターン」を期待するのは現実的ではない。本当の爆発的リターンは、時価総額5億ドル未満の企業を早期に見つけることにある──スチュワートはそう警告する。

夢を売るのがIPOの本質なら、買い手はその夢の「原価」を知っておくべきだろう。

Starlinkが支える1.75兆ドルの根拠

SpaceX IPO 主要データ2026年4月1日 秘密裏申請
IPO概要
評価額目標1.75兆ドル約277兆円
調達額最大750億ドル約11兆9,000億円
過去最大IPOサウジアラムコ 290億ドル2019年 ─ 今回はその約2.6倍
個人投資家枠30%通常5〜10%の約3倍
上場先 / 時期Nasdaq / 2026年6月
Nasdaq-100上場後15営業日で組入可新ルール(従来は3か月)
業績(2025年)
総売上高約150億ドル約2兆3,800億円
調整後利益約80億ドル約1兆2,700億円 ─ 8割がStarlink
Starlink契約者1,000万人超2026年2月時点
xAI統合リスク
共同創業者11人中11人が退職2024年〜2026年3月
月間燃焼額約10億ドル合併時点・CNBC報道
主力PJ「Macrohard」開発停止中リーダー退社に伴い凍結

※評価額・調達額はBloomberg報道に基づく目標値。業績はReuters報道。1ドル≒158.5円で換算。

巨大な評価額を支えているのは、ロケットではなくStarlinkだ。SpaceXの衛星インターネットサービスは2026年2月時点で契約者数が1,000万人を突破。2025年の売上高は約100億ドルに達し、SpaceX全体の収益約150億ドル(約2兆3,800億円)の大半を占める。Reutersによれば、2025年の調整後利益は約80億ドル(約1兆2,700億円)で、その8割をStarlinkが生み出した。

数字だけを見れば文句のつけようがない。だが、この成長の内実には注意が必要だ。国際展開が進むにつれて、契約者1人あたりの平均売上高(ARPU)は下がり続けている。米国では月額120ドルだが、フランスでは約41ドル、ブラジルでは約30ドル。加入者が増えても売上の伸びが追いつかないジレンマを、SpaceXはすでに抱えている。

さらに、Nasdaqは3月30日にSpaceXのためとしか思えないルール変更を発表した。5月1日から、時価総額上位40位以内の新規上場企業は、上場後わずか15営業日でNasdaq-100に組み入れ可能になる。従来は最低3か月の「待機期間」があったが、それが事実上撤廃された。

組み入れが実現すれば、QQQなどのインデックスファンドから数百億ドル規模の自動買い注文が発生する。これは株価の下支えになるが、同時に市場の「自動装置」がSpaceXをどこまで過大に膨らませるか、という問いも突きつける。

xAI──1.75兆ドルの中に潜む空洞

今回のIPOで投資家が買うのは「SpaceX」だけではない。2月の全株式交換による合併で、SpaceX(評価額1兆ドル)とxAI(同2,500億ドル)は一体化した。つまり、1.75兆ドルの中にはマスクのAI事業の「将来」が含まれている。

だが、その「将来」を設計するはずだった人材が全員いなくなった。

xAIの共同創業者11人は、2024年から2026年3月にかけて全員が退職した。最後の2人、マヌエル・クロイスとロス・ノーディーンが3月末に去ったことで、創業チームの完全な空洞化が確定した。マスク自身が「xAIは最初から正しく構築されていなかった。基礎から再構築する」とXで認めている。

問題はそれだけではない。xAIの最大のAIプロジェクト「Macrohard」は、リーダーのトビー・ポーレンの退社に伴い事実上の開発停止状態にある。CNBCによれば、xAIは合併時点で月間約10億ドルを燃焼しており、Grokのディープフェイク画像問題をめぐって欧州・アジア・米国で規制当局の調査も受けている。

ロケットとStarlinkの実績は疑いようがない。だが目論見書に記される数字は、このAI部分のコストとリスクを含んだものだ。

SpaceXのロケットとStarlinkは確かに圧倒的だ。だが投資家が買うのは「SpaceX+xAI」という合算された未来であり、そのAI部分はいま、創業者ゼロ・主力プロジェクト停止・規制リスク拡大という三重の逆風のさなかにある。

2026年「メガIPOの年」の幕が上がる

SpaceXは、2026年に予想されるメガIPO三連弾の第一弾にすぎない。Bloombergによれば、OpenAIとAnthropicも年内の上場を検討している。AI投資への市場の期待と疲労が交錯するなかで、これらの巨大上場がAIトレードの命運を分ける試金石になる可能性がある。

もう一つ忘れてはならないのは、市場環境の不確実性だ。米国とイランの紛争、原油価格の高騰、Nasdaqはこの1週間で年初来最大級の下落を記録した。アガルワル教授が指摘するように、「どれほど素晴らしい企業でも、市場が崩れていればIPOは失敗しうる」。6月までに地政学リスクが収束しなければ、史上最大のIPOは史上最大の延期になるかもしれない。

SpaceXの上場申請は、ロケット技術と衛星通信の勝利であると同時に、AI時代の評価額インフレの象徴でもある。1.75兆ドルという数字が「実力」なのか「期待」なのか。その答えは、目論見書が公開される数週間後に、初めて見えてくる。


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