英国が300家庭で「SNS禁止」を試す――子どもの画面を取り上げる実験の行方
オーストラリアに続くか、それとも全く別の道を歩むか。英国政府が、子どものSNS利用に関する世界でも類を見ない社会実験を始動させた。
オーストラリアに続くか、それとも全く別の道を歩むか。英国政府が、子どものSNS利用に関する世界でも類を見ない社会実験を始動させた。
300人の10代を対象にした「4パターン」の実験
英国政府が3月25日(日本時間)、13歳から17歳の10代300人を対象にしたSNS規制のパイロット試験を公式に発表した。科学・イノベーション・技術省(DSIT)が主導し、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの全4地域から参加者を募る。期間は6週間。単なるアンケート調査ではない。実際の家庭で、実際の10代に、異なる4つの制限を課す実地試験だ。

第1グループはペアレンタルコントロールを使ってSNSアプリへのアクセスを完全に遮断する。事実上の「禁止」だ。第2グループはInstagram、TikTok、Snapchatなど主要SNSの利用を1日1時間に制限する。第3グループは午後9時から午前7時までSNSをブロックする「デジタル門限」。そして第4グループは何も変えず、比較対照群として機能する。
試験開始前と終了後に親子双方にインタビューを実施し、睡眠、家庭生活、学業への影響を測定する。加えて、ペアレンタルコントロールの設定の難しさや、10代がどんな「抜け道」を見つけたかも記録される。
技術担当大臣リズ・ケンダルは「子どもたちにふさわしい子ども時代を取り戻し、未来に備えさせる」と述べた。パイロットによって「家族自身の経験に基づいた次のステップに必要な証拠」を得るとしている。
正直に言えば、抜け道の記録こそが最も興味深い結果を生むかもしれない。
議会は割れ、世論は圧倒的に「賛成」
このパイロットは真空状態で始まったわけではない。背景には、英国議会を二分してきた激しい攻防がある。
2026年1月、貴族院(上院)が児童福祉・学校法案に16歳未満のSNS禁止条項を261対150で可決した。しかし3月9日、庶民院(下院)は307対173でこれを否決。代わりに政府は、技術担当大臣リズ・ケンダルに対し、SNSやAIチャットボットへの子どものアクセスを制限・禁止する権限を付与する修正案を通した。
注目すべきは、与党・労働党から107人もの議員が棄権したことだ。党として禁止に反対しながら、自分の名前で反対票を投じることには躊躇した。世論が明確に禁止を支持している中で、政治的リスクを計算した結果だろう。YouGovの2025年12月の調査では、英国民の74%が16歳未満のSNS禁止を支持していた。
そして本日3月25日(日本時間)、法案は再び貴族院に戻り審議が行われる。政府の修正案を貴族院が受け入れるか、それとも再びSNS禁止を盛り込もうとするかで、さらなる衝突が起きる可能性がある。パイロット発表のタイミングは偶然ではない。「我々はすでに動いている」というメッセージだ。
オーストラリアの「先例」が示す希望と限界
英国が参考にしているのは、2025年12月に世界で初めて16歳未満のSNS利用を禁じたオーストラリアだ。施行から1カ月で、SNS各社は合計470万件のアカウントを停止した。Metaだけで約55万件。通信大臣のアニカ・ウェルズは「実行不可能だと言ったすべての人たちに対する勝利だ」と胸を張った。
だが数字の裏には、別の現実がある。15歳のメルボルンの少女はNPRの取材に対し、顔認証を突破してInstagramアカウントを復旧したと語っている。禁止直後にはLemon8やDiscordなど対象外アプリのダウンロードが急増し、VPNの利用も一時的に跳ね上がった。
シドニー大学の研究者ティモシー・コスキーは、停止されたアカウントの内訳(休眠アカウントや成人のものが含まれている可能性)が不透明だと指摘する。「禁止がオンライン上の被害を減らしているか、子どものオフラインでの習慣を変えているかを示すデータはまだない」。
Snapchatのエヴァン・スピーゲルCEOも、この法律を「結果が不確実な壮大な実験」と呼び、年齢推定技術が2〜3歳の誤差を持つことを指摘している。
UNICEFは「SNS禁止にはそれ自体のリスクがあり、逆効果になりうる」と警告している。孤立した子どもやマイノリティにとって、SNSは学び・つながり・自己表現の生命線であり、禁止は彼らを規制されていない危険な場所に追いやる可能性がある。
英国のパイロットが「禁止」だけでなく「制限」や「門限」も含む4パターン設計にしたのは、こうした批判への回答だろう。全か無かではなく、どこに線を引くべきかを探ろうとしている。
ブラッドフォードで始まる「本格的な科学」
政府パイロットとは別に、英国ではSNS利用削減の効果を測定する世界初の大規模科学試験も始動する。ケンブリッジ大学の心理学者エイミー・オーベン教授とブラッドフォード健康研究所が共同で主導し、ウェルカム・トラストが資金を提供する。
ブラッドフォードの10校から12歳から15歳の約4,000人を募集し、不安、睡眠の質、友人や家族との時間、ボディイメージ、いじめ、欠席率など多面的な指標を追跡する。
オーベン教授は「異なる種類のSNS政策が実際にどう機能するかについて、我々には重要な知見が欠けている。ブラッドフォードのような大規模RCT(ランダム化比較試験)によって初めて、若者とその家族にとって有効な介入策を選べるようになる」と述べている。
政府の6週間パイロットが「実務上の可否」を検証するのに対し、ブラッドフォード試験は 「科学的な因果関係」 に迫ろうとしている。両者は相互補完の関係にある。
ただし、ブラッドフォード試験には一つの留意点がある。参加者は特定地域の学校に限定されるため、英国全体の多様性をどこまで反映できるかは未知数だ。都市部と農村部、異なる経済階層での結果が同じとは限らない。
「子どもを守る」と「権利を奪う」の境界線
今回のパイロットが発表されたのと同じ日に、貴族院では再びSNS禁止をめぐる議論が行われている。EFF(電子フロンティア財団)は、政府が大臣に付与した広範な権限について強い懸念を示し、「議会やOfcomではなく、一人の大臣がインターネットへのアクセスを制限できるようになる」と警告している。
Open Rights Groupも 「すべての成人が本人確認を求められる世界」 への懸念を表明した。子どもを守るための法律が、成人のプライバシーと表現の自由を侵食する構造は、オーストラリアでもすでに顕在化している問題だ。
一方、子どもの安全を訴える側の声も切実だ。2017年に自らの命を絶ったモリー・ラッセルの父親は禁止に反対の立場だが、2023年に殺害されたブリアナ・ゲイの母エスター・ゲイは強く支持している。同じ悲劇を経験した遺族の間でも、答えは一つではない。
英国のデジタル・ウェルビーイング協議は5月26日まで受付中で、すでに約3万件の回答が寄せられている。政府は夏までに方針を公表する予定だ。
世界中の政府が「子どもとSNS」の問題に対処しようとしている。オーストラリア、フランス、インドネシア、ブラジル、スペイン、デンマーク。だが誰も正解を知らない。英国のパイロットが示す結果は、たとえ300人の小規模なものであっても、「禁止か放置か」という不毛な二項対立を超える手がかりになるかもしれない。
問題は、6週間の実験で、子どもたちが何十年も使い続けるテクノロジーとの関係を理解できるのかどうかだ。
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