米最高裁、ISPはユーザーの著作権侵害に無責任と全員一致判決

インターネットプロバイダーが「著作権の警察官」たるべきか。10億ドルの賠償をめぐるソニー対コックスの闘いに、米最高裁が9対0で答えを出した。

米最高裁、ISPはユーザーの著作権侵害に無責任と全員一致判決

インターネットプロバイダーが「著作権の警察官」たるべきか。10億ドルの賠償をめぐるソニー対コックスの闘いに、米最高裁が9対0で答えを出した。


8年越しの闘いに終止符

著作権をめぐる業界の常識が変わりつつある。米連邦最高裁判所が2026年3月25日(日本時間26日)に下した判決は、インターネットプロバイダーの責任範囲を根本から定め直すものだ。

ソニー・ミュージック・エンタテインメント、ユニバーサル・ミュージック・グループ、ワーナー・ミュージック・グループなど大手レーベルが、コックス・コミュニケーションズ(Cox Communications)を著作権侵害で訴えたのは2018年のことだ。訴えの核心は「繰り返し侵害するユーザーを解約しないことは、著作権侵害への加担ではないか」という問いだった。

最高裁の答えは全員一致の9対0。ISP(インターネットサービスプロバイダー)のコックスを支持し、「一部のユーザーが著作権侵害にサービスを使うと知っているだけでは、責任を負わない」と明確に示した。

「一般向けにサービスを提供している企業が、一部のユーザーがそのサービスを著作権侵害に使用することを知っていたとしても、それだけで著作権侵害者としての責任を負うことはない」——クラレンス・トーマス判事(多数意見)

寄与責任が成立するための2つの条件

多数意見を執筆したトーマス判事は、ISPが「寄与侵害責任」(Contributory Liability)を問われるためには、次の2つの条件のどちらかを満たす必要があると示した。

①ISPが積極的に侵害を誘発・奨励した、または②侵害のために特化して設計されたサービスを提供した——この2点だ。

これは2005年のグロクスター事件(MGM v. Grokster)の判例の延長線上にある判断だ。あの事件では、P2Pソフトウェアを「侵害ツールとして積極的に宣伝した」グロクスターが敗訴した。コックスはその条件のどちらにも当てはまらなかった。

コックスのインターネット接続は、動画視聴、リモートワーク、オンライン学習など合法的な用途で圧倒的に使われている。「侵害に特化したサービス」には当たらない——最高裁の結論はそこにある。

要するに、インターネット接続サービスはそれ自体が「侵害に特化したサービス」ではない。そのことが今回の判決で法的に確立された意味は大きい。

16万件の通知、解約はわずか32人

事実だけを並べると、コックスの対応は決して褒められたものではない。

著作権侵害監視サービスのMarkMonitorが2年間でコックスに送付した通知は16万3,148件。対象アカウントは5万7,000、侵害された著作権楽曲は1万件超とされている。にもかかわらず、約600万人の契約者のうちコックスが実際に解約したのは32人だった。

コックス社内には担当者が「DMCAなんてくそくらえ」と書いたメールが残されており、これが陪審の心証を大きく悪化させたとも言われている。

一審陪審は2019年、コックスに10億ドル(約1,600億円)の法定損害賠償を命じた。当時のインターネット著作権訴訟史上最大の評決だった。その後の上訴審(第4巡回区控訴裁判所)で代位責任は退けられたが、寄与責任は維持された。今回、最高裁がその寄与責任も否定した。


ソトマイヨール判事の警告:「ISPは完全に免責される」

判決は全員一致とはいえ、内部に割れ目がある。

ソニア・ソトマイヨール判事はケタンジー・ブラウン・ジャクソン判事とともに、結論(コックス支持)には同意しながらも多数意見の論理枠組みには反対した。一部同意意見(コンカレンス)での指摘は鋭い。

多数意見が寄与責任を2類型に限定したことで、DMCAが定める「繰り返し侵害者のアカウント終了義務」を骨抜きにしてしまう——これがソトマイヨール判事の懸念だ。

「多数意見のルールのもとでは、ISPは侵害目的で接続を求めてくる客に売り続け、指一本動かさなくても責任を問われない」——ソトマイヨール判事(一部同意意見)

「勝訴したが穴を開けた判決」という見方は的外れではない。規制の網をくぐり抜ける形で意図的に見て見ぬふりをするISPが現れた場合、既存の法的枠組みでは対処できない可能性がある。立法による補正が必要になるかどうかは、今後の焦点となる。

AI著作権訴訟への波及

業界がひそかに注視しているのが、この判決がAI企業の著作権訴訟に与える影響だ。

コックス判決は「サービス提供者は、ユーザーがそれを侵害に使うと知っていても責任を負わない」という原則を確立した。AI画像生成・音楽生成ツールを巡る各地の訴訟では、この論理が被告側の防御盾として援用される動きが出てくるとみられている。

ただし決定的な差異がある。ISPはパケットを「通すだけ」だが、AIモデルはユーザーのプロンプトを受け取り、著作権物に近似した出力をリアルタイムで「生成する」。「ユーザーの行為」と「プラットフォームの行為」の境界が、ISPよりはるかに曖昧だ。コックス判決が定めた「寄与責任」の枠組みではなく、直接侵害として問われる余地が残っている以上、この判決がAI訴訟を完全に無力化するとは言い切れない。

著作権の戦場は次のステージへと移っている。コックス判決が引いた境界線を、AI著作権訴訟の原告たちがどう乗り越えようとするか——その答えが出るのは、そう遠くはないかもしれない。


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