電卓の太陽電池とトリチウム管で作るナノワット原子力発電所

電卓の太陽電池2枚とキーホルダー用のトリチウム管5本。家で調達できる材料だけで、YouTuberが「ナノワット原子力発電所」を作った。12年動く自作原子力電池で、出力はLEDを時々光らせられる程度。それでも原理は本物だ。

電卓の太陽電池とトリチウム管で作るナノワット原子力発電所

電卓の太陽電池2枚とキーホルダー用のトリチウム管5本。家で調達できる材料だけで、YouTuberが「ナノワット原子力発電所」を作った。12年動く自作原子力電池で、出力はLEDを時々光らせられる程度。それでも原理は本物だ。


電卓の太陽電池とトリチウム管を重ねるだけ

話は拍子抜けするほど単純だ。3mm×11mmのトリチウム入り蛍光管を5本用意し、電卓から外したアモルファスシリコンの太陽電池2枚で挟み、アルミ箔で包んで外光を遮る。これで完成。必要な電子工作スキルは、電池の直列接続ができる程度でいい。

トリチウムは水素の放射性同位体で、半減期12.32年ヘリウム3へとベータ崩壊する。放出されるベータ線のエネルギーは最大でも18.6keV、平均5.7keVと極めて弱く、紙1枚で遮蔽できる。この微弱なベータ線が管内壁の蛍光体を叩き、緑色の光を生み出す。非常口誘導灯の赤色発光や腕時計の夜光塗料に使われているのと同じ仕組みだ。

Double Mがやったのは、その「自然に光るガラス管」の光を太陽電池で拾うこと。つまり「ベータ線→光→電気」という二重変換の電源である。聞いた瞬間に技術者なら眉をひそめる構造だが、本人も最初から「概念実証(proof of concept)」と割り切っている。

計測されたのは「ナノアンペア」という世界

太陽電池1枚の出力は0.45V前後。2枚を直列接続しても、電圧は倍にならなかった。それでも11μFのキャパシタに繋いで放置すると、3分で1V、10分程度で2.2V、一晩で2.8Vまで充電される。マルチメーターを当てるとスッと電圧が下がるほどの微弱な電流で、測定値そのものがナノアンペア領域に留まる。

自作トリチウム電池のキャパシタ充電推移
11μFキャパシタの到達電圧
※ 動画内で投稿者が記録した1回目の充電サイクルの時点・電圧値。マルチメーター接続により電圧が一時的に下がる挙動があるため、記載値は瞬間的な上限を示す。一晩放置後にキャパシタをショートさせ再充電した別サイクルでは、30分程度で2.7V付近に達している。
μFのキャパシタに蓄えた電圧がテスターで引きずられて落ちる、というのはそれ自体が「どれほど電源がか細いか」を示す指標になっている。

興味深い観察がひとつある。朝の充電電圧が日中より高いという現象だ。Double M自身は温度でも光でも説明できないとし、自作のRF(電波)ハーベスティング回路でも朝の方が出力が強いと付け加えている。視聴者の@sojunxは「日の出に伴う大気の動きで静電気や自由電子が増えるのでは」と推測している。科学的には未検証の仮説だが、こういう「触ってみて初めて気づく揺らぎ」が自作の醍醐味だろう。


なぜ「二重変換」は効率が悪いのか

Double Mの装置が微々たる電力しか生まないのは、二重変換の損失が積み重なるせいだ。ベータ線のエネルギーはまず蛍光体で可視光に変換され、その光をアモルファスシリコンの太陽電池が電気に戻す。各段階で大部分のエネルギーが熱として逃げていく。

対照的に、商用のベータボルタ電池はベータ粒子を半導体に直接ぶつけ、電子-正孔対を作って電流を取り出す。光への変換段を省くことで効率が格段に高い。米フロリダのCity LabsのNanoTritiumバッテリーは親指サイズで20年以上動作し、ナノワットからマイクロワット級の電力を出す。Double Mがキャパシタ経由で絞り出した電流を、City Labsは連続供給できる。

ベータ線から電気への2つの経路
Double Mの自作電池(二重変換)
ベータ線 蛍光体 可視光 太陽電池 電気
各段階で熱として逃げ、出力はナノアンペア級に
商用ベータボルタ電池(直接変換)
ベータ線 半導体 電気
光への変換段を省略し、20年以上の連続動作が可能

Hackadayの記事コメント欄には元技術者が顔を出し、「高圧のシリカガラスにトリチウムを拡散させ、UVエキシマレーザーで封止してから太陽電池で挟む方式で長寿命電池を作った」と自らの職歴を披露している。ガラス基板に原子レベルでトリチウムを閉じ込めれば安全性も確保できるというわけだ。同じ「トリチウム+太陽電池」でも、中身の工夫次第で性能は何桁も変わる。

視聴者コメントが示す、自作核電池の改良地図

動画のコメント欄には、視聴者から物理学や電子工作に詳しい者の改良案が次々と寄せられている。彼らの指摘は、そのまま「この分野の技術課題マップ」になっている。

@AndyHullMcPenguinは「太陽電池が拾っているのは蛍光体の光なのか、ベータ崩壊の直接作用なのか区別できていない」と指摘する。シリコンのピンダイオードを並べれば、直接変換分だけを切り出せるという提案だ。

@11Sam11は別角度から切り込む。硫化亜鉛のシンチレータと、アメリシウム241のアルファ線源を組み合わせれば、トリチウムより桁違いに明るく光らせられる。アルファ線のエネルギーはベータ線の数百倍に達するからだ。ただし、アルファ線源の入手は一般人には事実上できず、健康リスクも跳ね上がる。@BurkenProductionsは「数秒だけ電力が必要な小型センサー用途なら、これで十分かもしれない。ただ普通に太陽光を使った方がいいが」と冷ややかな現実論を投げる。

面白いのは、これらのコメントが素人DIY動画に対する単なる野次ではなく、商用ベータボルタ電池が歩んできた技術選択をそのままなぞっていることだ。NDBが開発中のダイヤモンド電池、ロシアのBetaVoltによるニッケル63+ダイヤモンド半導体の構造、英Arkenlightのトリチウム封入型——どれも線源の選択と変換経路の短縮を軸に競争している。


大型化の先にある、DARPAの本気

Double Mはトリチウムを封入した複層ガラスを窓用に量産するアイデアを披露している。ペアガラスの中身をアルゴンの代わりにトリチウムガスに置き換え、両面に蛍光体と太陽電池を敷けば、面積を稼げる。提案としては愉快だが、一般流通の規制を考えれば実現は望み薄だろう。

スケールアップに真剣なのは、米国防高等研究計画局(DARPA)の方だ。2026年4月、DARPAは「Rads to Watts」プログラムで520万ドル(約8億2000万円)の契約を核融合新興企業Avalanche Energyと結んだ。狙いは1kgあたり10ワット超のアルファボルタイック電池の開発で、ノートPC級のシステムを数kgの電池で数カ月動かすことを視野に入れている。用途は宇宙と防衛。アルファ粒子は人体に危険だが、宇宙空間なら問題にならない。

原子力電池の重量効率:実績と目標
火星探査車RTG パーセヴェランス/キュリオシティ搭載
2.5W/kg
DARPA Rads to Watts目標 Avalanche Energyが開発予定
10W/kg超
出典:DARPA Rads to Watts プログラム仕様、NASA JPL Mars 2020ミッションプレスキット。RTGは重量約100ポンド・出力110Wから換算。

比較のために置いておくと、火星探査車パーセヴェランスとキュリオシティが積む放射性同位体熱電発電機(RTG)は重量約100ポンドで出力110W、つまり1kgあたり約2.5Wにとどまる。DARPAが求めているのはその4倍以上の重量効率だ。桁が違う世界のニュースを、Double Mの0.45Vと地続きに並べられるところに、原子力電池というジャンルの奥行きが表れている。

LEDをちらつかせるだけの装置が語るもの

完成したDouble Mの電池は、実用上は役に立たない。本人も「もう少しトリチウム管を買い足して出力を上げる価値はない」とあっさり切り捨てている。

だが、この動画は「原子力電池は本当に身近な部品で組める」という直感を初学者に渡してくれる。非常口のサインもベータボルタ電池も、同じ放射性同位体の崩壊を別の変換経路で利用しているだけだ、と腑に落とす教材になる。

技術はスペック表の並べ合いで理解しても、頭には残らない。電卓から剥がした太陽電池にトリチウム管を乗せ、キャパシタが2.8Vまで這い上がっていくのを10分待つ。その体験が、20年動く商用ベータボルタ電池や、DARPAが求める「ノートPCを数カ月動かす電池」の重みを違って見せてくれる。

ちなみに、同じ発想を詰めて「ゲームボーイを1時間動かす」ところまで到達した先達もいる。トリチウム管と太陽電池とJoule thiefを組み合わせ、1週間の充電で55分プレイできたという報告が数年前に出回っていた。「LEDを時々光らせる程度」の先には、工夫次第でゲーム1本分の世界が待っているらしい。


参照元

他参照

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