サムスン労組3万人集結、AI利益の分配を迫る
サムスン電子の労組が4月23日、平沢の半導体工場前に3万人を集結させた。AIブームで膨らむ利益の分配と、SKハイニックスとの賞与格差に怒りの声が噴出。要求が通らねば5月21日から18日間の全面ストに踏み切る構えだ。
サムスン電子の労組が4月23日、平沢の半導体工場前に3万人を集結させた。AIブームで膨らむ利益の分配と、SKハイニックスとの賞与格差に怒りの声が噴出。要求が通らねば5月21日から18日間の全面ストに踏み切る構えだ。
3万人が占拠した平沢の大地
韓国ソウルの南にある平沢(ピョンテク)のサムスン電子(Samsung Electronics)半導体工場前に、4月23日、黒いベストの労組員たちが押し寄せた。警察発表で約3万人、労組主催者発表で約4万人。数字の開きはあっても、サムスン史上過去最大規模の集会であることに疑いはない。
彼らが手にしたプラカードには「賞与の上限を撤廃せよ」「透明に変えろ」の文字が並ぶ。AIブームで記録的な利益を叩き出す会社に対し、「その恩恵が自分たちに回ってこない」という怒りが噴き上がった形だ。
サムスン電子最大労組の委員長チェ・スンホ(崔承鎬)は、クレーン上の演壇からこう語りかけた。
会社は毎年のように危機を語ってきた。だが、その危機を乗り越えてきたのは経営陣ではない。ここにいる組合員、従業員たちだ。彼らが夜を徹してプロセスを改善し、歩留まりを上げ、世界屈指の半導体メーカーを作り上げた。
保守的なトップダウン文化で知られるサムスンを考えれば、異例の光景もあった。地面に広げられた李在鎔(イ・ジェヨン)会長ら経営陣の顔写真入り横断幕を、労組員たちは堂々と踏みつけて会場に入ったという。怒りは、 組織文化の壁 すら越え始めている。
賞与格差という「数字の暴力」
争点の中心は、ひとつの数字に集約される。基本給7600万ウォン(約820万円)のサムスン半導体部門社員が、2025年に受け取る賞与はおよそ3800万ウォン。同じ給与水準のSKハイニックス社員が手にする額の、3分の1にも満たない。
労組の要求は明快だ。年間基本給の50%に設定された賞与上限の撤廃、営業利益の15%を賞与原資とする配分、そして基本給の7%引き上げ。15%の配分が認められた場合、総額は40兆ウォン(約4.3兆円)に達し、1人あたりの平均賞与は 40万ドル (約6400万円)に及ぶと試算されている。
経営陣は営業利益の 10% を業績連動賞与に充てる案、6.2%の賃上げ、優遇住宅ローンといった追加福利を対案として提示した。
制限付き株式報酬もテーブルに乗せたが、労組はこれを拒否している。
SKハイニックスは2025年9月、労組の要求を受け入れて賞与上限を撤廃し、営業利益の10%を業績賞与に充てる制度改革に合意した。サムスン経営陣の「10%提示」は表面的には競合と同じ数字でも、上限を残している点で労組から見れば似て非なる譲歩となる。
数字の差は、働く人間にとっては理屈で片付く話ではない。隣の工場の同僚が自分の3倍の賞与を受け取る事実が、まず感情として積み上がる。
HBM敗戦が残した深い溝
なぜ、こうなったのか。話は2022年末にさかのぼる。ChatGPTの登場でAIブームが爆発した瞬間、NVIDIAが欲しがったのはGPU単体ではなく、GPUと組み合わせるHBM(High Bandwidth Memory、広帯域メモリ)だった。このレースで、サムスンは一歩出遅れた。
先行したのはSKハイニックス。NVIDIAをはじめとするAIチップ向けHBMで主要サプライヤーの座を押さえ、利益を急伸させた。サムスンはその間、HBM3・HBM3EでNVIDIA認証を取るのに苦しみ続けた。
サムスンが 次世代HBM4 の商用出荷で先行したのは2026年初頭。ようやく巻き返しの足がかりはできた。だが、失われた3年間の利益差は、そのままSKハイニックス社員の賞与として形になって残る。今回の賞与格差は、単なる労務政策の差ではない。韓国半導体業界の主導権争いの結果そのものが、社員の給与明細に映し出されている。
この構造を踏まえると、労組の怒りの正体が見えてくる。「同じ韓国の半導体メーカーで働いているのに、自分たちだけが経営の戦略的敗北のツケを払わされている」という感覚だ。
9万人の組合と、200人の離脱
労組の勢いは止まらない。
サムスン電子の労組員数は現在 9万人超 に達し、韓国国内従業員の7割以上を占める。「無労組経営」を貫いてきたサムスンの歴史から見れば、驚くべき比率と言っていい。
チェ委員長によれば、直近4カ月でSKハイニックスに転職した社員は200人を超える。集会に集まった労組員たちも口々に「同僚が辞めた」と証言しており、誇張とは言いきれない。賞与格差は、人材流出という形で経営の生産力にも直接跳ね返り始めている。
もっとも、労組の要求がそのまま通るとは限らない。営業利益15%の配分は、前年に400万人の株主に支払った配当総額の4倍、サムスンの年間研究開発費37兆ウォンをも上回る規模だ。株主と研究投資を無視して労組にすべて回せば、それはそれで別の歪みを生みかねない。
労使のどちらかが大幅に折れなければ、着地点は見えてこない。
5月21日、世界のチップ供給が揺れる
労組が予告した全面ストライキは、5月21日から6月7日までの18日間。労組は1日あたり1兆ウォン(約1080億円)、総額20〜30兆ウォン規模の損失が出ると試算する。サムスンの幹部は匿名を条件に「たった1回のストでも顧客の信頼は損なわれ、回復には数年を要する」と漏らしている。
影響は韓国国内にとどまらない。NVIDIA向けHBMの供給が滞れば、世界の AIインフラ増設計画 にブレーキがかかる可能性がある。業界アナリストの一部は「サムスンが約束した供給分がSKハイニックスに流れるシナリオもある」と指摘する。皮肉なことに、労組が手本にするSKハイニックスは、ストの受益者になりかねない位置にいる。
一方で、ストの影響は限定的だと見る声もある。SKハイニックスとマイクロンの生産能力が一部を補完でき、顧客も安全在庫で短期ショックを緩衝できる、という見立てだ。現実には経営陣もこの計算を織り込みながら、交渉カードを切ってくるはずだ。
誰が、何を分け合うのか
AIの時代に入って、半導体メーカーは過去最高の利益を更新し続けている。だがその利益を、誰がどう分け合うべきなのか。株主か、経営か、研究開発か、それとも現場で夜を徹する技術者か。その問いを、サムスンの3万人が突きつけた。
答えが5月21日までに出るかは、まだわからない。
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