Gemini共同責任者がOpenAIへ。27億ドルの復帰劇、2年で幕
Transformerアーキテクチャの共同発明者であり、Google DeepMindでGeminiの共同責任者を務めてきたノーム・シャジア(Noam Shazeer)氏が、OpenAIに移籍する。現地時間6月17日、シャジア氏自身が明らかにした。OpenAIのマーク・チェン(Mark Chen)最高研究責任者は、同氏をモデル設計の中核を担うアーキテクチャリサーチのリードとして迎え入れると発表している。
27億ドルの「復帰」が意味したもの
この移籍が衝撃なのは、シャジア氏の経歴を見ればわかる。
2000年にGoogleへ入社した同氏は、検索エンジンのスペルチェッカー改良から始まり、2017年には「Attention Is All You Need」の共著者としてTransformerアーキテクチャの誕生に貢献した。ChatGPTもGeminiもClaudeも、この技術の上に立っている。シャジア氏は生みの親8名のうちの1人だ。
だが2021年、シャジア氏はGoogleを去った。自ら開発したチャットボット「Meena」の公開を経営陣が安全性への懸念から見送ったことに不満を覚え、同僚のダニエル・デ・フレイタス(Daniel De Freitas)氏とともにCharacter.AIを共同創業した。その翌年にOpenAIがChatGPTを世に出し、Googleが後手に回ったことを思えば、Meenaを止めた判断の代償は計り知れない。
2024年8月、Googleは約27億ドル(当時のレートで約3900億円)をかけてCharacter.AIとのライセンス契約を締結し、シャジア氏と研究者チームをGoogle DeepMindに呼び戻した。形式上は技術ライセンスだが、主な目的が人材の獲得だったことは公然の事実だ。シャジア氏はエンジニアリング担当VPとしてGeminiの共同責任者に就任し、ChatGPTとの差を縮める中心人物として機能した。
それから2年も経たないうちに、同氏はGoogleのロゴを外した。
Transformer論文の著者が全員去った会社
単発の人事異動ではない。これはパターンだ。
「Attention Is All You Need」の共著者は8名。全員がGoogleの研究者だった。リオン・ジョーンズ(Llion Jones)氏が2023年に退社して東京でSakana AIを創業したことで、8名全員がGoogleを去った。エイダン・ゴメス(Aidan Gomez)氏はCohere、ニキ・パーマー(Niki Parmar)氏とアシシュ・ヴァスワニ(Ashish Vaswani)氏はEssential AI、Łukasz Kaiser氏はOpenAIへ。現代AIの基盤を築いた8名を、Googleは1人も引き留められなかった。
シャジア氏に至っては、一度戻ってきた上で再び去っている。27億ドルという破格の投資をもってしても、2年だった。
Googleの共同創業者セルゲイ・ブリン(Sergey Brin)氏は2024年、AIのリリースに「慎重すぎた」と認めている。Meenaの公開を止めた2021年の判断は、その「慎重さ」の典型例だった。
OpenAIが欲しかったもの
シャジア氏の新しい肩書きは「アーキテクチャリサーチのリード」。マーク・チェン最高研究責任者は投稿で「Transformer、MoE(混合エキスパート)、効率的なデコーディングの研究がモダンAIを形作った」と同氏を評している。
肩書きが示す通り、OpenAIが求めたのは組織のトップではなく、モデルの根幹を設計できる技術者だ。Transformerの次に来るアーキテクチャ、あるいはTransformerをさらに進化させる設計思想。その最前線を任せられる人材として、シャジア氏以上の適任者は世界にほとんどいない。
タイミングも無視できない。OpenAIは2026年9月にも1兆ドル規模のIPOを控えているとされる。上場前に研究の柱を固めておきたいという計算は当然あるだろう。
金で留められなかった理由を考える
Googleの反応は短かった。「ノームの長年にわたる貢献に感謝する」。それだけだ。
27億ドルを投じた人材がわずか2年で競合に去る。MicrosoftがInflectionに6億5000万ドルを払いムスタファ・スレイマン(Mustafa Suleyman)氏を迎え入れた例、MetaがScale AIの株式49%を約150億ドルで取得しようとしている例。AI研究者1人に数十億ドルの値がつく時代になった。
だが問題の核心は金額ではない。シャジア氏が2021年にGoogleを去った理由は報酬ではなく、自分の作ったものを世に出せないフラストレーションだった。2026年に再び去る理由も、報酬とは別のところにあるのだろう。
技術者にとって、自分のアイデアが形になるかどうかは給与より重い。世界最高水準の頭脳を迎え入れては手放すGoogleに対し、巨大組織ゆえの意思決定の遅さやリスク回避の体質を原因に挙げる声は繰り返し出ている。パーマー氏の言葉が残っている。「Googleには失えないものが他社より多かった」。守るべき既存事業が大きいほど、新しい挑戦のスピードは落ちる。
2000年 Google入社 スペルチェッカー改良等に従事 2017年 「Attention Is All You Need」発表 Transformer共同発明 2021年 Google退社、Character.AI創業 チャットボットMeenaの公開見送りに反発 2024年8月 Gemini共同責任者としてGoogle復帰 Character.AIとのライセンス契約で約27億ドル 2026年6月 OpenAIへ移籍 アーキテクチャリサーチのリードに就任 |
Geminiへの影響
シャジア氏はGeminiの事前学習(プリトレーニング)を技術面で主導し、2024年後半から2025年にかけてChatGPTとの差を縮める中核を担ったと社内外で評価されている。
その人物が去った後、Geminiの開発がどう変わるか。Google DeepMindにはデミス・ハサビス(Demis Hassabis)氏をはじめ優秀な研究者が残っている。だがシャジア氏のように、アーキテクチャの設計から実装まで1人で回せる人材は替えが利きにくい。論文の共著者であるジョーンズ氏が彼を「魔法使い」と呼んだのは、その稀有さを指してのことだ。
OpenAI、Google、Anthropic、Meta。同じ人材プールを奪い合う4社の争いは、今後さらに激しくなる。Googleは自社が生み出した技術の担い手を繰り返し手放してきた。次の「ノーム・シャジア」をどう育て、どう留めるか。27億ドルでは足りなかったという事実が、答えの一端を示している。
参照元:ノーム・シャジア氏 Xポスト(2026年6月18日)
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