世界の古書店に謎の大量注文。買い手はAI企業なのか

先週、AI企業が希少な書籍を大量に買い漁り、背表紙を切断してスキャンした後に廃棄しているという報道が拡散した。だが確定した事実と推測の間には、かなりの距離がある。

世界の古書店に謎の大量注文。買い手はAI企業なのか

先週、AI企業が希少な書籍を大量に買い漁り、背表紙を切断してスキャンした後に廃棄しているという報道が拡散した。だが確定した事実と推測の間には、かなりの距離がある。


騒動はどう始まったか

投資家のマイケル・バリー(Michael Burry)氏はAI企業による書籍の破壊を批判し、イーロン・マスク氏はSpaceXAIでは希少書を保存してスキャンすると表明した

SNS上の怒りは急速に広がった。

騒動の発端は7月21日の404 Mediaの報道だ。書籍データベースを運営するISBNdbという企業が、AI企業向けに1回の注文で1,000冊から100万冊の書籍を調達するサービスを自社サイトで宣伝していたことが明らかになった。2022年以前に出版された書籍はAI生成テキストに汚染されていないため、学習データとして価値が高いという売り込みだった。

だが、この報道から9日後の7月30日、ISBNdbはサービスページを削除し、声明を出した。

ISBNdbはAI学習やその他の目的で書籍を購入、スキャン、販売したことは一度もない。あのページは市場の関心を探るためのテストであり、サービスとして立ち上がることはなかった

ISBNdbが実際に書籍を購入した証拠は、現時点で見つかっていない。元の報道でも、ISBNdbと書店に来ている大量注文を直接結びつける証拠はないと明記されていた。

大量注文の正体、Zoom Booksという名前

世界中の古書店に押し寄せている大量注文の送り主は、ISBNdbではなさそうだ。The Atlanticのアレックス・ライスナー(Alex Reisner)氏が現地時間8月5日に公開した検証記事は、別の名前をたどっている。

Redditの古書販売者コミュニティでは5月頃から「異常な大量注文」の報告が相次いでいた。テキサス州ヒューストンのベッカーズ・ブックスの店長チャーリー・ベッカー(Charlie Becker)氏は、あるオンライン販売プラットフォームで直近100冊の注文のうち95冊が同一の購入者に渡ったと証言している。うち1回の注文は70冊だった。

名前が繰り返し挙がるのが、カナダの企業Zoom Booksだ。自社サイトで「月間200万冊以上の書籍を取得、仕分け、再販」していると説明している。ドイツ、ニュージーランド、スペイン、オーストラリアの書店からも、Zoom Booksによる大量注文の報告が上がっている。

Zoom Booksからの注文を受けた書店のいくつかは、配送先がPrepFortという企業になっていたと報告している。PrepFortはAmazonやWalmartでの販売準備を代行する物流企業だが、第三者物流として書籍を別の目的地に転送することもできる。ライスナー氏がPrepFortに問い合わせたところ、共同創業者のスフヤーン・カロタ(Sufyaan Kalota)氏は「守秘義務により顧客情報は共有できない」と回答した。

Zoom Books自身は5月の時点で「AI目的の書籍のデジタル化や破壊には一切関与していない」と否定している。しかし書店側は懐疑的だ。注文の特徴が通常の古書取引と異なる。ジャンルに一貫性がなく、ISBN付きの書籍だけが対象で、値段への関心が薄い。ある書店は「明らかに割高な本が、価格を気にせず売れていく。AIの資金力を感じる」と語っている。

購入されている書籍は「稀少書」ではない

騒動の中で繰り返し使われた「稀少書」「希少な書籍」は、実態とずれている。

ベッカー氏の証言によれば、注文されている書籍の大半は1970年代から1990年代のノンフィクションで、多言語にまたがっている。ベッカー氏は自身のブログで、注文の中身として「1995年のデンバー都市圏ガイド」や「1991年版のCorel WordPerfectの使い方」のような書籍を挙げている。

現存する部数が少ないという意味では「稀少」かもしれないが、初版本や絶版のカルト的名著とは性質が異なる。時代遅れで、読者のいない、商品価値のほとんどない書籍が多い。配送料が書籍の再販価値を上回る例も報告されている。

一方で、シンガポール拠点の2077AIという企業がオランダの古書店に送った購入リストには、「地盤工学における個別要素モデリング」や「先端セラミックスのレーザーショックピーニング」といった学術専門書が含まれていた。こうした書籍は小部数で出版され、特定分野では重要な知識を含んでいる。2077AIは自社を「AIデータの革新」企業と位置づけている。

大量購入の中には「どうでもいい本」と「代替がきかない本」の両方が混ざっている。

合法だが、共感は得られない

なぜAI企業が紙の書籍を欲しがるのか。答えは法廷にある。

2025年6月、Bartz対Anthropic訴訟でウィリアム・アルサップ(William Alsup)連邦地裁判事は、合法的に購入した書籍を破壊的にスキャンしてAI学習に使用する行為をフェアユースと認定した。購入した物理的なコピーは1冊のデジタルコピーに置き換えられるだけであり、ファーストセール・ドクトリン(購入者は所有物を自由に扱える原則)の範囲内だという判断だ。

同じ訴訟でアルサップ判事は、Anthropicが海賊版サイトから700万冊以上の書籍を違法にダウンロードしていた行為を著作権侵害と認定している。7月20日、別の判事が15億ドル(約2,400億円)の和解を最終承認した。

この2つの判断が並べば、やることは決まる。海賊版を使えば訴えられるが、正規に購入すれば合法。ISBNdbが自社サイトに記していた一文が、その現実を映している。

「AI企業が200万冊の本を破壊」は共感を生む見出しではない

裁判記録によれば、Anthropicは2024年初頭に「Project Panama」と呼ばれる書籍取得プログラムを開始していた。Google Booksのパートナーシップ責任者だったトム・タービー(Tom Turvey)氏を採用し、Better World BooksやWorld of Booksなどの販売者から大量の中古書籍を購入。油圧式の切断機で背表紙を除去し、高速スキャナでデジタル化した後、紙は廃棄またはリサイクルに回された。内部文書には、6か月間で50万冊から200万冊を処理する計画が記されている。

AI企業と書籍をめぐる経緯
2024年初頭
Anthropic、Project Panamaを開始
中古書籍を大量購入し破壊的にスキャン。6か月で50万〜200万冊の計画
2025年6月
購入書籍のスキャンをフェアユースと認定
Bartz対Anthropic訴訟。海賊版700万冊超は著作権侵害と認定
5月頃
古書店で異常な大量注文が始まる
Zoom Booksの名前が各国の書店から報告される
7月20日
15億ドルの和解を最終承認
海賊版使用に対する米国史上最大の著作権和解
7月21日
ISBNdbのAI向け書籍調達が報じられる
1回1,000〜100万冊の調達サービスを自社サイトで宣伝
7月30日
ISBNdb、サービスページを削除して撤退
「書籍を購入したことはない。テストだった」と声明
8月5日
検証記事が事実関係を整理
大量注文の送り先はZoom Books。AI用途かは未確定
※日付は現地時間基準

Anthropicは和解後の声明で、AI学習のフェアユース判断は維持されていると強調している。15億ドルは海賊版の使用に対する支払いであり、合法的に購入した書籍のスキャンに対するものではないという立場だ。

わかっていること、わかっていないこと

怒りの対象が曖昧なまま、話が広がった。

確定しているのは、Anthropicが過去にProject Panamaで数百万冊の書籍を破壊的にスキャンしたこと。ISBNdbがAI向けの書籍調達サービスを宣伝していたが、実際には運用しなかったと主張して撤退したこと。世界中の古書店にZoom Booksなどを通じた大量注文が来ていること。

確定していないのは、現在進行中の大量注文がAI企業によるものかどうか。Zoom Booksが書籍をAI企業に転売しているかどうか。購入された書籍が破壊されているかどうか。

書籍をスキャンし、著者の名前を外し、チャットボットの学習データに混ぜる。その行為への不信感は、物理的な破壊とは別の話だ。著者に対価が渡らないまま書籍が原材料として消費される仕組みは、紙が残ろうが残るまいが変わらない。

ただ、わかっていないことを確定した事実のように扱えば、正当な批判まで信用されなくなる。

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