AI企業の広告を隠した映像クリエイターが失ったもの
AI動画プラットフォームHiggsfieldを宣伝した有名映像クリエイター2人の動画に広告表記がなく、報酬を受け取っていた事実が発覚して批判が集中している。
AI動画プラットフォームHiggsfieldを宣伝した有名映像クリエイター2人の動画に広告表記がなく、報酬を受け取っていた事実が発覚して批判が集中している。
広告表記のない宣伝動画
フィンランド出身の映像クリエイター、マッティ・ハーポヤ(Matti Haapoja)氏と、カナダ出身のサム・コルダー(Sam "Kold" Kolder)氏。映像制作を学ぶ人なら知らない方が珍しい名前だ。
その2人がここ数日で相次いでAI動画プラットフォームHiggsfieldの動画を公開した。ByteDance開発のAI動画生成モデルSeedance 2.5を使い、その性能を紹介する内容だ。

ハーポヤ氏はHiggsfieldが制作したAI生成長編映画「The Cully Hill Boys」の制作過程を取り上げた。コルダー氏は「AI is replacing me」(AIが俺に取って代わる)と題し、自身の映像制作経験から始まり、ロボットとモーリタニアを旅する架空のSFシーンへと展開する動画を公開した。
どちらの動画にも広告であることを示す表記はなかった。
PR会社の提案が流出する
問題になったのは動画の中身ではない。
他のクリエイターたちが、HiggsfieldのPR会社から自分に届いたパートナーシップ提案のスクリーンショットを公開し始めたからだ。Higgsfieldが組織的にクリエイターを使ったプロモーションを仕掛けていたことが明らかになり、2人の動画もその一環だとファンは受け止めた。
コルダー氏の動画の概要欄にはHiggsfield年額プラン30%割引のアフィリエイトリンクが含まれていた。
さらに報道後、HiggsfieldのPRマネージャーであるヌライ・オマルハン(Nuray Omarkhan)氏は両クリエイターが金銭を含む報酬を受け取っていたことを認めた。
金をもらって宣伝していたのに、広告と書かなかった。ファンの怒りの核心はそこにある。
ブラウンリー氏の批判
反発は一般のファンにとどまらなかった。
登録者2,000万人超のテックレビュアー、マーケス・ブラウンリー(Marques Brownlee)氏がハーポヤ氏の主張に正面から異を唱えた。
ハーポヤ氏は動画の中で、生成AIをCanon EOS 5D Mark IIになぞらえていた。2008年発売の同機はフルサイズセンサーでHD動画撮影を可能にし、インディー映像制作を一変させたカメラだ。生成AIもそれと同じ「民主化」の波だという主張だった。
ブラウンリー氏の反論はこうだ。5D Mark IIは道具であり、使い手が技術を学ぶ必要があった。生成AIは人間が作った映像素材を学習データとして取り込んで動いている。その対価は素材の制作者に支払われていない。両者を同列に扱うことはできない。
5D Mark IIは使う人間の技量を広げた。生成AIは他の人間が作ったものの上に成り立っている。「民主化」という一語で括れる話ではない。
Higgsfieldの背景
この騒動にはHiggsfield自体の過去も関わっている。
同社は2023年にSnapで生成AI部門を率いていたアレックス・マシュラボフ(Alex Mashrabov)氏が設立した。2026年1月のシリーズA拡張で評価額は13億ドル(約2,070億円)に達し、8月17日にはシリーズBで4億ドル(約640億円)を調達して評価額54億ドル(約8,590億円)に跳ね上がった。ユーザー数は3,000万人を超え、年間売上は7億ドル(約1,110億円)規模とされる。
だがその急成長の過程で繰り返し問題が報じられてきた。2026年2月にはXのアカウントが不正行為を理由に一時停止された。クリエイターへの報酬未払い、差別的なAI生成コンテンツの流通、そして「20のクリエイティブ職を不要にした」と誇示する投稿が批判を招いている。
Higgsfieldは今回もクリエイターを宣伝の手段として使い、その関係を視聴者に開示しなかった。同じ構図が繰り返されている。
広告を隠すことで壊れるもの
ファンが怒っているのはAIの性能や存在そのものに対してではない。
信頼していた人間に隠し事をされたと感じたからだ。
ハーポヤ氏もコルダー氏も映像制作のプロとして支持を集めてきた。そういう人たちが「このツールはすごい」と語れば、視聴者はそれを制作者としての率直な評価だと受け取る。報酬が発生していたなら、その事実を明示しなければならない。明示しなかった時点で、評価の前提が崩れる。
AI企業がクリエイターを通じて自社の印象を良くしようとする手法は今回だけの話ではない。今月初めにはOpenAIが招いたインフルエンサーたちがブランドグッズの写真を公開し、同じく非開示のプロモーションではないかと疑われた。
技術に何ができるかという議論と、その技術をどう売り込むかという倫理は別の問題だ。
売り方で嘘をつけば、技術の議論そのものが成り立たなくなる。
