宇宙の「演算拠点」が静かに稼働し始めた——地上データセンターへの逆風が後押しするKeplerの軌道コンピュータ

宇宙の「演算拠点」が静かに稼働し始めた——地上データセンターへの逆風が後押しするKeplerの軌道コンピュータ
Kepler Communications

現在、地球を周回しながらAIワークロードを処理しているコンピュータクラスターがある。


宇宙最大の計算クラスター、商用稼働

カナダの衛星通信企業Kepler Communicationsが今年1月にスペースX Falcon 9で打ち上げた10基の衛星群が、3月に軌道上でひとつながりの計算網として稼働を開始した。

搭載されているのはNVIDIA Jetson Orinモジュールが合計40基。各衛星はレーザー光通信リンクで相互接続されており、現時点で軌道上に存在する最大の分散コンピュータクラスターとして商用運用に入っている。顧客数はすでに18社に達し、最新顧客として宇宙向けコンピュータを開発するスタートアップ、Sophia Spaceが加わった。

Kepler CEOのミナ・ミトリは「データが地上に戻るのを待つのではなく、軌道上で処理・転送・活用できる。地上の計算環境の自然な延長だ」と述べている。

大手メディアの取材でミトリが強調したのは、Keplerの自己定義についてだ。同社は「宇宙のデータセンター企業」ではなく、「宇宙のインフラ企業」だと言う。衛星同士を結ぶネットワーク層として機能し、将来的には空中ドローンや航空機とも連携する構想だ。

「宇宙データセンター」ではなく「宇宙のエッジ処理」

Keplerが目指すのは、SpaceXやBlue Originが構想する「軌道上の大型データセンター」とは別の方向性だ。

宇宙コンピューティング:主要プレイヤーのアプローチ比較
企業 現在の
稼働状況
規模 設計思想 主なユースケース
Kepler
Communications
商用稼働中 GPU
40基
エッジ処理
特化
衛星センサーの即時処理・米軍向けレーザーリンク・地球観測
Sophia Space 実験中
(2026〜)
未公開 受動冷却型
モジュール
KeplerのGPU上でOS展開実験・2027〜2028年に自社衛星打ち上げ予定
SpaceX /
Blue Origin
計画段階 未公開 大型DC
構想
地上DCに近い大規模クラスターを軌道上に展開(2030年代以降)
Starcloud 資金調達中 未公開 大型DC
構想
訓練・推論ワークロード対応の大型宇宙DCを構築予定
※ Kepler Communicationsの規模・稼働状況はKepler公式プレスリリース(2026年3月)による。SpaceX・Blue Origin・Starcloudは計画段階のため詳細仕様は未公開。

専門家らは、そうした大規模施設が実現するのは2030年代になるとみている。まず現実的な用途として浮かぶのが、衛星が収集したデータを、地上に送り返す前に軌道上で処理することだ。特に合成開口レーダー(SAR)のような電力消費の大きいセンサーは、データ量が膨大で、ダウンリンクの遅延が運用の足かせになる。

エッジ処理とは、データが生まれた場所で即座に処理する考え方だ。クラウドに送ってから判断するのではなく、センサー近くで意思決定を完結させる。

KeplerはすでにGPUフル稼働が前提の小型エッジ処理に特化しており、米政府向けのデモでは宇宙-航空機間のレーザーリンクも実証済みだ。ミサイル防衛システム向けの衛星ベース脅威追跡への応用が米軍の主要な顧客ニーズとして挙がっており、「追跡ワークロードを24時間GPUフル稼働で回せる」という点が、使用率の低い大型GPUより現実的だというのがミトリの主張だ。

Sophia Spaceとの共同実験——「できて当然」を初めて試みる

今回パートナーシップを結んだSophia Spaceは、冷却機構を必要としない受動冷却型宇宙コンピュータの開発を進めるスタートアップだ。

軌道上で強力なプロセッサを動かす際の最大の課題のひとつが排熱で、地上では当たり前の空冷・水冷が宇宙では使えない。重くて高価な能動冷却システムを打ち上げるのが従来の解答だったが、Sophiaはそれを不要にする設計を目指している。

宇宙環境では、熱は「逃がす」のではなく「散らす」必要がある。大気がないため空冷が効かず、放射による排熱設計が求められる。これが冷却コストを地上の桁違いに引き上げる要因のひとつだ。

今回の実験でSophiaが行うのは、Keplerの衛星1基に自社の独自OSをアップロードし、2基の衛星上にある計6基のGPU間でそのソフトウェアを展開・設定するというものだ。地上のデータセンターではごく普通の作業だが、軌道上でこれが試みられるのは史上初めてになる。Sophiaはこの実証を経て、2027年後半から2028年初頭を目標に自社の最初の衛星打ち上げを計画している。

軌道コンピューティング ロードマップ
2026年1月 完了
Kepler Tranche 1 打ち上げ SpaceX Falcon 9でAetherシリーズ10基を低軌道に投入。NVIDIA Jetson Orin×40基を搭載。
2026年3月 完了
軌道上クラスター 商用稼働開始 分散コンピュータネットワークとして認定。顧客18社で運用開始。現時点で軌道上最大の計算クラスター。
2026年4月 進行中
Sophia Space × Kepler 実証実験 Keplerの衛星2基上の計6基のGPUにSophia独自OS(SOOS)を展開・設定。軌道上での同種作業は史上初。
2027〜
2028年初
予定
Sophia Space 自社衛星 初号機打ち上げ 受動冷却型TILEモジュールを搭載した独自衛星の軌道上実証。Apex Space製バスを使用予定。
2028年 予定
Kepler Tranche 2 打ち上げ 100Gbps光通信技術を導入し、GPU密度を拡大予定。Axiom Stationとの連携も計画。
2030年代〜 構想段階
大型軌道データセンター 実用化 SpaceX・Blue Origin・Starcloud等が計画する大規模クラスター。専門家は2030年代以降と想定。
※ 打ち上げ日程・稼働情報はKepler公式プレスリリース(2026年1月・3月)による。Sophia Space打ち上げ予定はTechCrunch取材(2026年4月)・同社発表(2026年2月)に基づく。Tranche 2以降・大型DCは各社発表の計画値。

地上の逆風が、宇宙への追い風になる

4月8日、ウィスコンシン州ポート・ワシントンで注目すべき住民投票が成立した。1,000万ドル以上の税優遇措置を伴うデータセンター開発には、市民の承認を義務付けるという内容だ。賛成票は約66%アメリカ初の反データセンター住民投票として全国に波紋を広げている。

背景にあるのは電力コストと水消費への住民の反発で、同様の動きはメイン州の法案、連邦議会でのモラトリアム提案へと広がりを見せている。TechCrunchの取材でSophia CEOのロブ・デミロは「もうこの国にデータセンターは建てられない。これからおかしなことになる」と述べた。

ただ、現実はもう少し複雑だ。ポート・ワシントンの住民投票はすでに建設中の150億ドルのデータセンター計画を止めるものではなく、新規プロジェクトに対する住民関与を強化するものだ。

それでも、地上での土地取得・電力確保・住民合意という三重のハードルが高くなることは確かで、宇宙コンピューティングが「代替選択肢」としてより真剣に語られる状況が生まれつつある。


Keplerの星座が今抱えているのは40基のエッジGPUモジュールに過ぎない。だが地上が手狭になるほど、その小さな星座が持つ意味は変わっていく。


参照元

他参照

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