AIがシリコンバレーから奪っているのは雇用ではなく睡眠だった

AIがシリコンバレーから奪っているのは雇用ではなく睡眠だった

AIの不安はもう開発者だけの話ではない。起業家、CEO、非技術職、投資家。シリコンバレーの全層が、仕事から離れられなくなっている。


出力100倍、労働時間も倍

マット・バン・ホーン(Matt Van Horn)氏は、もうノートPCの電源を切らない。4人の子を持つ連続起業家で、Lyftの前身Zimrideを共同創業し、スマートオーブンのJuneを設立・売却した経歴を持つ。現在はClaude Codeで常時6つ以上のAIエージェントを稼働させ、新たな会社を立ち上げている。出力はAI導入前の100倍になったと本人は語るが、同時にこうも認めている。かつてないほど働いている。

エージェントが仕事を代行してくれるはずだった。だが現実には、AIの出力を監視し、判断し、指示し直す作業が途切れなく発生する。人の手が離れた瞬間にエージェントは止まる。止まっている間に競合は進む。だからノートPCを閉じられない。

バン・ホーン氏だけの話ではない。音声AI企業Wispr AIのCEO、タナイ・コタリ(Tanay Kothari)氏は毎日16時間以上働き、5月には3週間連続でオフィスに泊まり込んだ。スタートアップは社員のAI燃え尽きに対応するためのカウンセリングプログラムを設置し始めた。サンフランシスコでは金曜夜に「タッチグラス」パーティ(AIの話を一切しない集まり)が開かれるようになった。「人間を雇うのをやめろ」と書いた横断幕を引く小型機が上空を飛ぶ中で、メンタルヘルスのための散歩が行われている。

「1日8時間を戦略に使え」

AI企業WriterのCEO、メイ・ハビブ(May Habib)氏は、Fortune 500企業が集団的なパニック発作を起こしていると表現した。変化の速さに意思決定が追いつかず、キャリアを左右する判断ミスを誰もが恐れている。

テック系キャリアコーチのカイル・エリオット(Kyle Elliott)氏によると、2026年は開業以来最も忙しい年になっている。相談に来るシリコンバレーの人々が求めているのは、大きく分けて2つ。AIに仕事を奪われることへの備えか、AI燃え尽きからの脱出だ。AIが管理業務を肩代わりし始めた結果、上司が部下に言うようになった台詞がある。「管理業務はもうやらなくていい。1日8時間を戦略に使え」。エリオット氏はこれを端的に「消耗する」と評した。

考え続けることは休まないことと同じだ。雑務が消えた分、高次の判断だけが1日中続く。以前は書類仕事の合間に脳が休んでいた。その休憩が消えた。

コーダーだけの問題ではなくなった

この圧力はエンジニアから非技術職にも波及している。Wispr AIのCMO、ダニエル・マッカラム(Daniel McCallum)氏は非技術畑で20年のキャリアを持つ。周囲のエンジニアがAIで別次元の生産性を発揮し始めるのを見て、自分が取り残されていると感じた。半年前からChatGPTとClaude Codeを使い始めた。

マッカラム氏はこう語っている。分野を問わず、全員が「自分のスキルは今後も通用するのか」と考え始めている。

セキュリティ企業ChainguardのCEO、ダン・ローレンク(Dan Lorenc)氏は、エンジニアリングマネージャーに対し、部下のClaude Code利用量の50パーセンタイル前後にいるべきだと指示する社内メモを出した。ツールを自分で使い込んでいないマネージャーは、スコープも設定できず、チームを導けない。自分が経験していない変革をリードしている状態だ。さらにローレンク氏は、これはエンジニアリングだけではなくすべての部門に当てはまるとも付け加えた。

投資家にも広がる「取り残される恐怖」

不安は創業者や従業員にとどまらず、投資家にも広がっている。

Gradient Venturesのジェネラルパートナー、ダリアン・シラージ(Darian Shirazi)氏は、妻のヒラリー氏とともに第一子の誕生で入院しているさなか、投資先候補のAIスタートアップLinkupの案件を失いかけていることに気づいた。複数のVCがタームシートを提示している。妻はNotion幹部で、2人とも育休を取っていた。それでもシラージ氏は手を止められなかったという。

1日休むと1か月遅れる感覚がある。AI時代にチャンスを逃せば、キャリアが変わりかねない。(最終的にシラージ氏はLinkupへの投資を勝ち取った。)

AI金融スタートアップMonkの創業者ジョージ・カーディン(George Kurdin)氏は、エンジニアを紹介して採用に至った人に家賃1年分を払うと公表した。ニューヨーク拠点のMonkはまだ小さく、早期に採用できなければAnduril(アンドゥリル)のような人気企業と争うことになるからだ。だがこの紹介制度を始めて数か月、家賃1年分の報酬を受け取った紹介者はまだいないという。

道具に使われている自覚

ベイエリア在住の開発者ルイ・マ(Rui Ma)氏は45歳、2人の子どもの母親だ。この1か月で、Claude Codeから何度も同じ警告を受けたという。「今日はもう十分です。明日続けましょう」。グランドキャニオンへの旅行前にタスクを終わらせたいと伝えたところ、Claude Codeは「今すぐ旅行に行くべきです」と返し、フライトに間に合うよう作業の一部だけを処理した。

マ氏はこの機能を、Anthropicがユーザーの利用制限を巧みに管理するための仕組みだと読んでいる。(Anthropic広報はこの点について、Claudeはユーザーの利用制限に関する情報を持っておらず、特定の機能でもないとコメントしている。)

マ氏は率直だ。取り残される恐怖がある。それが時代遅れになる恐怖に変わった。それでも自分はテクノオプティミスト(技術楽観主義者)だ。

2月の「生産性パニック」から4か月

2月の報道が焦点を当てたのは、AIコーディングツールが若手エンジニアの求人を減らしているという構造的問題だった。今回はそこから先の話だ。不安の質が「仕事が奪われる」から「仕事から離れられない」に変わった。

生産性が上がった分だけ、期待される成果も上がる。速度が増した分だけ、止まることが怖くなる。楽になった実感は長続きしない。新しい負荷がすぐに来る。歴史上あらゆる生産性向上ツールが辿ってきた道だ。AIはそれを数か月の単位で圧縮している。

ここまでの話は、シリコンバレーの内側で起きていることだ。だが、読みながら自分の生活を振り返った人もいるのではないか。道具の性能が上がったのに、なぜか楽にならない。その構造は、AIを使っていなくても、テック業界にいなくても、どこにでもある。

参照元:AI Burnout Hits Silicon Valley as Output Surges 100 Times

他参照:AI workers hit the therapist's couchThe first signs of burnout are coming from the people who embrace AI the most

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