トランプ政権のAI規制、献金した業界が恐れる「場当たり」の正体

トランプ政権のAI規制、献金した業界が恐れる「場当たり」の正体

シリコンバレーの億万長者たちは、バイデン政権のAI安全政策が米国のイノベーションを潰すと警告し、トランプ陣営に巨額を献金した。AIを自由に伸ばす、規制はしない。就任直後のトランプ大統領はその期待通りに動き、州レベルのAI規制を封じることに注力した。

2026年6月、その約束は跡形もない。


「バイデン式の規制が恋しい」

6月に入り、ホワイトハウスはAnthropicとOpenAIに対して立て続けに介入した。Anthropicの最上位モデルMythos 5とFable 5には輸出管理指令が出た。外国籍者へのアクセスを禁じる内容で、Anthropicは国籍の即時判別ができないため全ユーザーを遮断した。OpenAIにはGPT-5.6のリリースを政府が承認した約20社に限定するよう要請した。いずれもサイバーセキュリティ上の懸念が理由とされるが、具体的な基準は示されていない。

6月26日、ラトニック(Howard Lutnick)商務長官がAnthropicに書簡を送り、Mythos 5については100社超への再配布を許可した。ただしFable 5の制限解除には触れていない。同じ日にOpenAIも政府承認済みのパートナーに限る形でGPT-5.6 Solをリリースしている。

トランプ政権AI政策の転換
2025年1月
バイデンAI安全政策を撤回
規制緩和を宣言
2026年5月
サイバーセキュリティ大統領令を撤回
中国との技術覇権競争を妨げるとの反対
2026年6月
修正版の大統領令に署名
事前審査30日、自主協力ベース
2026年6月
Anthropicに輸出管理指令
Fable 5・Mythos 5全ユーザー遮断
2026年6月
OpenAIにGPT-5.6制限を要請
政府承認済み約20社に限定
2026年6月
Mythos 5を100社超に再許可
GPT-5.6 Sol限定公開。Fable 5は制限継続

事態の経緯は既報の通りだ。注目すべきは、この動きに対するAI業界の反応にある。

あるAI企業の幹部は匿名を条件にこう述べた。「事実上のヨーロッパ式ライセンス制度だ」。規制を嫌って献金したはずの相手から、EUのAI規制を想起させる介入が降ってきた。皮肉では済まない転換が起きている。

サイフ・カーン(Saif Khan)氏の指摘はさらに踏み込んでいる。バイデン政権で商務省の先端技術顧問を務めた人物だ。カーン氏はトランプ政権の対応を、リスクを軽視してきた反動による過剰反応だと分析した。「リスクに対する準備作業がなく、必要な専門家も採用していない。その結果、何が承認されて何が通らないのか、空気で決まるような不透明なシステムが出来上がった」。

カーン氏はさらに、バイデン政権が構想していた規制よりもトランプ政権の現行措置の方がはるかにAI業界に打撃を与えていると述べた。バイデン政権の構想は、特定国向けの半導体チップとAIモデルの重みへの輸出管理だった。退任直前に出した規則で、国内リリースの阻止は想定していない。「現政権の措置は事実上、新規リリースの全面的なモラトリアムになっている。企業の収益に深刻な影響が出始める」。

声を上げられない業界

AI企業の幹部やロビイストが口をそろえて求めるのは「明確さ」だ。業界団体SIIAのポール・レカス(Paul Lekas)氏は「正式なプロセスが必要だ。モデルやソフトウェアのリリースが、場当たりの判断や一回限りのライセンス手続きに左右される状況は避けなければならない」と述べた。

だが、明確さを求める声は慎重に抑えられている。業界関係者の間には、強く回答を迫れば輸出管理やその他の規制で報復されかねないという恐れがある。フロンティアAIラボと連携する政策アドバイザーは匿名でこう語った。「みんな少し腰が引けている」。

ホワイトハウスが何を考えているのかが分からない。分からないのに、聞けない。聞けば標的にされるかもしれない。この構造が、業界を萎縮させている。

OpenAIの幹部は、政権は現在「プロセスの途中」にあると述べた。トランプ大統領が6月2日に署名した大統領令がある。これが最終化されれば、場当たり的な規制は大統領令に定めた自主審査の枠組みに移行する可能性があるという。「各ラボはモデルをリリースし続けており、米国がAIのリーダーであり続けるためにはリリースの継続が重要だ。枠組みの最終化を急ぐ必要があることは政権側も理解していると思う」。

ただ、この大統領令自体が混迷の産物だ。トランプ大統領は当初5月21日にサイバーセキュリティ関連の大統領令に署名する予定だったが、中国との技術覇権競争を妨げるとの反対で撤回した。6月2日の大統領令は撤回版を修正し、連邦政府の事前審査期間を90日から30日に短縮した。しかしホワイトハウスはこの大統領令を実施する前に、Anthropicへの輸出規制とOpenAIへのリリース制限に踏み切った。大統領令が定めた自主審査の枠を、はるかに超える措置だった。

トランプ政権のAI政策元高官が指摘する矛盾

ディーン・ボール(Dean Ball)氏の発言には重みがある。トランプ政権の「AI行動計画」を起草した当事者で、7月6日にOpenAIのStrategic Futures部門トップに就く。ボール氏はホワイトハウスの懸念が正当であることは認めた。そのうえで「完全な放任がこの技術にとって適切でないのは事実だ。同時に、政権の懸念は100%正当だが、その正当な懸念に対して過剰に反応している面がある」と述べた。

ボール氏は政権のAI政策を内側から設計した人物だ。その本人が「過剰反応」という言葉を使っている。

それでも、AI業界の多くは方向転換そのものは必要だったと認めている。ボール氏は「唐突さや不透明さ、厳しさには不満があるが、政権がこの分野を真剣に扱う方向へ動いたこと自体は歓迎する」と述べた。

SIIAのレカス氏は、テック業界が先進AIのルールに関する「実際の枠組みを求める連携した動き」を進めていると明かした。業界が求めているのは、大統領令であれ議会の立法であれ、書面化された明確な基準だ。ただしその前提として、AI企業間で安全基準のアプローチを統一する必要がある。「業界がベストプラクティスの周りに結集することが望ましい」とレカス氏は述べた。足並みがそろわなければ、場当たり的な扱いは続く。

日本のユーザーにとっての意味

6月12日のFable 5停止は、日本を含む全世界のユーザーに直撃した。Anthropicは外国籍ユーザーの即時判別ができず、全員のアクセスを遮断した。Mythos 5の制限解除後も、アクセスが許可されたのは米国内の承認済み企業100社超にとどまる。OpenAIのGPT-5.6 Solも同じ構造で、米政府が1社ずつ承認するプロセスを経なければ使えない。

フロンティアAIモデルに対する米政府の承認制が定着すれば、AI製品を使えるかどうかは開発企業ではなくワシントンの判断次第になる。その枠組みがまだ存在しない現在、AIモデルは開発と同時に外交的資産として扱われ始めている。

中国ではZ.ai(智譜AI)のGLM-5.2やMoonshot AIのKimi K2.7-Codeがオープンウェイトで公開されている。米国がフロンティアモデルの公開を絞り込む間に、中国勢はオープンソースで世界への浸透を続けている。

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