犯罪の3件に1件がサイバーに。INTERPOL報告書が示す現実
犯罪の3件に1件が、画面の向こうで起きている。INTERPOLが6月17日に発表したアジア太平洋地域のサイバー脅威評価レポートが、その現実を数字で示した。
犯罪の地図が塗り替わっている
INTERPOLのサイバー犯罪局が、アジア・南太平洋サイバー脅威評価レポート2025/2026をシンガポールから公開した。18の加盟国から2024年1月〜2025年3月のデータを収集した報告書だ。浮かび上がったのは、地域の犯罪構造そのものの変質だった。
調査対象国の半数以上が、国内で記録された全犯罪のうちサイバー犯罪が30%以上を占めると回答した。画面越しの詐欺やランサムウェアが犯罪統計の主役になり始めている。かつて「犯罪」と聞いて思い浮かべた風景は、この地域ではもう通用しない。
数字が語る加速
報告書が並べるデータは、どれも一方向を指している。
最大の脅威はフィッシングとオンライン詐欺だ。1000人あたり月5.5人がフィッシングリンクをクリックしている。世界平均の約2倍。回答国の33%が年間1万件以上のオンライン詐欺を報告した。
ランサムウェアも止まらない。2024年に13万5000件以上を記録し、不動産、製造、金融が主な標的になった。データ侵害の51%にランサムウェアが関与している。DDoS攻撃は前年比92%増に達し、2024年前半は各国の選挙に合わせて政府サイトが、後半は金融機関が狙われた。
65億件。INTERPOLの民間パートナーTrendAIが集計した、2024年にこの地域で検知・軽減されたサイバー脅威の総数だ。データ侵害全体ではシステム侵入が約80%を占め、83%の事案でマルウェアが検出されている(Verizonの2025年データ侵害調査報告書)。
「産業」としての詐欺
この報告書が映し出す脅威の底には、東南アジアで急成長した組織的詐欺がある。カンボジア、ラオス、ミャンマー、フィリピンなどに点在する詐欺施設(スキャムコンパウンド)は、人身売買で集めた人々を劣悪な環境に閉じ込め、オンライン詐欺を強制している。国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、66か国から少なくとも30万人がこうした施設に送り込まれたと推計してきた。
年間収益は約400億ドル(約6兆4000億円)に達するとの試算がある。米国平和研究所(USIP)の分析では、カンボジア・ラオス・ミャンマーの3か国だけで犯罪収益が公式GDP合計の約40%に匹敵する。もはや「犯罪組織」というより「犯罪経済圏」と呼ぶべき規模だ。
AIが壁を壊した
報告書が特に警鐘を鳴らしているのがAIの影響だ。2024年2月から6月のわずか5か月間で、東南アジアの犯罪者が利用するフォーラムやTelegramにおけるディープフェイク関連の議論が600%増加した。
2024年2月、香港の多国籍企業で従業員がビデオ会議に参加した。画面にはCFOら幹部の顔があった。全員ディープフェイクだった。送金額は2500万ドル。2025年3月にはシンガポールで、別の多国籍企業の財務責任者がZoom会議でCEOとCFOになりすました犯罪者に約49万9000ドルを送金させられた(シンガポール・香港当局の連携で全額回収)。
どちらの事案も、犯罪者が使ったのは公開されている動画素材と市販のAIツールだけだ。社内システムへの侵入は一切ない。技術ではなく信頼が突破口になった。かつてはスキルが必要だった精巧ななりすましを、AIが誰にでも可能にしたことで、詐欺の参入障壁そのものが崩壊している。
捜査する側の現実
報告書はもうひとつの問題を浮き彫りにしている。捜査側の体制が追いついていない。
専門的なフォレンジックツールの不足、サイバー犯罪に特化した訓練の欠如、技術力の脆弱さ。多くの法執行機関がこの三重苦を抱えている。太平洋の島嶼国や開発途上国では人手も予算も技術も足りないと報告書は指摘する。法整備が遅れ、捜査体制が脆弱な法域は、犯罪者にとって「捕まりにくい場所」として狙い撃ちされる。
前進もある。香港と韓国はサイバーセキュリティに関する新法を導入した。回答国の66.7%がAIツールを予測分析やデジタルフォレンジック、脅威検知に導入済みだと答えている。ただ、先進国であっても状況は楽観できない。
日本もこの数字の中にいる
このレポートが描く光景を眺める余裕はない。
2025年の日本の特殊詐欺被害額は約1423億円。過去最悪だった前年からほぼ倍増した(警察庁が2026年3月に確定値を公表)。認知件数は2万7832件、1日あたりの被害額は約3億9000万円。特殊詐欺とSNS型投資・ロマンス詐欺を合わせた被害総額は3257億円を超えた。ランサムウェア被害の報告件数は226件。
米国では、FBIのインターネット犯罪苦情センター(IC3)に寄せられたサイバー犯罪の苦情が2025年に初めて100万件を超え、被害総額は過去最高の208億7700万ドル(約3兆3000億円)に達した。AI関連のサイバー犯罪が初めて独立したカテゴリとして計上され、2万2364件・約8億9300万ドルの被害が記録されている。
INTERPOLが今回の報告書で対象としたのは「アジア・南太平洋」という広い括りだが、犯罪のデジタル化という現象は地域を選ばない。読者がこの記事を読んでいる今も、フィッシングメールは届き、ランサムウェアは稼働し、ディープフェイクは精度を上げ続けている。
報告書が示しているのは、特定の地域が危険だということではない。サイバー犯罪がもはや「一種の犯罪」ではなく、犯罪そのものの主流になりつつあるという構造変化だ。
参照元:INTERPOL - New INTERPOL report highlights escalating cyber threats across Asia and South Pacific