イランが中国製衛星を「軌道上で購入」し米軍基地を監視していた
中国の民間衛星企業から約 58億円 で買い取られた地球観測衛星が、イラン革命防衛隊の目となって中東の米軍拠点を捉えていた。停戦交渉が続く今、この取引が浮かび上がらせるのは「民間衛星」という言葉の危うさだ。
中国の民間衛星企業から約 58億円 で買い取られた地球観測衛星が、イラン革命防衛隊の目となって中東の米軍拠点を捉えていた。停戦交渉が続く今、この取引が浮かび上がらせるのは「民間衛星」という言葉の危うさだ。
「軌道上引き渡し」という新しい武器調達
イスラム革命防衛隊(IRGC)の宇宙航空部隊が、中国の民間企業Earth Eye Co.(北京沐美星空科技)から地球観測衛星TEE-01Bを購入していたことが、Financial Times(FT)の報道で明らかになった。根拠となったのはイラン軍の流出文書だ。
この取引で異例なのは、衛星がすでに軌道上にあった状態で売買された点にある。TEE-01Bは2024年6月6日、中国の酒泉衛星発射センターから打ち上げられた。そしてその数カ月後、IRGCが約3660万ドル(約58億円)で購入契約を結んだ。Earth Eye Co.はこの販売モデルを「インオービットデリバリー」(軌道上引き渡し)と呼んでいる。
衛星を自前で開発・打ち上げる必要がなく、完成品を「棚から取る」ように調達できる仕組みだ。技術力に限界のある国にとって、宇宙偵察能力の最短ルートになりうる。
契約にはもう一つ重要な要素が含まれていた。北京に本社を置く衛星地上局サービス企業Emposat(北京航天馭星科技)の商用地上局へのアクセスだ。Emposatは世界60カ所以上の地上局ネットワークを持ち、アジア、南米、アフリカなど幅広い地域をカバーしている。IRGCはこのネットワークを通じて、衛星に「いつ・どこを」撮影するか指示を送ることができた。
解像度10倍、米軍基地が「見える」ようになった
TEE-01Bの地上解像度は約0.5メートル。戦闘機の機種を識別し、支援車両の配置を読み取り、インフラの変化を検出できるレベルだ。
IRGCがそれまで運用していた最先端の軍事衛星Noor-3の解像度は推定5メートル、その前のNoor-2は12〜15メートルだった。TEE-01Bはイラン自前の能力と比べて約10倍の精度を一夜にして手に入れたことになる。5メートル解像度では建物の存在しかわからないが、0.5メートルなら駐機場にF-15が何機並んでいるかまで数えられる。
FTが入手した流出文書には、タイムスタンプ付きの座標リスト、衛星画像、軌道解析データが含まれていた。それによると、TEE-01Bは2026年3月13日、14日、15日にサウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地を撮影している。3月14日には、トランプ大統領自身が同基地で米軍機が攻撃を受けたことを認めた。
衛星の監視対象はサウジだけではない。ヨルダンのムワッファク・サルティ空軍基地、バーレーンの米第5艦隊司令部近辺、イラクのアルビル空港、クウェートのキャンプ・ブエリングとアリ・アルサレム空軍基地、ジブチのキャンプ・レモニエ、オマーンのドゥクム国際空港まで、中東全域の米軍拠点が撮影リストに並んでいた。
軍事拠点だけでなく、UAEのホルファカン・コンテナ港やキドファ発電・淡水化プラント、バーレーンのアルバ・アルミニウム精錬所といった湾岸の民間インフラも監視対象に含まれていた。IRGCが民間施設への攻撃オプションを検討していた可能性を示唆する。
「中国国内の地上局」という攻撃不能の盾
この取引の戦略的な核心は、衛星そのものよりもむしろ地上局の位置にある。
イスラエルはこれまでの紛争でイラン国内の宇宙関連施設を繰り返し攻撃してきた。2026年3月中旬にはイラン宇宙機関(ISA)の主要研究センターも破壊している。イスラエル軍は同センターが軍事衛星の開発と中東全域への攻撃誘導に使われていたと発表した。
しかしEmposatの地上局は中国本土にある。米国やイスラエルがこれを攻撃すれば、地域紛争が一気に米中直接対立へとエスカレートする。ある西側情報機関の元高官はFTに対し、こう指摘している。
中国企業が政府の承認なしに衛星を打ち上げるなど不可能だ。中国がイランに情報面で支援してきたことは以前から明らかだったが、政府の関与を隠そうとしている。
Earth Eye Co.もEmposatも名目上は民間企業だ。だが、創業者や幹部の多くが中国の軍産複合体に関連する経歴を持つ。Emposatの設立母体には中国科学院との結びつきが指摘されており、チェコではスパイ活動への懸念から同社の地上局建設計画が政府によって阻止された。
停戦の裏で加速する中国の「見えない支援」
このFT報道は、米中イラン三角関係の最も敏感な時期に出た。
2026年2月28日に始まった米国・イスラエルによるイラン軍事作戦「壮絶な怒り作戦」(Operation Epic Fury)は、5週間にわたる戦闘の末、4月7日に2週間の停戦で合意した。パキスタンが仲介し、中国も停戦への貢献を主張している。イスラマバードでの直接交渉は合意に至らなかったが、停戦延長に向けた再協議が模索されている。
その一方で、CNNは4月11日、米情報機関が中国によるイランへの携帯式防空ミサイル(MANPADS)供与の準備を察知したと報じた。第三国を経由して出所を隠す工作も進んでいるという。4月3日にイラン上空で撃墜されたF-15Eが「肩に担ぐ型の熱追尾ミサイル」で撃たれたとトランプ大統領が認めており、中国製FN-6 MANPADとの関連が取り沙汰されている。
衛星の軌道上売買、地上局ネットワークの共有、防空システムの供与疑惑。いずれも「民間取引」や「商業サービス」の外殻をまとっている。中国駐米大使館はFTの取材に対し「憶測と中傷に基づく偽情報に断固反対する」と回答した。中国外務省もロイターに「事実ではない」と述べている。
宇宙の「デュアルユース」が突きつける問い
Earth Eye Co.のウェブサイトには、衛星の用途として農業、海洋モニタリング、緊急管理、都市計画が列挙されている。農地の作況を見る目が、空軍基地の戦闘機を数える目に変わるまでに、ハードウェアの改造は一切必要ない。データの宛先が変わるだけだ。
問題はハードウェアではなく、誰がデータを受け取るかだ。同じ0.5メートル解像度の画像が、農業省の収穫予測にも、革命防衛隊の攻撃計画にもなる。
もっとも、この構造は中国に限った話ではない。Boeingは旅客機メーカーであると同時にペンタゴンの主要サプライヤーだ。SpaceXはトランプ大統領の「Golden Dome」計画で 20億ドル 規模の契約を受注する見込みと報じられており、最大600基の衛星で空中目標を追尾するシステムを構築する。SpaceXのStarlinkはウクライナの通信インフラを支え続け、2026年2月にはロシア軍が攻撃用無人機にStarlink端末を搭載していた問題に対し、不正端末を一斉遮断する措置を講じた。
米国がやっていることを中国がやっている。その事実を指摘することは、イランの行為を免罪することではない。だが、宇宙の「民間利用」と「軍事利用」の境界が消えつつある現実は、どちらの陣営にとっても都合が悪い。
停戦が来週にも期限を迎える中、TEE-01Bは今も高度545キロメートルの軌道を周回している。その目が次に何を見るかは、地上の交渉テーブルにかかっている。
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