英国のビッグテック依存は「国家安全保障リスク」と報告書が警告

Microsoftが国際刑事裁判所のメールを遮断した事件は、他人事ではなかった。英国の公共インフラが米テック企業に握られている現実を、新たな報告書が突きつけている。

英国のビッグテック依存は「国家安全保障リスク」と報告書が警告

Microsoftが国際刑事裁判所のメールを遮断した事件は、他人事ではなかった。英国の公共インフラが米テック企業に握られている現実を、新たな報告書が突きつけている。


Microsoftがメールを止めた日

英国の公共部門は、自分たちが立っている地盤の脆さに気づき始めている。

市民団体Open Rights Group(ORG)が2026年4月14日に公開した報告書「Tech Giants and Giant Slayers」は、英国のデジタルインフラが少数の米テック企業に深く依存しており、それが国家安全保障上の脅威になっていると警告した。ありがちな「ベンダーロックイン批判」の域を超え、経済的損失、法的リスク、そして民主主義への影響までを射程に収めた内容だ。

報告書が最も力を込めて取り上げるのが、2025年に起きた国際刑事裁判所(ICC)の事例だ。ICCがイスラエルネタニヤフ首相に対する逮捕状を発行した後、トランプ政権はICCへの制裁を発動。これに従い、MicrosoftICC検察官のメールアカウントを遮断し、銀行関連サービスも停止された。検察官カリム・カーン氏はスイスのProton Mailへの移行を余儀なくされ、ICC職員約900人が米国への入国を禁じられた。

ICCは2025年10月、Microsoftとの関係を先制的に打ち切り、ドイツ政府が推進するオープンソースの「openDesk」への移行を発表した。Microsoftは「ICCへのサービスを停止した事実はない」と否定しているが、ICC側はProton Mailへの切り替えを実行している。

この事例が示すのは単純な事実だ。米国企業のサービスに依存していれば、米国の外交政策が変わった瞬間に、サービスごと切り離される可能性がある。英米関係が良好な「今」は問題にならなくても、グリーンランドやイランを巡って関係が悪化すれば、同じことが英国政府に起きうる。


年間1050億円超の過剰支出

安全保障だけの話ではない。報告書は経済的な出血にも切り込んでいる。

英競争・市場庁(CMA)の調査によれば、英国はクラウドサービスだけで年間少なくとも5億ポンド(約1050億円)の過剰支出が発生している。さらにSocial Market Foundationの試算では、制限的なソフトウェアライセンス条件により、今議会期間中に少なくとも 3億ポンド(約630億円)の追加コストが生じるとされる。

予算の問題に加え、約8社の大手ITプロバイダーとコンサルタント会社が英国政府の「戦略的サプライヤー」として固定化されており、プロジェクトの予算超過と長期的な依存構造を生んでいる。誰もが問題だと知りながら、誰も触りたがらないシステムが積み上がっている状況だ。

報告書はこの構造を「ベンダーロックイン」ではなく「デジタル依存」と呼ぶ。ロックインは技術的な問題だが、依存は政治的な問題だからだ。

法が味方してくれるとは限らない

技術的・経済的なリスクの背後には、法的な構造問題がある。

米国のCLOUD Act(2018年)は、米国企業に対し、データの保存場所が海外であっても米政府の要求に応じてデータを提出するよう強制できる。中国の国家情報法も同様の権限を持つ。英国がどう思おうと、自国のデータが外国の法律に従って開示される可能性は常に存在する。

報告書はさらに踏み込み、ビッグテック企業がロビー活動を通じてAI規制の凍結、データ保護の弱体化、競争法の骨抜きを推し進めてきたと指摘する。つまり、依存構造を維持するルールそのものを、依存される側が書いている構図だ。


Palantir問題が映す「依存の拡大再生産」

こうした批判に対して、現政権は問題を解決するどころか拡大させているように見える。報告書が槍玉に挙げるのが、米Palantir Technologiesとの契約だ。

Palantir英国政府との契約総額が 6億7000万ポンド(約1400億円)以上に達しており、NHSの連合データプラットフォームFDP)に3億3000万ポンド、国防省に2億4000万ポンドの契約を持つ。NHSの契約は前保守党政権下で締結されたが、労働党政権も見直しに着手する姿勢を見せつつ、新たな契約の授与は止まっていない。

2026年3月には金融行為規制機構(FCA)がPalantirに新たな契約を与え、国会では超党派の議員が懸念を表明している。

労働党のクライブ・ルイス議員は「ビッグテック企業が公共サービスに入り込み、市民ではなく株主のための契約に縛り付けてきた」と述べた。

緑の党のシアン・ベリー議員も「制裁やサービス停止の脅威から重要なデジタルインフラを守る回復力を構築しなければならない」と訴え、自由民主党のティム・クレメント=ジョーンズ卿は「すべての調達決定が外国への依存を深め、主権の妥協を積み重ねて、戦略的脆弱性へと変わっていく」と警告した。


処方箋は「デジタル主権」、だが道は遠い

報告書が提示する解決策は、オープンソースソフトウェアへの投資拡大、国内技術力の強化、そしてEU諸国が進める「デジタル主権」戦略への追従だ。ドイツフランスオランダ、デンマークは既にオープン技術への戦略的投資と国際連携を進めている。ドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州は 4万4000件メールアカウントをMicrosoftからオープンソースに移行し、LibreOfficeの導入率も80%に達している。

ORGのジム・キロック事務局長は「公的資金はビッグテックの株主の懐を潤すためではなく、すべての人の利益になる公共コードに使われるべきだ」と述べている。

正論だ。だが、現実の英国政府は移行コストの巨大さ、既存システムとの互換性、そしてオープンソース代替の成熟度という三重の壁に直面している。ICCがopenDeskへの移行を決めたように、危機が起きてから慌てて動くのか、それとも平時に備えるのか。その選択を迫られているのは、英国だけではない。


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