「IT業界に噛み付く」老舗が読者に噛まれている

「IT業界に噛み付く」老舗が読者に噛まれている

20年以上ぶりにフルリデザインを敢行した英国の老舗テックメディアThe Register(通称El Reg)が、その読者層から手厳しい逆襲を受けている。コメント欄には批判が殺到し、編集長自らが一次対応に追われる異例の事態だ。


30年もの「変わらないこと」が一夜で変わった

The Registerは1994年にロンドンで創刊された技術メディアで、運営は親会社のSituation Publishing。「Biting the hand that feeds IT(自分たちにエサを与える業界に噛み付く)」というスローガンを掲げ、企業のプレスリリースを鵜呑みにしない姿勢で30年以上にわたって読者を集めてきた。

そのサイトデザインが、20年以上にわたってほとんど変わってこなかった。古めかしいと言えば古めかしい。だが読者にとっては「変わらないこと」自体が信頼の一部だった。

We’ve only gone and done it: Changed what you’re used to
A new coat of paint

5月6日に公開されたリデザイン告知記事「We've only gone and done it: Changed what you're used to(やっちまった、慣れ親しんだものを変えた)」で、編集部はこう書いている。コードベースの技術的負債を返済するためのCMS刷新、上部ナビゲーションバーの追加、トップページに「fold(スクロール前の領域)」を意識した記事配置の導入。新しいCMSプロバイダーを採用したことも明かされた。

技術的な意図としては妥当な判断だ。古い基盤を抱え続ければ、いずれサイト全体が維持不能になる。記事中でも「El Regが古い技術的負債で死ぬ可能性が下がった」と新CMS導入を評価する声は実際にある。

問題は、変更の中身が読者の使い勝手を直撃したことにある。

コメント欄が「機能要望書」になった

リデザイン直後から書き込まれた批判は、感情的な反発というよりも具体的な不具合報告に近い。並べてみると、デザイン判断の盲点が浮かび上がる。

Chromebookでまだ壊れている。記事ページにコメントリンクがない。それに、ご自慢の新ナビゲーションバーは画面より幅が広く、左右の項目が切れている

このコメントには28もの賛同票が付いた。FirefoxやSafari、iPad、ノートPCの1366×768解像度——日常的に使われる環境でナビバーの画面幅オーバーを訴える報告が複数のユーザーから寄せられている。「ズームすればテキストは読みやすくなるが、今度はバーが画面外に消える」「動的にリサイズしてくれないのか、HTMLが昔から普通にやっていたことなのに」という指摘もあった。

フォントの選択も槍玉に挙がっている。記事本文と見出しがセリフ体に変わったことで、「老眼にはつらい」「28インチの大画面で作業しているデザイナーには分かるまい」という声が並んだ。コメント欄だけが旧来のサンセリフ体のまま残っており、「コメント欄が一番読みやすい」という冗談まで生まれている。

ホームページの記事一覧がカラム(縦列)形式に変わったことにも反発が強い。「同じ見出しが3列に並んで表示される」「左から右に読む言語の文化なのに、上から下に読ませるレイアウトは退行的だ」「記事を時系列で追えなくなった」。RSSフィードの仕様変更も大きな話題になった。「フィードに記事全文(書式なし)が入ってきて、RSSリーダーが爆発しそうになった」「日付順でなくなり、Tickrのような古典的リーダーが使えない」。

「コメントリンク」が見つからない問題

機能面で最も多く指摘されたのが、記事ページのコメントリンクの可視性だ。

数時間後にリロードして、ようやく極小のコメントアイコンとその下のボタンを発見した。コメント欄はEl Regの大きな特徴だったのに、コメントボタンを最小化する判断は、運営側が本当はコメントを望んでいないことを示唆している

The Registerのコメント欄は、単なる感想投稿の場ではない。技術的な誤りの指摘、業界内部からの補足、ベテランエンジニアの実務経験の共有——記事本体と並ぶ価値を持つコンテンツとして機能してきた。そのコメント欄を最小化する判断は、読者にとって象徴的な意味を持つ。

ある読者は「このコメントリンクを上部右端に置いた狙いは、記事を読まずに著者を非難するのを楽にするためだろう」と皮肉を飛ばした。


編集長が降りてきた

通常、メディアのリデザインに対する読者の反発は無視されるか、定型的な「ご意見ありがとうございます」で処理される。だがこのケースでは、編集長マット・ロソフ(Matt Rosoff)自身がコメント欄に降りて対応している。

ロソフはThe Registerの編集長を務めるベテラン記者で、TechCrunchのグローバル・マネージング・エディター、CNBCのテクノロジー・気候変動担当エディターを歴任した。30年近くテック・ジャーナリズムの現場にいる人物だ。

そのロソフがコメント欄でこう書いている。

投稿で触れたとおり、今回のリデザインは技術スタック全体にわたる大きな変更の一部だ。開発チームが古いサイトの維持に時間を取られすぎず、新しいものを作れるようにすることが目的だった

新CMSプロバイダーの採用理由、トップナビゲーションバーとfold上部の記事密度を増やした狙い、「読者がより速く興味のある記事に辿り着ける」というデザイン目標。意図は丁寧に説明されているが、コメント欄では「ストーリーが上部に並ぶ?興味ない、私には重複に見えるだけだ」「日付順で読みたいのに、いちいち列を上下に行き来しなければならない」という反論が続いた。

ロソフはそれでも別のスレッドで「小さなコメントアイコンが表示されないバグ」について「スクリーンショットを自分のメールに送ってほしい、関係者に転送する」と書いている。編集長が一次対応窓口になっているのは、メディア運営として通常の光景ではない。

読者が自分でTampermonkeyスクリプトを書き始めた

特筆すべきは、読者の一部が自分で修正パッチを作り始めたことだ。RT Harrisonというユーザーが、訪問済みリンクを別色で表示するTampermonkey(ユーザースクリプトを動かすブラウザ拡張)用のスクリプトをコメント欄に投稿した。

スクリプトのコード本体までコメントに貼り付け、別のユーザーが「ありがとう、これで完璧に動いた」と返信する流れが続いている。/Archiveページ(旧来の一覧形式に近い表示)の存在を発見し、共有し合うやり取りもあった。

So it looks like I won't be "fucking off" and El Reg can thank you and TrevorH for that.(というわけで「もうやめる」つもりはなくなった。El RegはRT HarrisonとTrevorHに感謝するべきだ)

別のユーザーがHarrisonへの返信でこう書いた。リデザインに失望して「サイトを離れるかも」と書いた読者が、他の読者の作ったパッチで戻ってくる。読者コミュニティが運営の機能不全を補っている構図だ。

「技術的負債」と「読者体験」のすれ違い

今回の騒動の根は、運営側と読者側の優先順位の違いにある。

運営側の説明はこうだ。古いCMSを抱え続けるとサイトの維持コストが膨張し、いずれ更新自体が止まる。新しい基盤に移行することで、開発チームを新機能の実装に振り分けられる。技術メディアらしい、合理的な経営判断ではある。

読者側の関心はそこにない。彼らが評価していたのは「20年変わらず使えること」「コメント欄が記事と同等の比重を持つこと」「装飾を排した情報密度の高い表示」——いわばEl Regという文化的アイデンティティだった。新CMSが何を可能にするかではなく、新CMSが何を変えてしまったかが問われている。

執筆時点で、リデザインを「Absolute shit」と切り捨てた投稿は賛成94 vs 反対3、「Information overload(情報過多)」という見出しの投稿は賛成86 vs 反対0の支持を集めている。読者は新CMSへの移行そのものを否定しているわけではない。経営判断は受け入れたうえで、出来上がったデザインに不満を表明している。


「言論の自由のあるコメント欄」を持つメディアのリスク

The Registerの読者層は、世界中のIT専門家、システム管理者、エンジニア、CIO層が中心と言われる。技術的な不具合を見抜き、設計上の判断を批評できる人たちが、コメント欄で実名・ハンドル名を出して書き込んでいる。だからこそ、批判は具体的で、修正案まで添えられている。

これは資産であると同時にリスクでもある。忌憚なく批判するメディアは、自分自身も忌憚なく批判される。読者にゴマをすらない姿勢を貫いてきたメディアが、その読者から「IT業界の悪い習慣を踏襲した」と言われる構図には、ある種の必然がある。

編集長のロソフはコメント欄で「この週末、もしくはもう少し後に、何をなぜやったかを詳しく説明する記事を投稿する予定だ」と書いた。新CMSの選定理由、技術的負債の中身、設計判断の根拠——その記事がどう書かれるかで、El Regが「読者を説得するメディア」のままでいられるかが決まる。

技術的負債は返せても、読者との信頼の負債は説明でしか返せない。


参照元

他参照

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