Win32は予想外の現役、Microsoft首脳が認めた30年
Microsoft AzureのCTOが「90年代に誰もWin32が2026年でも一級APIだとは思わなかった」と公式映像で認めた。Windows 11の足元には、いまも30年前のコードが動き続けている。
Microsoft AzureのCTOが「90年代に誰もWin32が2026年でも一級APIだとは思わなかった」と公式映像で認めた。Windows 11の足元には、いまも30年前のコードが動き続けている。
「2026年に空飛ぶ車のはずだった」
Microsoft AzureのCTO兼テクニカルフェローを務めるマーク・ルシノビッチ(Mark Russinovich)が、Windows 11の根幹にあるWin32 APIについて率直な見解を示している。Microsoft Dev Docs公式アカウントが2026年5月6日に投稿した動画のなかで、彼は「90年代に誰がWin32が2026年でも一級のAPI表面(first-class API surface)であり続けると予想しただろうか」と問いかけ、「自信を持って『誰も予想していなかった』と答えられる」と続けた。
ルシノビッチはSysinternalsの創設者であり、Windowsカーネル研究の権威として知られる人物だ。その彼が、自社の中核APIの長寿を「予想外」と表明したことの重みは小さくない。
私たちは2026年に空飛ぶ車や月面ステーションがあると考えていた。Windows 95の時代に設計されたWin32が現役で残っているとは思わなかった。
ここで一つだけ補足しておきたい。Win32 APIは厳密にはWindows NT 3.1(1993年)で先に導入された技術である。Windows 95で爆発的に広まったため「Windows 95のもの」という印象が強いが、設計の起点はもう少し古い。 30年以上前のコード が、いまもkernel32.dll、user32.dll、gdi32.dllといった主要DLLとしてWindows 11上で動いている。
岩盤としてのWin32
Win32が30年以上生き残った理由について、ルシノビッチは次のように説明する。
Windows内部の基礎層であり、あまりにも多くのアプリケーション、技術、エコシステムがその上に積み上げられているからだ。
右クリックメニューの一部、デスクトップアプリの起動、シェル拡張、各種ダイアログ、プロパティ画面など、ユーザーが日常的に触れる動作の多くは、いまもWin32経由で実行されている。
業務用アプリケーション、ハードウェアドライバ、低レベルシステムユーティリティもWin32に依存している。削除すれば動かなくなるソフトが世界中に積み上がっているという意味で、Win32はもはや古い技術ではなく、 Windows経済圏 を支える層と表現するほうが実態に近い。
WinRTもUWPも倒せなかった
興味深いのは、ルシノビッチがMicrosoft自身による置き換えの試みを率直に振り返った点だ。
Microsoftの歴史のなかで、私たちは何度もWindows APIサーフェスを再起動しようとしてきた。WinRTのように。それは多くの人が期待したような形では展開しなかった。
具体的にはWindows 8時代のWindows Runtime(WinRT)、その後継のUniversal Windows Platform(UWP)への移行が念頭にあるとみられる。これらはモダンアプリ基盤としてWin32を置き換える狙いを持っていた。サンドボックスが厳しく深いシステムアクセスを必要とする業務用ソフトに不向きだったうえ、Microsoft自身が次々と新フレームワークを打ち出して既存の枠組みを置き換え続けたため、開発者の信頼が損なわれた経緯がある。
ルシノビッチは「シッククライアントとしてのWin32、ブラウザのHTML/JavaScriptという分離は依然として残っている」と述べ、ネイティブ層とWeb層の 二極構造 が現状でも続いていることを示した。Microsoftが新しいAPIを打ち出すたびに、開発者は古いAPIに戻っていった。「岩盤」という表現は、この現実への率直な認識でもある。
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1993年
Win32 API
登場
Windows NT 3.1で初導入。
Windows 95で爆発的に普及。 1996年
Sysinternals登場
登場
Win32上に書かれたSysmon、
ZoomIt等の診断ツール群。 2012年
WinRT
置き換え失敗
Windows 8時代の新APIサーフェス。
開発者の支持を得られず後退。 2015年
UWP
置き換え失敗
Universal Windows Platform。
強いサンドボックスが業務用途に不向き。 2026年
3月 Sysmon、Windowsへ正式統合
統合
KB5079473でオプション機能として
Windows 11に同梱。 2026年
5月 Win32は「予想外の現役」
現役
Microsoft AzureのCTOが公式映像で
Win32の長寿を率直に認めた。 |
1996年製ツールが「過去最も現役」
動画の締めくくりでルシノビッチは、自身が1996年にWinternals Software時代から手がけてきたSysinternalsのツール群に触れている。SysmonとZoomItを名指しし、「これらは2026年のいま、過去最も関連性が高い」と述べた。
実際、Sysmonは2026年3月のWindows 11累積更新KB5079473でオプション機能として正式にOS同梱となった。プロセス生成、ネットワーク接続、ファイル変更などを詳細にイベントログへ記録する同ツールは、これまで別途ダウンロードが必要だったが、いまや「設定 > システム > オプション機能」から有効化できる。ZoomItはPowerToysに組み込まれ、プレゼンテーション用画面拡大ツールとして配布されている。30年前のツール が、2026年のWindowsに正式統合される。Win32の延命と、その上に書かれたツール群の延命は、同じ現象の表と裏だ。
「擁護ではない」という反応
ルシノビッチの発言は、単なる老朽化の告白として読み流されたわけではない。動画は5月7日時点で12万件を超える表示を記録し、引用や反応にWindows技術史への複雑な感情が現れた。
開発者のFrank Lesniakは「Windowsのパフォーマンスと安定性の状態は深刻で、Microsoftが対処に乗り出していることを嬉しく思う。それでもmacOSやLinuxへの乗り換えを真剣に検討しているなら、状況は悪いということだ」と書いた。Kamil J. Dudekは「みんな予想していたよ。それ以外のものは無意味に複雑で、何の理由もなくリソースを食い、不完全で、細部で煩わしい制限がかけられているように見える」と皮肉を込めた。Win32擁護の声も多く、「VMやGCやフレームワークを必要としない唯一のAPIだ」という反応もあった。
そのなかで興味深い角度を提示したのがPELockだ。「Win32が強いのではない。誰も新しいWindowsソフトウェアをもう作っていないからだ。シェアウェア市場は死んだ。Microsoftが推進しているのはクラウドとAIだけ。彼らは普通のソフトウェア開発者を見捨て、UI設計のための適切なツールも提供しなかった」。Win32の長寿をMicrosoftの技術的勝利ではなく、 消極的な延命 として読み解く視点である。
擁護も皮肉も諦めも混在するが、共通しているのは「 Win32が残っている事実 」を誰も否定していない点だ。残った理由をどう解釈するかで、Microsoftへの評価が分かれる。
「Microsoft CTO」ではない
最後に一つだけ事実関係を確認しておきたい。ルシノビッチは「Microsoft全体のCTO」ではなく「Microsoft Azure部門のCTO」である。一部の海外メディアは「Microsoft CTO」と短縮表記しているが、Microsoft全体には複数のテクニカルフェローが存在し、ルシノビッチはAzureクラウド部門の技術責任者にあたる。
それでも、Sysinternalsの創設者でWindows Internalsシリーズの著者として、Windows内部に最も詳しい人物の1人であることは事実だ。その人物がWin32の延命を「予想外」と認めた発言の重みは、肩書きの正確さとは別に存在する。
「レガシー」という言葉は本来、捨てるべき遺物ではなく、経済的価値があるからこそ生き残ったものを指す。Win32はまさに後者だ。30年前のコードが2026年も右クリックメニューを動かしている事実は、Windowsという商業プラットフォームの強みであり、Microsoftが何度も置き換えに失敗した記録でもある。空飛ぶ車はまだ来ていない。Win32はWindowsの足元で動き続ける。
参照元
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