メリーランド、他州のAI電力費を払わされる構造にFERCへ反撃
メリーランド州の消費者保護機関がPJMの送電費用配分ルールに正面から異議を申し立てた。今後10年で州民が負担する2500億円分は、他州のデータセンターのための送電網だ。3月の大統領誓約はこの構造をすくえない。
「20億ドルの請求書」が間違っているという主張
メリーランド州の消費者保護機関、Office of People's Counsel(以下OPC)が5月7日(現地時間)、PJM Interconnection(以下PJM)を相手取った正式な複申書を連邦エネルギー規制委員会(FERC)に提出した。
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PJMが過去3年で承認した送電プロジェクト総額
2022 W3 / 2024 W1 / 2025 W1 の3つのRTEP調達ウィンドウ
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メリーランド州民への資本費用割当
数十年にわたって電気料金として回収される
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今後10年で州民が支払う追加費用
約2510億円。電気料金の収益要件として上乗せ
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主張は端的だ。PJMが過去3年間に承認した220億ドル(約3兆4500億円)の送電プロジェクトのうち、20億ドル(約3140億円)分の負担がメリーランド州の電力消費者に不当に割り当てられている、というものだ。この資本支出は数十年にわたる電気料金として回収される。今後10年に限っても、州民が支払う追加費用は16億ドル(約2510億円)に達する。
中身はもっと具体的だ。今後10年で住宅顧客に8億2300万ドル(1世帯あたり10年で平均345ドル増)、商業顧客に1億4600万ドル(1社あたり平均673ドル増)、産業顧客に6億2900万ドル(1社あたり平均1万5074ドル増)。この数字は、OPCが添えた専門家の宣誓供述書から抽出されている。
| 顧客クラス | クラス全体の 負担額 |
1顧客あたり平均 (10年累計) |
|---|---|---|
| 住宅顧客 | 8億2300万ドル | 345ドル |
| 商業顧客 | 1億4600万ドル | 673ドル |
| 産業顧客 | 6億2900万ドル | 1万5074ドル |
PJMの料金体系はメリーランド州の電力顧客に対し、これらの費用を実質的に負担させる規定となっている。だが当の顧客は、こうした投資の必要性を生み出してもいなければ、そこから意味のある利益も得ない。
メリーランド州消費者代弁人(Maryland People's Counsel)を務めるデビッド・S・ラップ(David S. Lapp)氏は、PJMの費用配分ルールが「壊れている」と表現した。「メリーランドの顧客は、データセンターのためにPJMが進めようとしている送電インフラに、何十億ドルも支払うことになる」とラップ氏は語る。FERCが動かなければ、という条件付きでの警告だ。
ハイブリッド方式の中身と問題
PJMは13州とワシントンD.C.をカバーする北米最大の送電系統運用機関だ。6500万人に電力を供給する、その内側には複雑な費用配分ルールが組み込まれている。
OPCが標的としているのは「ハイブリッド送電費用配分方式」と呼ばれる仕組みだ。500キロボルト以上の高圧送電プロジェクトでは、費用の半分がPJM全域の送電ゾーンに、各ゾーンの需要比率に応じて分散される。残り半分は「電力潮流(power flow)分析」によって、当該送電施設を通る電力がどのゾーンでどれだけ消費されているかの予測値で配分される。
問題は、この方式が「データセンターが大規模に集中する以前」のロジックだという点だ。各ゾーンが似たようなペースで需要を伸ばしていた時代には機能した。だが現在は、バージニア州、オハイオ州、ペンシルベニア州、イリノイ州にデータセンター需要が急速に偏在している。新規送電プロジェクトの多くは、これらの州への電力供給を目的とする。
メリーランド州の需要伸び率は、こうした州と比べて穏やかだ。ところが地理的にPJMネットワークの中央部に位置するため、電力潮流分析でも需要比率分散でも、相応の負担を背負わされる構造になっている。OPCの訴えは、この構造そのものが「コスト因果性原則」に反するという主張だ。
コスト因果性原則とは、送電費用は「その費用を発生させた原因者」が負担すべきという、米国エネルギー規制の基本理念のひとつだ。FERCが過去に何度も確認してきた原則でもある。
メリーランド州が支払う16億ドルの大半は、結局のところバージニア州北部のデータセンター集積地のために整備される送電線の費用だ。データセンターを誘致したのはメリーランドではない。電気料金で支払うのもメリーランドではないはずだ——これがOPCの論理的核心だ。
「料金支払者保護誓約」との接続点
この複申書がいま意味を持つのは、3月4日(現地時間)のホワイトハウスでの出来事と直結するからだ。Amazon、Google、Meta、Microsoft、OpenAI、Oracle、xAIの7社が、トランプ大統領の主導で「料金支払者保護誓約(Ratepayer Protection Pledge)」に署名した。
誓約の核心は、データセンターのエネルギーニーズが米国の家庭の電気料金を上昇させないという確約だ。誓約書には次の文言が含まれている。データセンター開発企業は「データセンターを稼働するための新しい電力供給インフラのアップグレードに必要な費用を支払い、適切な系統アップグレード費用を含めて、これらの費用が一般家庭に転嫁されないことを保証する」。
OPCの複申書は、この誓約を明示的に引用している。FERCに求める救済は、誓約に書かれた原則を実現するためにも必要だ、という指摘——つまり、誓約があるのに約束が守られていない、という批判だ。
構造的な皮肉がここにある。誓約は「個別のデータセンターと個別の電力会社の交渉」を通じて履行される設計だ。だが、PJMの送電費用配分ルールは個別の交渉ではなく、地域全体に課される規制だ。データセンターが直接支払う「ローカル費用」とは別に、地域共有の送電網アップグレードが「全顧客負担」として割り振られる。誓約だけでは、後者の網の目はすくえない。
7社が誓約に署名しても、PJMの広域送電費用配分ルールが変わらない限り、メリーランド州民の電気料金は他州のデータセンター需要のために上がり続ける。OPCの主張を要約すれば、こうなる。
メリーランド州大都市圏のボルチモア・ガス・アンド・エレクトリック(Baltimore Gas and Electric、BGE)とPepcoの顧客が、その大半を占める。
州レベルの取り組みでは届かない範囲
OPCは、州レベルで進むデータセンター対策が問題の核心に届かないことも指摘している。州ごとの大口負荷料金(large-load tariffs)や、電力会社が個別に結ぶ「送電セキュリティ協定(transmission security agreements、TSA)」では、PJMの広域費用配分ルールには手が届かない。
州レベルの大口負荷料金は、その州の中にあるデータセンターの費用を当該データセンターに負担させる仕組みだ。だが、別の州にあるデータセンターのために整備される送電線には適用されない。TSAも同様で、PJMが承認する地域送電拡張計画(RTEP)の費用配分そのものを変更する力はない。
OPCがFERCに求めている救済は、ふたつだ。第一に、データセンター起源の送電費用を、データセンターの所在ゾーン(たとえばバージニア州の場合はドミニオン・エナジーのゾーン)に直接配分させること。第二に、それが大口顧客向けの規則制定プロセスで難しいなら、FERCが大口データセンター顧客に直接費用を請求すること。
エネルギー経済シンクタンクのSynapse Energy EconomicsがOPCの委託で実施した調査は、現行ルールのままだと2031〜2035年にメリーランド州民にさらに54億ドル(約8470億円)の追加費用が乗る可能性を示した。今回の20億ドルは、序章にすぎない。
不確実性のなかで誰が儲けるか
複申書がもうひとつ強調しているのは、データセンター需要予測そのものの不確実性だ。OPCの分析によれば、過去には負荷予測の最大30%が実際にはキャンセルされてきた。オハイオ州ではAEPオハイオが「テイク・オア・ペイ」型の大口契約を導入した結果、データセンター予測が90サイト30ギガワット超から36サイト13ギガワットへと半減以下になった。
利害の歪みは、この点にある。電力会社は送電投資から経済的利益を得る。送電プロジェクトは「使用に関わらず投資コストを回収できる」前提で承認される。需要予測が外れても、投資した電力会社は損をしない。リスクを背負うのは、既存の電力顧客だ。
ラップは記者発表で、こう述べている。「私たちが必要としているのは、メリーランド州の電力顧客の背中にこれ以上、何十億ドルもの新規費用が積まれないための即効的な修正だ」。そして「データセンターの成長予測が実現するかどうかに関係なく、送電網建設で大きな利益を得る電力会社の経済的動機を、現行ルールが歪めている」と続けた。
PJMは2030年までの域内ピーク需要が32ギガワット増えると予測しており、その約30ギガワットがデータセンター起源だとされている。この予測がそのまま現実化するなら送電投資は妥当だ。だが、予測が外れたら、外れた分のコストも顧客負担として残る。
いま動き始めた「他州への波及」
メリーランド州の単独行動だが、ここから派生する問題は他のPJM加盟州にも共通する。インディアナ州、ニュージャージー州、デラウェア州なども、データセンターを大量に抱えるバージニア州やオハイオ州の費用を、間接的に負担する立場にある。
FERCが今回の複申を受け入れるかどうかは、まだ不透明だ。だが、複申が認められれば、PJMの費用配分方式そのものの再設計が必要になる。認められなければ、3月の大統領誓約と現実の電気料金高騰の乖離は、より明確になる。
データセンターの電力消費を誰が払うか。この問いは、もはや「ハイパースケーラー7社の自主誓約」だけでは答えきれない次元に入りつつある。連邦規制機関が動くのか、州が個別に動き続けるのか、あるいは構造的な再設計が必要なのか。FERCの決定は、米国の電力市場における「責任の所在」を再定義する転換点になる可能性がある。
最初の問いを投げかけたのは、メリーランドだった。
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