AIがAIを作る時代、ソッチャーが挑む再帰

人間の研究者を不要にする日を本気で目指す8人がいる。元Salesforceチーフサイエンティストのソッチャーが率い、6億5000万ドルを携えてステルスを抜けた。狙うのは、AIが自分自身を書き換え続ける仕組みだ。

AIがAIを作る時代、ソッチャーが挑む再帰

人間の研究者を不要にする日を本気で目指す8人がいる。元Salesforceチーフサイエンティストのソッチャーが率い、6億5000万ドルを携えてステルスを抜けた。狙うのは、AIが自分自身を書き換え続ける仕組みだ。


ステルスを抜けた「自己改善AI」の本命

リチャード・ソッチャー(Richard Socher)の新会社Recursive Superintelligenceが5月13日、ステルス状態から姿を見せた。調達額は 6億5000万ドル(約1兆200億円)、評価額は46億5000万ドル(約7300億円)に達する。リード投資家はGoogleのベンチャー部門GVと米Greycroft。NVIDIAとAMD Venturesも参加した。

設立はわずか数か月前。社員数は25人を超えたばかりで、ロンドンとサンフランシスコの両拠点で動いている。プロダクトはまだ世に出ていない。

それでもこの規模で資金が集まったのは、共同創業者の顔ぶれが理由だ。ソッチャーは元Salesforceチーフサイエンティストで、検索AIのYou.comを立ち上げた人物。You.comの前にはImageNet時代から自然言語処理の論文で名を馳せている。共同創業者7人にはGoogle DeepMindでオープンエンドネス研究を率いてきたティム・ロックタッシェル(Tim Rocktäschel)、Meta FAIRで強化学習を率いたティアン・ユアンドン(Yuandong Tian)、Vision Transformer論文の著者アレクセイ・ドソヴィツキー(Alexey Dosovitskiy)、元OpenAIのジョシュ・トービン(Josh Tobin)、ティム・シー(Tim Shi)、ジェフ・クルーン(Jeff Clune)、元Salesforceのカイミング・シォン(Caiming Xiong)が並ぶ。アドバイザーにはGoogleの研究本部長を四半世紀務めたピーター・ノーヴィグ(Peter Norvig)が就いた。

Recursive Superintelligence チーム構成
人物 元所属 専門・役割
リチャード・ソッチャー
CEO
Salesforce 元チーフサイエンティスト
You.com創業者
ティム・
ロックタッシェル
共同創業者
Google DeepMind オープンエンドネス研究
Genie 3開発主導
ティアン・ユアンドン
共同創業者
Meta FAIR 強化学習・LLM推論研究
ディレクター
アレクセイ・
ドソヴィツキー
共同創業者
Google Vision Transformer論文
共著者
ジョシュ・トービン
共同創業者
OpenAI 強化学習・ロボティクス
研究科学者
ティム・シー
共同創業者
Cresta / OpenAI Cresta共同創業者
エージェント研究
ジェフ・クルーン
共同創業者
OpenAI / UBC オープンエンドネス
チーム責任者
カイミング・シォン
共同創業者
Salesforce マルチモーダル
事前学習研究主導
ピーター・
ノーヴィグ
アドバイザー
Google 研究本部長を四半世紀
AI教科書著者
※ 共同創業者は8人。社員数25人超でロンドンとサンフランシスコの両拠点で稼働

野心は単純だ。AIが自分の欠陥を見つけ、自分のコードを書き直し、人間の関与なしに能力を伸ばし続ける。再帰的自己改善と呼ばれる、長年の聖杯にあたる目標である。


「オートリサーチ」と再帰的自己改善は別物だ

ソッチャーはTechCrunchのインタビューで、競合との違いをはっきりと線引きしてみせた。多くの人がAIに別の機械学習システムの改善を頼むだけで再帰的自己改善が起きていると思い込んでいる、と彼は指摘する。それは単なる改善であって、再帰ではない。

線引きの根拠が「 オープンエンドネス (open-endedness)」という概念だ。終わりのない進化のプロセスをアルゴリズムに持ち込む発想で、生物進化からの着想を直接的に明かしている。

ロックタッシェルがDeepMindで率いていたチームは、テキスト指示から探索可能な3D世界を生成するワールドモデル「Genie 3」を作った。動物が環境に適応し、別の動物がその適応にさらに適応し、何十億年も新しいものが生まれ続けてきた。同じ構造を計算に持ち込めば、目標を固定しないまま進化が止まらないシステムを作れる。これがオープンエンドネスの核にある考え方だ。

ソッチャーは具体例として「レインボーチーミング」を挙げた。サイバーセキュリティのレッドチーミングのLLM版で、爆弾の作り方など、AIが言うべきでないことを引き出そうとする攻撃側のAIと、それを防ぐ守備側のAIを共進化させる。

2つのAIを共進化させる。片方が攻撃を続けると、ひとつの角度だけでなく、多くの異なる角度を作り出していく。だからレインボーという比喩なのだ。

このアイデアもロックタッシェルの過去研究から来ている。今では 主要なAI研究所すべて で使われている、と彼は語った。


「ネオラボ」と呼ばれることへの違和感

ソッチャーが繰り返し主張したのは、Recursive Superintelligenceが製品を出す会社になる、という点だ。

Thinking Machines Lab、Safe Superintelligence、AMI Labs、Ineffable Intelligence──製品より研究を優先する新興AI企業群は「 ネオラボ 」と総称されることが多い。ソッチャーはこの分類に違和感を示した。本当に存続可能な企業になりたい、人々が使いたい製品を持ち、人類にポジティブな影響を与える存在になりたい、と語っている。

新興AI研究ラボの研究軸と評価額
企業 研究軸 評価額
Recursive
Superintelligence
再帰的自己改善
オープンエンドネス
46.5億ドル
Thinking
Machines Lab
カスタマイズ可能なAI
モデル微調整ツールTinker
120億ドル
Safe
Superintelligence
安全な超知能の構築
製品リリースなし
320億ドル
AMI Labs ワールドモデル
JEPA方式
35億ドル
Ineffable
Intelligence
強化学習スーパーラーナー
人間データに依存しない
51億ドル
※ 評価額はpre-money基準。Recursiveのみpost-money込みで46.5億ドル。各社いずれも製品リリース前後の研究先行フェーズ

ローンチ時期について聞かれると「 四半期単位 であって、年単位ではない」と返した。

ただし、製品を急ぐ姿勢と研究の長期性は両立しにくい。再帰的自己改善は「いつ終わるのか」と問われ、ソッチャーは「終わらない。常により賢くなれる」と答えた。知能の境界そのものを彼はいま形式化しようとしている。境界はあるが天文学的に遠い、という。

いつ終わるのかと聞かれれば、これらの一部は決して終わらない。常により賢くなれる。プログラミングでも数学でも、いくらでも上を目指せる。

ネオラボの空気から距離を取りつつも、語っている目標そのものはネオラボ的だ。製品で稼ぎながら、終わりのない自己改善を追う。両立は容易ではない。


計算資源が「人類の優先順位」を決める時代

インタビューで最も含意の重い問答は最後にあった。再帰的自己改善が実現した世界では、計算資源こそが唯一の重要な資源になる、人間の活動はもう差を生まない、という観測をぶつけられたソッチャーの返答だ。

計算資源を過小評価してはいけない。将来、本当に重要な問いはこうなる。人類はどの問題を解くために、どれだけの計算資源を使いたいか。このがんを先に解くか、あのウイルスを先に解くか。どれだけの計算を割り当てるか。最終的には資源配分の問題になる。世界で最も大きな問いの一つになるだろう。

医療、気候、材料科学──人類が解きたい問題のキューに、 計算資源という単一の通貨 が並ぶ。GPUクラスタを誰がどう優先するかが、政策の中心になる。資金調達のリード投資家がGoogleと半導体企業2社(NVIDIA、AMD Ventures)であることは、この未来像と整合する。

GVが投資理由として書いたコアテーゼは「AIはコードだ。そしてAIはいまやコードを書ける。この2つの現実がつながった瞬間、自己改善のループは閉じる」というものだった。ループが閉じた先に何が立ち上がるか、46億5000万ドルはその答えを買うために動いた金額だ。


参照元

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