英国ダービーシャー警察、2人目の刑事がAI不正使用で調査対象に
警察組織から2ヶ月で2人。1人目はレイプ事件の証拠をAIで書いていた。今度は、捜査の判断記録にAIを使った疑いが浮上した。英国の警察監察機関IOPCが独立調査に入っている。
警察組織から2ヶ月で2人。1人目はレイプ事件の証拠をAIで書いていた。今度は、捜査の判断記録にAIを使った疑いが浮上した。英国の警察監察機関IOPCが独立調査に入っている。
判断記録にAIを使った警部
ダービーシャー警察の上級刑事が、AIの不正使用に関する重大な不正行為(gross misconduct)の疑いで調査を受けている。BBCが報じた。
調査を行うのはIOPC(Independent Office for Police Conduct)。イングランドとウェールズの警察に対する独立監察機関で、最も深刻な苦情や不正行為を調査する権限を持つ。
焦点はdecision logs(判断記録)の作成にAIを使っていた疑いだ。
英国の刑事捜査では、上級捜査官が捜査中にとった各判断の理由を記録する義務がある。なぜ家宅捜索に踏み切ったか。なぜこの証拠を優先したか。なぜこの段階で逮捕に至ったか。すべてを文書にする。裁判で証拠として提出され、弁護側が精査する。捜査が適正だったかどうかを測る、司法プロセスの根幹にある文書だ。
Financial Timesの報道によれば、この刑事の階級はdetective chief inspector(警部に相当する)。捜査の意思決定権を持つ立場の人間が、その判断の記録をAIに書かせていたことになる。
ダービーシャー警察は現地時間6月23日、この件をIOPCに自主的に付託した。IOPCは調査の必要性を認め、当該刑事に対して重大な不正行為の調査対象であると正式に通知している。
レイプ事件の証拠をAIで作った刑事
今回の件が報じられる2ヶ月前、同じダービーシャー警察で別のAI不正使用事件が発覚している。
6月に報じられたその事件では、別の刑事がAIチャットボットを使い、レイプ事件の証拠資料を作成していた疑いが持たれている。被害者影響陳述書(victim impact statement)をAIに書かせ、検察官向けのブリーフィングもAIで生成していた。
被害者影響陳述書とは、犯罪によって被害者がどれだけの苦痛を受けたかを裁判所に伝えるための文書だ。被害者自身の言葉で綴られるべきものとされている。
報道によれば、この刑事はAIに対して「被害の影響を最大化するように」「起訴を確実にするように」と指示していたという。ある関係者は「結果を得るために良い言葉を使った」と証言している。
この刑事はperverting the course of justice(司法妨害)の容疑で刑事捜査を受けており、前線業務からも外された。さらに、この刑事が担当していた複数のレイプ事件の有罪判決について、CPS(Crown Prosecution Service、王室検察局)が見直しを開始している。
被害を訴え、裁判を戦い、ようやく得た有罪判決が、捜査官のAI使用によって揺らぐ。レビューの対象となった被害者の立場を想像すると、この事件の重さが見えてくる。
もう1件ある。グロスターシャー警察では、職員がAIチャットボットの利用に関する安全策を繰り返し回避し、業務にAIを使用していたことが発覚して解雇された。
3件。2つの警察組織。すべて2026年に表面化した。
PoliceAIの発足と、現場の現実
2026年6月10日、英国政府はPoliceAIを正式に発足させた。イングランドとウェールズの全43警察組織を横断し、AIの責任ある導入を推進する国家機関だ。内務省(Home Office)から3年間で7500万ポンドの予算が割り当てられ、約50人のスタッフが配置された。暫定ディレクターのアレックス・マレー(Alex Murray)氏は元NCA(National Crime Agency、国家犯罪対策庁)の脅威対策ディレクター。
マレー氏は透明性を強調し、AIツールの公開レジストリを秋までに公開する予定だと述べた。
だがPoliceAIの発足からわずか数日後に、ダービーシャーの最初のAI不正使用事件が報じられた。そして2ヶ月後に2件目だ。国が「AIを責任を持って使う」と宣言した直後に、最も使ってはいけない形でAIが使われていたことが明らかになっている。
マレー氏自身、一部の警察組織に対して安全策が整うまで裁判関連文書へのAI使用を一時停止するよう要請したと報じられている。発足直後の一時停止要請は、現場がすでに先に進んでいたことを示唆する。
PoliceAIが目指す用途には合理的なものもある。800時間分の映像を3時間で確認する。外国語の証拠データを即座に翻訳する。大量のデータを処理する用途だ。
だが判断記録を書く、被害者の声を代弁する、検察への証拠を作成する。これらは処理じゃない。判断そのものだ。
6月10日 PoliceAI発足 7500万ポンド・3年間の予算で国家機関が始動。43警察組織へAIの責任ある導入を推進 6月中旬 1件目:証拠資料のAI生成が発覚 ダービーシャー警察の刑事がレイプ事件の被害者陳述書・検察向け資料をAIで作成。司法妨害の容疑で刑事捜査開始 6月中旬 PoliceAI、法廷文書のAI使用を一時停止要請 安全策が整うまで裁判関連文書へのAI使用を止めるよう一部の警察に要請 6月中旬 グロスターシャー警察で職員解雇 AIチャットボットの安全策を繰り返し回避して業務使用したことが発覚 6月23日 2件目:ダービーシャー警察がIOPCに付託 警部が捜査の判断記録にAIを使用した疑い。警察が自主的に独立監察機関へ付託 8月10日 IOPCが独立調査を開始 当該警部に重大な不正行為の調査対象であると正式通知。有罪判決の見直しも進行中 |
AIが書いた判断記録は、判断記録じゃない
ダービーシャーの2つの事件に共通する構造がある。
判断記録にせよ、被害者影響陳述書にせよ、これらの文書が裁判で意味を持つのは、特定の人が特定の状況で書いたからだ。捜査官がなぜそう判断したかを記録し、被害者が何を経験したかを自分の言葉で述べる。AIが書けば、整った文章は出てくる。だが、その文書が担保していた「誰の責任か」「誰の経験か」という情報が消える。
AIが書いた判断記録からは、誰が判断したのかがわからない。間違いがあったとき「AIが書いた」では責任が特定できない。「自分の判断だ」とも言えない。
英国の刑事捜査が膨大な書類作業を抱えていることは、PoliceAIが発足した理由そのものだ。その書類の圧力が、現場の刑事をAIに向かわせたとすれば、個人の不正行為として処理するだけでは同じことが繰り返される。
AIによるデータ処理と、AIによる判断の代行。この2つの境界を組織として引けるかどうかが、PoliceAIに課された最初の試験になる。
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