フアン「DGX-1誰も欲しがらなかった」、当時のメールが反証

NVIDIAのフアンCEOがジョー・ローガンのポッドキャストで語った「DGX-1は誰も欲しがらなかった、Elon以外は」という逸話に、当時のメールが反証として浮上している。フアン本人が「需要があちこちから」と書いていた。

フアン「DGX-1誰も欲しがらなかった」、当時のメールが反証
ジェンスン・フアン

NVIDIAのフアンCEOがジョー・ローガンのポッドキャストで語った「DGX-1は誰も欲しがらなかった、Elon以外は」という逸話に、当時のメールが反証として浮上している。フアン本人が「需要があちこちから」と書いていた。


ポッドキャストで語られた「Elon神話」

2025年12月3日に公開された「ジョー・ローガン・エクスペリエンス(The Joe Rogan Experience)」#2422で、NVIDIAのジェンスン・フアン(Jensen Huang)CEOは、自社の初代AIスーパーコンピューター「DGX-1」(2016年発表)をめぐる思い出を、印象的なエピソードとして披露した。

フアンの語り口はこうだ。2016年にDGX-1を完成させ、自社イベントのGTCで発表したものの、聴衆の反応は完全な沈黙だった。発注は1件もなく、世界中で誰もこの製品を欲しがらなかった。そんな中、SpaceXとテスラを率いるイーロン・マスク(Elon Musk)だけが「うちの会社で使えそうだ」と申し出てくれた。フアンは1台目をサンフランシスコのオフィスに自ら運び、それがOpenAIだった、という流れになる。

ポッドキャスト内でのフアンの言葉を引用すると、こうなる。

このことを発表したとき、世界中で誰もこれを欲しがらなかった。発注書は1枚もなかった。誰も買おうとしなかったし、関わろうともしなかった。Elon以外はね。

ジョー・ローガンの番組は、Spotify世界ランキングで4年連続1位を記録するポッドキャストだ。フアン自身も話術に長けている。Elonだけが救世主というシンプルで記憶に残る物語は、AI黎明期の象徴的なエピソードとして広まった。

法廷で出てきた当時のメール

ところが、この物語の前提を揺さぶる文書が公開された。2026年4月27日にカリフォルニア州オークランドで陪審員選定が始まった「Musk v. Altman」裁判の証拠資料に、2016年4月に交わされたフアンとマスクのメールが含まれていた。

メールの流れはこうなっている。発端はマスク側からで、4月13日付の問い合わせだ。

OpenAIで初期ユニットを1台買えないか? チームが今朝、そのことを聞いてきた。OpenAIはテスラとは無関係で、私と少数の出資者で資金を出している非営利組織だ。安全なAGI(汎用人工知能)の開発を目標にしている。

これに対する4月19日付のフアンの返信が、現在の語りと食い違う部分だ。

忘れていないよ。これは、ネット経由だけで自然と売れていく初のスーパーコンピューターだ。需要があちこちから来ている。最初の出荷は来月末から。9月の納品分はもう発注を受けている。OpenAIには確実に最初の1台を届けるよ。
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書かれているのは、ポッドキャストの語りとは正反対の状況だ。「需要があちこちから」と当時のフアンは書いていた。買い手がElonだけではなく多方面にいると認識していたか、少なくともマスクに対してそう書いていたことになる。9月納品分はすでに発注を受けているとも記されている。

公式記録上の「初期顧客」

メールだけの問題ではない。NVIDIAは2016年4月5日のGTC基調講演でDGX-1を初公開した際、初期顧客を具体的に名前まで挙げて発表していた。

主要な初期顧客として公式ブログに記載されていたのは、マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital、放射線科と病理科でのAI診断パートナー)、MIT、UC Berkeley、Stanford、Oxford、Carnegie Mellonなどだ。約100億枚の医用画像を持つマサチューセッツ総合病院は、ディープラーニングの訓練対象として理想的だとされた。

当時のNVIDIA公式ブログより:DGX-1の重要な初期顧客はマサチューセッツ総合病院だ。米国最大の研究病院で、約100億枚の医用画像アーカイブを持つ。ディープラーニングにとって完璧な対象である。

つまり、世界中誰も欲しがらなかったわけではない。早期アクセス需要は実在しており、フアン自身がそれをマスク宛のメールで「あちこちから需要が来ている」と表現していた。


9年で書き換わった起源物語

時系列で並べると、こうなる。

2016年4月5日、GTCでDGX-1発表。研究機関の名前を初期顧客として公表。同月13日、マスクがOpenAI向けに購入を打診。同月19日、フアンが「需要殺到、発注済み」と返信。同年8月15日、フアンがOpenAIに1台目を手渡し、本体に「To Elon and the OpenAI Team! 世界初のDGX-1を贈る」と手書きでサインした。

そして9年後の2025年12月、ポッドキャストでは「Elon以外は誰も買おうとしなかった」と語られた。

NVIDIAは2025年10月13日にも、最新の「DGX Spark」をテキサス州スターベースのSpaceX施設でマスクに直接手渡すパフォーマンスを行っており、ジェンスン本人がプレスリリースで「2016年にDGX-1をElonに手渡したことから現代のAI革命に火がついた」と表現している。Elon=AI革命の起点という物語のもとで、自社の歴史が再編集されている。

ポッドキャストの語りは、この再編集をさらに先鋭化させたバージョンと見ることができる。「需要が殺到していた」では物語として弱い。「誰も買い手がいなかったところに、Elonだけが手を挙げた」のほうが、聴く側の記憶に残る。

記憶か演出か

フアン本人の意図を断定する材料はない。9年も前の話で記憶が再構成された可能性もあれば、エピソードを聴衆向けに磨き上げる過程で事実関係が削ぎ落とされた可能性もある。

ただ、結果として残ったのは、当時のフアン自身の文書と矛盾する語りだ。法廷でメールが提出されなければ、この食い違いは表に出てこなかった。Musk v. Altman裁判は、AIをめぐる権力構造を司法に持ち込んだ訴訟だが、副産物として、業界トップの経営者が自社史をどう編集しているかという問題まで照らし出した。

技術業界では、創業神話や起源エピソードが繰り返し語られ、語られるたびに少しずつ角が取れていく。それが企業文化の一部であることは認めてよい。問題は、その物語が「他にも顧客がいたという事実」を消しながら膨らんでいくときに、何が失われるかだ。マサチューセッツ総合病院の放射線科や、MITやUC Berkeleyの研究室は、あの時期にDGX-1を必要としていた現実の顧客だった。

「Elon以外は誰も欲しがらなかった」という1文が記憶に残るたびに、彼らが舞台から押し出されていく。


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