トランプ訪中団にフアン氏不在、AIだけ別卓
イーロン・マスクもティム・クックも、ボーイングのトップも乗る。AI半導体の頂点に立つはずのジェンスン・フアンだけが、なぜか乗らない飛行機がある。
17人の同行者リストに、ただ一人の不在
トランプ米大統領が今週、約9年ぶりに中国を訪れる。北京に到着するのは5月13日夜、習近平国家主席との会談は14日と15日の2日連続だ。同行する米企業首脳は17人。テスラのイーロン・マスク(Elon Musk)、アップルのティム・クック(Tim Cook)、ボーイングのケリー・オルトバーグ(Kelly Ortberg)が並び、ゴールドマン・サックス、シティグループ、ブラックロック、ブラックストーン、メタ、クアルコム、マイクロン、マスターカード、ビザ、GEエアロスペース、カーギル、コヒレント、イルミナといった顔ぶれが続く。
そこに、NVIDIAのジェンスン・フアン(Jensen Huang)の名前はない。
| 業種 | 同行 | 主な参加企業 |
|---|---|---|
| テック・ 通信 |
5 | テスラ/アップル/メタ/ クアルコム/マイクロン |
| 航空・ 素材 |
3 | ボーイング/ GEエアロスペース/ コヒレント |
| 金融・ 決済 |
6 | ゴールドマン/シティ/ ブラックロック/ ブラックストーン/ マスターカード/ビザ |
| 農業・ 医療 |
2 | カーギル/イルミナ |
| AI半導体 | 0 | NVIDIA (フアン氏は招待されず) |
Reutersが米ホワイトハウス当局者の話として伝えたところでは、フアン氏は招かれてすらいない。ホワイトハウスは今回の訪中で「農業と航空」に重点を置くため、というのが説明だ。
Nvidia, CEO Jensen Huang is not going to Beijing with Trump, a person familiar with the matter said on Monday. (ジェンスン・フアン氏は今回トランプ氏とともに北京には行かない、と関係者が月曜に明らかにした)
この不在は、名簿の偶然ではない。意図のある選別の結果と見るほうが自然だろう。
トランプとフアン、近すぎたから外された?
少し奇妙に思える。フアン氏は、第2次トランプ政権下で「米中の橋渡し役」として何度も注目されてきた人物だ。Nikkei Asiaは2025年7月、北京がトランプ氏との対話パイプとしてフアン氏に接近していると伝えていた。
実際、2025年12月にトランプ氏が認めたNVIDIAの主力AI半導体「H200」の対中輸出解禁は、フアン氏の働きかけの成果と広く報じられた。「売上の25%を米政府に納付する」という前代未聞の取引と引き換えに、中国市場への扉を開けた格好だ。
それほどの関係を築いた相手を、なぜ今回だけ外したのか。
ロイターが伝える「アジェンダの優先順位」という説明は、字面どおりには受け取りにくい。ホワイトハウスの狙いがボーイングの大型受注なら、AI半導体の話題はむしろ目玉になりうる。外した理由は、おそらく別の文脈にある。
H200の「お預け」が示す、もう一つの構図
ここで思い出すべきは、解禁されたはずのH200が、実は中国にほとんど届いていないという事実だ。
H200は2023年11月発表のHopperアーキテクチャ製品で、対中規制版「H20」より演算性能で約6倍上回るとされる。最新のBlackwellやその次のRubinは中国向けの解禁対象外で、規制が続いている。
2026年1月、米商務省がH200の対中輸出を正式承認した翌日、中国税関は深圳の物流業者に通関を許可しない旨を通告した。Financial Timesによれば、NVIDIAは中国顧客から100万台超の発注を見込んでいたが、出荷は事実上停止した。
中国側の言い分はシンプルだ。「米国製チップへの依存削減」。国家発展改革委員会と工業情報化部はアリババ、バイトダンス、テンセントを呼び出し、国産チップとの併用を促した。トランプ氏が描いた「中国を米国エコシステムにつなぎ止める」絵は、入口で止まっている。
つまりAI半導体は、いま米中の交渉カードとして最もデリケートな位置にある。航空機やレアアース、農産物のように「数字で勝ち負けが見える」分野とは違い、フアン氏が同席して何かを話せば、すぐに国家安全保障の議論が燃え上がる。米議会の民主党議員は12月のH200解禁を「経済と国家安全保障における大きな失敗」と批判していた。
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訪中団からフアン氏を外すことは、AIだけを別卓に置く判断とも読める。今回の会談を「ボーイング機の購入」「農産物の輸入再開」「レアアース休戦の延長」といった、議会に説明しやすい成果でまとめたいなら、AIのキーパーソンは連れて行かないほうが都合がいい。
中国にとっても、悪い話ではない
不在は、北京にとっても受け入れやすい。
中国はいま、AI半導体について「米国製がなくても困らない」という建前を国内向けに維持したい。世論は「華為技術(ファーウェイ)の昇騰(Ascend)で十分」という声を強めており、当のアリババやバイトダンスはNVIDIA製を欲しがりつつも沈黙している。そこにフアン氏が習氏の前に座れば、写真一枚で建前が崩れかねない。
訪中するボーイングのオルトバーグ氏は別だ。中国は2019年以降止まっていた737 MAXを、500機規模で発注する見通しと伝えられている。両者の握手は両国とも歓迎できる。慎重な選別が透けて見える。
フアン氏は不利益を被ったのか
ここで一度、立ち止まりたい。フアン氏が同行しないことは、NVIDIAにとってマイナスなのか。
短期的には、そう見える面もある。中国市場の象徴的な「再開セレモニー」に立ち会えず、習氏との直接対話の機会も逃す。
Nikkei Asiaは2025年7月、北京がトランプ氏との橋渡し役としてフアン氏に接近していると報じていた。直接対話の機会を逃すことは、その役回りからの一時的な後退とも映る。
ただ、NVIDIAの売上構成を見れば話は違ってくる。FY2026第2四半期(2025年5〜7月)、中国向けH20の販売実績はゼロだった。前年のFY2025まで全売上の約13%を占めていた中国市場が、いまはほぼ消えた状態にある。それでも同四半期の売上は467億ドルと過去最高を更新した。米国の大手クラウド事業者からの需要だけで、それを成立させている。H200の中国出荷が止まっていても、TSMCには増産発注が殺到し、価格も1個約3万2000ドルで売り手市場だ。フアン氏が北京に行かなくても、NVIDIAは別の場所で資金を稼げる。
むしろ、米議会で繰り返される「対中輸出緩和は売国だ」という攻撃から距離を取れる、というメリットすらある。
「会う・会わない」が外交になる時代
技術系の経営者が大統領の訪問に同行するのは、もはやニュースですらない。CES2025以降、フアン氏は政府要人との写真を量産してきた人物でもある。
それでも、今回の名簿はひと味違って見える。同行しない人物の存在が、米中関係の温度を測る指標になる。マスク氏は政府効率化省(DOGE)を離れた後も大統領の隣にいる。クック氏は中国に巨大なサプライチェーンを抱える立場で参加する。ボーイングは存亡をかけた商談に挑む。そして、AIの象徴であるフアン氏だけが、東京や台北で別の予定をこなす。
訪中団の写真が撮られる頃、フアン氏はおそらく革ジャン姿で、別の国の首相と握手しているはずだ。AI半導体をめぐる駆け引きは、首脳会談の本会場ではなく、その外側で続いていく。
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