ジオフェンス令状 米最高裁が問う、デジタル時代の修正第4条
スマホを持って街を歩くだけで、捜査の網にかかる可能性がある。米最高裁が4月28日に口頭弁論を開いた「Chatrie訴訟」は、その仕組みの合憲性を真正面から問う。2018年のカーペンター判決以来となる、デジタル時代の修正第4条をめぐる主要案件だ。
スマホを持って街を歩くだけで、捜査の網にかかる可能性がある。米最高裁が4月28日に口頭弁論を開いた「Chatrie訴訟」は、その仕組みの合憲性を真正面から問う。2018年のカーペンター判決以来となる、デジタル時代の修正第4条をめぐる主要案件だ。
銀行強盗の捜査から始まった争い
事件の出発点は、2019年にバージニア州ミドロシアンの連邦信用組合で起きた銀行強盗だ。犯人は約19万5000ドル(約2780万円)を奪って逃走し、防犯カメラには携帯電話で通話しながら入店する姿が映っていた。
捜査当局がここで使った手法が、いまや論争の中心にある。グーグル(Google)に対し、銀行の周囲150メートル、犯行前後30分の範囲にいた携帯電話の位置情報をすべて出させる令状、つまりジオフェンス令状を発行したのだ。
グーグルは、まず該当範囲内にあった端末アカウントの匿名リストを提出。次に当局は範囲を2時間に広げてさらに情報を要求し、最後に3つのアカウントの実名と詳細を入手した。そのうちの1つがオケロ・チャトリー(Okello Chatrie)氏で、彼は最終的に銀行強盗で有罪を認め、141カ月の禁錮刑を言い渡された。
ただ、チャトリー氏側は控訴審の段階で一貫して主張していた。この令状そのものが憲法違反だ、と。
ジオフェンス令状は、政府が「先に捜索し、後から疑いを育てる」ことを許してしまう。これは不当な捜索・押収を禁じた修正第4条の長年の原則に反する。
地裁はこの令状に「相当な理由(probable cause)」が欠けていたことを認めながらも、捜査機関が善意で行動したという理由で証拠の使用を認めた。第4巡回区控訴裁判所も評価が割れたまま結論を覆さず、最終的に最高裁が今年1月に上告を受理した。
「干し草の山から針を探す」捜査の構造
ジオフェンス令状の何が問題なのか。通常の捜索令状は、容疑者や対象を特定した上で、その人の家や所持品を調べる。順序は「疑い→捜索」だ。
ジオフェンス令状はこれが逆になる。捜査機関がまず地図上に範囲と時間を指定し、テック企業に「その時その場所にいた全員を出せ」と命じる。順序が「捜索→疑い」になる。
警察が地図にマーカーを置き、グーグルがそのマーカーの内側にいた人々のデータを差し出す。容疑者が中にいるかどうかは、データを見てから決める。
この捜査手法は、米連邦捜査官が2016年に最初に使ったとされる。連邦機関と全米の警察が発行した件数は、2018年の941件から2020年には1万1033件まで急増した。グーグルへの法執行機関のデータ開示請求の4分の1超を占めるまでになった。
無関係の通行人が容疑者として扱われた事例、抗議デモ参加者の特定に使われた事例、令状の範囲設定ミスで意図外のデータまで吸い上げられた事例。市民団体はこうした実害を積み上げて、令状の構造そのものを批判してきた。
私たちが日常的にスマホで地図を開き、目的地を検索するとき、その軌跡がいずれ「自分が居合わせた場所」の証拠として警察に渡る可能性がある。捜査効率と引き換えに、私たちは何を差し出してきたのか、という問いだ。
政府側の論理と、それが示すもの
司法省側はこの令状を擁護している。米連邦訟務長官のジョン・サウアー(D. John Sauer)氏は、口頭弁論前の書面でこう主張した。
チャトリー氏はグーグルに位置情報の収集・保存・利用を「自ら積極的に許可した」のであり、令状は単にグーグルに必要な情報を見つけて引き渡すよう指示したにすぎない。
そしてサウアー氏は、チャトリー氏側の主張は突き詰めれば「いかなるジオフェンス令状も、いかなる形でも執行できないと言っているように聞こえる」と述べた。
ここで政府が依拠しているのが、第三者法理(third-party doctrine)と呼ばれる古い原則だ。自分の情報を他人に自発的に渡した時点で、その情報に対する合理的なプライバシーの期待は失われる、という考え方を指す。
ただ、この法理は1970年代に確立された。携帯電話のGPSログ、検索履歴、移動の軌跡が常時、無自覚にクラウドに送られる時代を想定していない。チャトリー氏側は、位置情報は単なる「ビジネス記録」ではなく、人がプラスティック外科や精神科に通った事実を含めて生活の輪郭そのものを描き出してしまうデータだ、と反論している。
判決がどちらに振れても、現代的な射程を決めることになる。これがカーペンター判決以来の主要案件と呼ばれる所以だ。
判事たちの反応は割れた
月曜日の口頭弁論を傍聴した法律家たちの観察は、慎重ながら方向性を示している。スタンフォード大学ロースクールのオリン・カー(Orin Kerr)教授は、ソーシャルメディアへの長文投稿で、最高裁はチャトリー氏側の主張を退ける可能性が高く、範囲が限定されているかぎり捜査機関がジオフェンス令状を使い続けることを許す方向に向かうとみる、と分析した。
弁護士のキャシー・ゲリス(Cathy Gellis)氏も同様に、判事たちは「ジオフェンス令状自体は気に入っているようだが、完全に手放すことには躊躇がありそうだ」と書いている。彼女の見立てでは、判決は「大きなルールではなく、小さな一歩」になる可能性が高い。
つまり、令状そのものを違憲として葬る判決ではなく、執行の仕方に枠をはめる調整型の判決だ。プライバシー側にとっては勝利でも敗北でもない、もどかしい着地が見えている。
グーグルは既に降りた、それでも残る射程
事態をややこしくしているのは、当のグーグルが既にこの問題から降りていることだ。同社は2023年末に位置情報をユーザーの端末側に保存する仕様に切り替え、サーバー側のデータベースを通じた令状対応を昨年停止した。グーグル自身が法廷に提出した書面でも、3000件以上のジオフェンス令状に憲法上の異議を申し立ててきたこと、そして移動履歴の保存先を端末側に移したため、もはやこの種の令状に応答できないと述べている。
グーグルはサーバーから位置情報を引き上げた。だが、位置情報を集めて自社のサーバーに保管する事業者は他にも存在する。
マイクロソフト、ヤフー、ウーバー、Snap。過去にジオフェンス令状を受けた企業は複数ある。最高裁の判決が示すルールは、グーグル以外のプラットフォームと、これから登場する新しい位置情報サービスに直接適用される。
判決はチャトリー氏の刑期そのものにはほぼ影響しない。地裁の「善意の捜査」認定が残っているからだ。それでも、この判決が決めるのは未来だ。デジタル記録に対する所有権を米国民が持つのか、テック企業に渡した情報のどこからが「自分のもの」でなくなるのか。
動き出した境界線、判決を待たずに
判決は今年6月末から7月初旬に出る見込みだ。
修正第4条が書かれた18世紀末、起草者たちは家屋や私的書類が当局に踏み荒らされる光景を念頭に置いていた。彼らが想像できなかったのは、財布より小さな機械が私たちの一日の動きを秒単位で記録し、その記録が遠くの企業のサーバーに置かれる世界だ。
その世界で、何が「家屋」や「私的書類」に相当するのか。最高裁はそれを言語化しようとしている。判決が小さく出るとしても、議論の方向は確実に変わる。
私たちは毎朝スマホを手に取り、何の同意書も読まずに位置情報を渡してきた。そのデータが捜査の網にかかったとき、初めて「これは私の所有物だったのか」と考える。境界線は、判決を待たずに、すでに動き始めている。
参照元
- SCOTUSblog - Court to hear argument on law enforcement's use of "geofence warrants"
- U.S. Supreme Court - Chatrie v. United States Docket
他参照
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