マスク対アルトマン、本人証言で開幕した「慈善略奪」裁判

イーロン・マスクが法廷で証言台に立っている。OpenAIの営利化を「全米の慈善団体を略奪する前例」と訴え、サム・アルトマンとグレッグ・ブロックマンを名指しで断罪する展開が、カリフォルニア州オークランドの連邦地裁で進行中だ。

マスク対アルトマン、本人証言で開幕した「慈善略奪」裁判

イーロン・マスクが法廷で証言台に立っている。OpenAIの営利化を「全米の慈善団体を略奪する前例」と訴え、サム・アルトマングレッグ・ブロックマンを名指しで断罪する展開が、カリフォルニア州オークランドの連邦地裁で進行中だ。


「慈善を盗むのは許されない」――本人が証言台に立った

カリフォルニア州オークランドの連邦地裁で、現地時間4月28日、マスク対アルトマン裁判の冒頭陳述が始まった。陪審員9人を前に、マスク自身が最初の証人として法廷に立っている。

マスクは陪審員に「慈善を盗むのは許されない、それが私の見解だ」と述べたうえで、もしアルトマンとブロックマンの行為が不適切だと判断されなければ「この訴訟が判例となり、米国のあらゆる慈善団体を略奪する前例になる」と訴えた。Bloombergが報じた本人証言の核心部分だ。

裁判の構造は驚くほど単純だ。OpenAIは2015年、「人類全体の利益のため」に非営利として設立された。マスクは初期に約3800万ドル(約60億7000万円)を拠出した出資者であり、共同創業者の1人だ。それが2019年に営利子会社を持ち、2025年には完全な営利公益法人へと姿を変えた。マスクの主張は、この変質そのものが慈善信託の違反だ、というものだ。

OpenAIの代理人ウィリアム・サビットは、まったく逆の物語を陪審員に提示している。「我々がここにいるのは、マスク氏がOpenAIで思い通りにならなかったからだ。彼は辞めて、必ず失敗すると言った。だが私の依頼人たちは彼なしで成功する勇気を持った。マスク氏はそれが気に入らないかもしれないが、訴訟の根拠にはならない」


1兆ドル評価のIPO直前で噴き上がった対立

この裁判が単なる元創業者同士の私怨に収まらないのは、OpenAIが評価額1兆ドル規模の新規株式公開を視野に入れているからだ。

マスクの弁護士スティーブン・モロは冒頭陳述で、「被告らは慈善を盗んだ」と切り出した。マスクなしでは「OpenAIは存在しなかった、純粋にそれだけのことだ」と陪審員に語り、非営利として始まった組織が「富を生む機械」へと変質したと描いた。

サビットの反論は、マスク自身の過去発言を武器にしている。マスクは初期から営利子会社の設立を支持していた、と。2017年の議論では、創業者たちは「数十回」のミーティングを重ねて営利部門の設立で合意したと指摘した。さらに、サビットによればマスクは「OpenAIを完全な営利企業にし、その絶対的な支配権を握りたがっていた」が、他の創業者たちは「人工知能の鍵を1人の人物に渡すことを拒んだ」のだという。

ここで興味深いのは、両陣営ともマスクの過去のメールを引用していることだ。マスクは設立初年度に「並行する非営利を持つ標準的なC型株式会社にする方が良いだろう」と書き送っている。OpenAIの代理人にとって、これは「マスクは最初から営利化を望んでいた」という証拠になる。マスクの代理人にとっては、「並行する非営利」という言葉こそが、本来のミッションを守る前提だったという解釈になる。

同じメールが、立場によって正反対の意味に読まれる。法廷というのはそういう場所だ。10年前の自分が書いた文章が、10年後の自分を縛る。

判事がマスクに突きつけた「Xでの行動を制御せよ」

冒頭陳述の前、陪審員が法廷に入る前のやり取りが象徴的だった。

OpenAI側の弁護士は、マスクが前日にXに投稿した内容を問題視した。マスクは自身のSNSでアルトマンを「Scam Altman(詐欺師アルトマン)」、ブロックマンを「Greg Stockman(ストックマンとかけたもじり)」と呼び、「慈善を盗んだ。終わり」と書き込んでいた。

イボンヌ・ゴンザレス・ロジャース判事はマスクに対し、正式な緘口令を出すことには消極的だとしながらも、こう警告した。

SNSを使って法廷の外で物事を悪化させる傾向を、なんとか抑えてほしい。あなたはこれまでそういうことをしたことがないのかもしれないが。

最後の一言は明らかな皮肉だ。マスクは同意し、SNSでの投稿を最小限にすると約束した。アルトマンとブロックマンも同様の約束をしている。

判事のこの警告は、裁判の本質的な歪みを浮かび上がらせた。マスクは原告として、「OpenAIの経営陣には世界で最も強力な技術を任せられない」と主張している。一方で、その本人は陪審員選定が進行する最中に、自身が所有するSNSで相手を「詐欺師」と呼び続けていた。陪審員候補のなかには、事前質問票でマスクを「貪欲」「ゴミのような人間」と書いた者もいたという。判事はマスクの弁護団に対し、「現実を言えば、人々は彼を好きではない。多くの人が好きではない」と告げている。


1340億ドル、アルトマン解任、非営利への回帰

マスクが求める救済は具体的だ。約1340億ドル(約21兆4000億円)を「不当に得た利益」としてOpenAIの非営利財団に戻すこと。アルトマンをCEOおよび取締役から解任すること。ブロックマンを社長から解任すること。そしてOpenAIを本来の非営利構造へ戻すこと。

マスクは個人的な損害賠償の請求は取り下げた。すべての賠償金はOpenAIの非営利財団に流れる、という建付けだ。これは陪審員の心証を意識した戦術だろう。「自分のためではない、慈善を取り戻すためだ」という構図のほうが、9人の陪審員に響きやすい。

マイクロソフトも被告として名を連ねている。マスクの代理人モロは、マイクロソフトが2019年から始まった130億ドル(約2兆800億円)の投資を通じて、OpenAIによる慈善信託の違反を「知りながら幇助した」と主張した。マスクが取締役会を去った翌年、ソフトウェア大手の巨額投資が始まったタイミングを問題視している。

マイクロソフトの弁護士ラッセル・コーエンは、即座に時効を持ち出した。マスクは2020年9月の時点で「OpenAIは本質的にマイクロソフトに支配されている」とXに投稿していた、と。つまり、マスクはマイクロソフトとの関係を何年も前から知っており、2024年まで提訴しなかった理由はないというのだ。


陪審員「諮問評決」という奇妙な仕組み

この裁判には独特の仕組みがある。9人の陪審員が出すのは諮問評決であり、最終判断はゴンザレス・ロジャース判事が下す。

マスクの専門家証人として出廷予定なのは、UCバークレーのスチュアート・ラッセル教授だ。AI教科書の世界標準とされる『Artificial Intelligence: A Modern Approach』の共著者であり、OpenAIのミッション転換が「安全なAI開発を危険にさらしたか」を証言する見込みだ。さらに慈善信託法の専門家として、コロンビア大学法科大学院の名誉学部長デイビッド・シャイザーも証言する。

被告側からはマイクロソフトのサティア・ナデラCEOが約1時間、OpenAIの共同創業者イリヤ・サツケバーが30分、元CTOのミラ・ムラティがビデオ証言で約1時間出廷する予定だ。VIPの証人が次々と登場する3週間の法廷劇が始まったのだ。

陪審員は5月12日頃から評議に入る予定で、評決後にゴンザレス・ロジャース判事が最終判断を下す流れになる。


法廷で問われているのは「非営利の意味」だ

この裁判が興味深いのは、表面の対立構造の奥に、もっと根本的な問いが横たわっているからだ。

非営利組織が、莫大な資金を必要とする技術領域に挑むとき、何が許され、何が許されないのか。ミッションのために営利子会社を作ることと、ミッションを捨てて営利化することの境界線はどこにあるのか。

OpenAIは2015年、GoogleDeepMindに対抗するために生まれた。マスクが「もしAIが人類を一掃するならどうするのか」と問うと、Googleのラリー・ペイジは「AIが生き残るならそれで構わない」と答えたという。マスクが法廷で語った逸話だ。これに対しマスクは「お前は種差別主義者だ」と呼ばれたという。

10年経ち、その懸念から生まれた組織は、評価額8520億ドル(約130兆円)の営利企業へと変貌した。アルトマンとブロックマンは「ミッション達成のために構造を変えた」と主張する。マスクは「ミッションそのものを売り渡した」と訴えている。

陪審員9人――看護師、市役所職員、退職者で構成された人々――は、技術の専門家ではない。彼らに問われているのは、シリコンバレーの言葉ではなく、もっと素朴な問いだ。

約束は守られたのか。それとも破られたのか。

法廷というのは、そういう問いに答えを出す場所として設計されている。技術の未来が、そんな素朴な問いに賭けられている。それが今、オークランドで起きていることだ。


参照元

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