台湾・東引島の海底ケーブル切断、原因は「動いた船の残骸」
中国大陸からわずか19キロの東引島で、本島とつなぐ海底ケーブルが切れた。原因は悪天候で動いた船の残骸。住民1500人の通信は今、マイクロ波の予備回線がかろうじて支えている。
中国大陸からわずか19キロの東引島で、本島とつなぐ海底ケーブルが切れた。原因は悪天候で動いた船の残骸。住民1500人の通信は今、マイクロ波の予備回線がかろうじて支えている。
海底に置かれていただけのケーブル
東引島(Dongyin)は台湾最北端、中国福建省の沿岸からわずか10海里(約19キロ)の距離に浮かぶ前線の島だ。住民は1500人ほど、空港はなく、本島とはフェリーでしかつながらない。そんな島の対外通信を支えていた台湾-馬祖海底ケーブル3号が、4月29日深夜に切れた。
ロイターによれば、原因は悪天候で船の残骸が動き、海底ケーブルの上に乗りかかって切断したと見られている。台湾デジタル発展省(Ministry of Digital Affairs)の発表をもとにした記述だ。海中の構造物が「変形した」のではない。海底に近い場所にあった船の残骸そのものが、波と海流に押されて位置を変え、たまたま近くを走っていたケーブルを断ち切った。
原因は海底の地形でも漁船のアンカーでも軍艦でもなく、ただの船の残骸だった。海底ケーブルは砂や泥に埋設されているわけではなく、ただ海底に置かれているだけだ。だから上から何かが乗れば、簡単に折れる。今回の事案は、台湾の通信インフラが置かれた状況の特異さをよく表している。
マイクロ波が支える1500人の暮らし
台湾のデジタル発展省(Ministry of Digital Affairs)は4月29日深夜の声明で、東引と北竿(Beigan)を結ぶケーブルが切断されたと発表した。北竿は同じ馬祖列島の島で、ここから台湾本島へとつながる中継拠点になっている。
すぐにバックアップのマイクロ波通信システムが起動された。音声通話とインターネットが切り替えられ、東引島の携帯電話・音声・データ通信は通常通り稼働していると省は説明する。ただし、ケーブルテレビは利用できず、一部のインターネットサービスでは天候によって遅延が生じる可能性があるという。
修理を担当するのは中華電信(Chunghwa Telecom)だ。復旧は7月末までに完了する見込みだが、それも天候次第と省は付け加えた。3ヶ月のあいだ、東引島1500人の通信はマイクロ波回線が背負うことになる。
海底ケーブルが運ぶのは光信号だが、マイクロ波が運ぶのは電波だ。前者は1秒で大量のデータを送れる。後者は天候の影響を受けやすく、帯域も格段に狭い。「使える」と「快適に使える」の間には、想像以上の距離がある。
1ヶ月前にも、同じケーブルは損傷していた
ここで思い出すべき出来事がある。今回切れた台湾-馬祖海底ケーブル3号は、わずか1ヶ月前にも損傷を受けていた。
3月30日深夜、中国籍の作業船「海虹工66」(Hai Hong Gong 66)が、同じ海域で東引島近くに座礁した中国漁船「閩連漁63896」(Min Lian Yu 63896)の撤去作業を行っていた。中華電信は3月31日に、東引-北竿区間のケーブルに障害が発生したと連絡。原因は作業船の運用にある疑いが持たれ、船長は聴取のために連行された。
そして問題の漁船「閩連漁63896」は、浸水で乗組員に放棄されて漂流したのち、3月21日早朝に東引島の北澳口に座礁した船だ。4月29日に動いた残骸は、この漂着船である可能性が高い。確定はできない。ロイターも「ある船の残骸」と書くだけで、特定はしていない。だが状況証拠は揃いすぎている。
中国漁船が放棄されて台湾領海に漂着する。それを撤去しに来た中国の作業船が、撤去作業中にケーブルを傷つける。1ヶ月後、撤去しきれずに残った漁船の残骸が、悪天候で動いてケーブルを完全に切断する。
3月の損傷は通信に致命傷を与えなかった。芯線の一部だけが影響を受け、トラフィックが切り替えられて通常通信は維持されたからだ。しかし完全に切断された今回は、マイクロ波バックアップに頼るしかない状態に追い込まれた。
「故意」を立証できない設計
台湾政府は今回の件について、第三者の意図的な行為ではなく自然要因によるものだとしている。1ヶ月前のサルベージ事故についても、刑事訴追の対象は船長個人だ。中国政府の関与は立証されていない。
似た構図は2023年にもあった。馬祖列島と本島を結ぶ海底ケーブル2本が切断され、インターネットが遮断された事案である。台湾当局は2隻の中国船舶が原因だとしたが、北京が意図的に妨害した証拠はないと述べた。中国の漁船と貨物船による、それぞれの「うっかり」とされる事故だった。
意図がない、という結論は、意図を見つけられない、という意味でもある。海底ケーブルの切断は、たいていは漁船のアンカーや底引き網、サルベージ作業、座礁船など「日常的な海上活動」のなかで起きる。それを「攻撃」と呼ぶには、明確な指示系統や声明が必要になる。だがグレーゾーン作戦の本質は、まさに「立証できない」ことにある。
米インド太平洋軍のパパロ司令官は、中国による台湾周辺の海底ケーブル切断について、軍事攻撃とは呼べないが民間の代理人や非正規部隊による行動の可能性があり、台湾の通信インフラを弱体化させることが目的だろうと分析している。座礁船すら武器になりうるという見方である。
マイクロ波の次に来る、低軌道衛星
注目すべきは、台湾が単にマイクロ波で凌いでいるわけではないことだ。ロイターは記事の最後でこう触れている。台湾は中国との衝突を含む緊急事態に備えて通信レジリエンスの強化に取り組んでおり、馬祖を含む遠隔地で低軌道衛星を使う試験プログラムを進めている。
台湾のデジタル発展省は、すでに2023年末から「応変または戦時応用新興科技強化通信網路デジタルレジリエンス計画」を進めている。これは低軌道衛星と中軌道衛星を組み合わせて、有事にも政府と軍の通信を維持する設計だ。OneWeb、Eutelsat、SESといった欧州系の衛星通信事業者と提携が進んでおり、台湾全土に数百カ所のホットスポットを設置する構想もある。
海底ケーブル、マイクロ波、低軌道衛星。これが台湾が描こうとしている通信冗長化の三層構造だ。戦時を想定した設計だが、平時の事故にも耐える構造でもある。今回の東引島の事案は、その三層のうち中段がきちんと動いたことを実証した。
衛星やマイクロ波がバックアップになっても、物理的な接続が提供する信頼性と帯域には及ばない。完全な代替ではない、というのは事実だ。だが「最低限つながる」と「全く切れる」の差は、軍事的にも経済的にも決定的に大きい。
海底ケーブルは、防衛ラインの一部になった
東引島は地理的に絶妙な場所にある。台湾海峡の北端の入口を扼する戦略的な位置にあり、台湾と中国を隔てる狭い水路へのアクセスを制御する前進拠点として機能しうる。だからこそ台湾軍はここに重要な部隊を駐留させており、だからこそ通信途絶は単なる住民の不便以上の意味を持つ。
中国は近年、海底ケーブル切断のための装備を整えつつある。錨に切断ナイフを取り付ける特許も公開しており、最近では深度3500メートルでケーブルを切断できる電気式アクチュエーターの試験も発表した。海底に張られた光ファイバーは、もはや通信インフラであると同時に戦略的な脆弱性でもある。
そして今回の船の残骸による切断は、何かを撃つ必要すらないことを示した。古い座礁船が、悪天候で少し動くだけで、ケーブルは切れる。
東引島の住民は、おそらく7月末まで遅いインターネットと使えないケーブルテレビで暮らすことになる。日常の不便だ。だが、その不便を生み出す構造は、もはや日常ではない。
参照元
他参照