H200対中輸出の壁は中国ではなく米BISの内側にあった
承認も中国側の許可も揃ったのに、H200はまだほとんど飛んでいない。詰まっている場所は、意外にも米商務省BISの中にある。
出していいはずのチップが、出ていない
時系列を並べると奇妙な話になる。トランプ政権は2025年12月、NVIDIA H200を「承認された中国顧客」に限って輸出することを認めた。売上の25%を米国政府に納めるという、あまり前例のない条件付きだ。年明けの1月半ばにBISが正式な枠組みを官報で公開し、1月下旬には中国側もバイトダンス、アリババ、テンセントの3社に輸入を認めた。米中双方の承認が出揃った形になる。
ところが、実際にはほとんど飛んでいない。NVIDIAは2月下旬に少数のH200出荷ライセンスを取得したが、本格的な船積みには至っていないとBloombergが4月10日に報じた。3月のGTC 2026でジェンスン・ファン氏が「多くの中国顧客への発注を受けており、製造ラインを再始動している」と語った段階で、サプライチェーンはまだ温まり始めたばかりだった。
12月
1月15日
1月末
2月下旬
3月17日
4月10日
ボトルネックの在り処は、意外な場所にあるという。中国当局でも台湾の製造ラインでもなく、米商務省の一機関、産業安全保障局(BIS)の内側だ。
AMDのMI308、サウジアラビアとUAE向けのNVIDIA案件、そのすべてがBISのライセンス発行を経由する。そこで詰まれば、ホワイトハウスがどれだけ号令をかけようと、現場のチップは動かない。
輸出管理部門の5人に1人が、去った
BISは大きな組織ではない。TIME誌の取材でケスラー次官自身が「約450人規模」と語ったほどの、小所帯だ。その小ささが今、致命傷になりつつある。
Bloombergが連邦人事管理局の記録、LinkedInの経歴変化、関係者への取材を突き合わせた結果、BIS全体の人員は2024年以降で101人、19%減った。とりわけ輸出管理部門は2024年3月時点の218人のうち、およそ5人に1人が去っている。規則を書き、ライセンスを発行する、まさに核心を担う部署だ。
BISの人員削減は、ルールを起草し改訂する能力、新規制の予期せぬ副作用を予測する能力、そしてライセンスを迅速に処理する能力を、同時に削いでいる
ジョージタウン大学のセキュリティ・新興技術センター上級アナリスト、ジェイコブ・フェルドゴイス氏の分析だ。問題はルール策定と執行の両輪が同時に摩耗していることで、どちらか片方を補強すれば済む話ではない。
上層部の空洞化はさらに目に見えやすい。輸出管理部門の最上級ポスト12のうち、2025年初頭以降にターンオーバーを免れたのはわずか2つ。ポストによっては1年ちょっとの間に3人の責任者が入れ替わった。共和・民主両政権を10年以上支えてきたベテランが少なくとも9人、組織を去っている。
次官が全件に目を通す、という運用
もう一つ、構造的な詰まりを生む要素がある。2025年3月に上院承認を得て正式就任したジェフリー・ケスラー次官が、ほぼ全てのライセンス申請を自分で確認すると主張している点だ。
BISは通常、1日に100件を超える申請を処理する。歴代の次官は個別案件に口を出すことは稀で、規則上も次官の役割は不服申立ての最終裁定に限られてきた。ケスラー氏はそれを「ほぼ全件をレビューし、必要なら拒否権を行使できる」運用に変えた。専用のITシステムまで導入して、申請を自分の手元に集めているという。
企業が遅延を訴えると、ケスラー氏は「私に直接電話をくれればライセンスは通る」と答えるとBloombergは伝える。
もっとも、BIS側の見解はこれと食い違う。同局関係者はBloombergに対し、2月の全体会議の描写やラトニック商務長官の深い関与といった報道を「誤りだ」と否定した。トランプ第1期にBIS次官代理を務めたナザック・ニカクタル氏(現ワイリー・レイン法律事務所パートナー)は、ケスラー氏を「国家安全保障を真剣に捉える愛国者」と擁護している。ケスラー氏本人もTIME誌に対し、「我々は慎重にやっている。ライセンス申請を精査しているだけだ」と語っていた。
どちらの説明を採るにしても、処理されたライセンス件数が前年比でおよそ25%減ったことは数字として残っている。意図が慎重さであれ停滞であれ、現場で起きていることは一つだ。
76日、あるいはそれ以上
数字を並べると、企業側の苛立ちの理由が見えてくる。
2025年上半期のライセンス平均処理日数はBloombergの集計で76日に達した。2023年の平均38日の倍だ。米法令(15 CFR § 750.4)はBISに対し、申請を90日以内に処理するか関係省庁に付託するかのいずれかを義務づけている。平均がその上限に迫っている時点で、実務は壊れかけている。
実感値はさらに厳しい。貿易コンプライアンス業界のデータでは、2025年を通じて120日から180日、中国向けの一部案件では半年を超える例もあった。2月初旬に始まった「hold without action(行動停止保留)」の指示で、新規申請が40日近く完全凍結された影響が尾を引いている。
2023会計年度にBISは年間約3万8000件の申請を処理し、85%を承認していた。2024年と2025年の年次報告書は未だ公表されておらず、企業は自社の経験則から次の待ち時間を推測している
透明性の欠如そのものが、不確実性コストとして企業の計画に重くのしかかる。
中東向けは別種の難しさを抱える。NVIDIAとCerebrasがサウジアラビアとUAEへの輸出許可を得た際、米政府は「相互投資」の確認を条件として課した。UAE側は3月に1兆4000億ドル規模、サウジは11月に1兆ドルの対米投資を表明しており、その約束と輸出ライセンスが紐づいている。テンプレート処理ができない案件ばかりが、人員を失った組織に流れ込む構図だ。
予算は増えた。配分は噛み合っていない
救いに見える数字もある。BISは2026会計年度に23%の予算増を確保し、7月までに100人の追加採用を目指しているとされる。
ただ、その新規予算の大半は輸出執行部門の拡充に向けられている。密輸の取り締まりや違反摘発を担う部隊だ。ライセンス発行と規則策定を担う輸出管理部門ではない。
執行強化自体は否定できない。2025年には25億ドル規模のNVIDIAハードウェアがスーパー・マイクロの元従業員らによって中国へ密輸されたとされる事件が明るみに出ており、取り締まりの網は緩んでいる。ただし、正規ルートの承認を詰まらせたまま取り締まりだけ厳しくすれば、企業は正規ルートを諦めて別の道を探す。規制の目的と手段の方向が、少しずれている。
外交スケジュールが別方向を向いている
2月末以降、BIS上層部の関心はイラン情勢に吸い取られている。トランプ政権発足直後の「AIチップ輸出の大号令」からエネルギーが離れ、当初3月末から4月初頭に予定されていたトランプ大統領の訪中会談も5月14-15日に仕切り直された。
昨年10月にケスラー次官の主導で制定された「制裁対象企業の子会社にも規制を広げる」という規則は、施行直後に中国側のレアアース磁石対抗策を誘発し、米中1年間の貿易休戦合意の一環として2026年11月まで凍結された。職員からは事前に「実装が難しい」との警告が出ていたという(BIS側はこの描写も否定)。政策判断が現場能力を超えて先走り、外交的な反動で後退するパターンが、繰り返されている。
割を食うのは、市場である
この状態が長引いた場合の帰結は、冷静に見ればシンプルだ。
NVIDIAとAMDが「承認はもらったが出せない」という状態を続ける間、中国市場では華為(ファーウェイ)のAscendシリーズを筆頭に、国産AIアクセラレータが地歩を固めていく。CUDAの堀は深いが、強制された不在は代替品への習熟を加速させる。実際、中国の税関は米国から承認が出たH200の輸入をさらに絞り込み、「特別な事情」のある大学研究室などに限るという報道も出ている。米中双方が自分の手で市場を薄くし合っている格好だ。
輸出管理の本来の目的が「中国の軍民両用技術アクセスを遅らせること」だったとすれば、米国内の行政能力不足で正規供給を止めるやり方は、目的に照らしても座りが悪い。
トランプ政権が掲げる「米国製AIスタックを同盟国に広げる」戦略は、チップ単体ではなく、モデル・セキュリティ・運用サービスを束ねた「フルスタック輸出」を前提としている。その全てが、BISのライセンス処理能力という1本の細い通路に依存している。
印鑑を押す人間が足りないという地味な問題が、数十億ドル規模の国家戦略の足を引っ張っている。半導体戦争の最前線は、深センでも台北でもなく、どうやらワシントンDCのオフィスの机の上にある。
参照元
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