ハーバード大、AI時代にライティングセンターを廃止。反発広がる
学生は宿題の3分の1以上をAIに頼っている。その大学が、書く力を育てる拠点を閉じた。
学生は宿題の3分の1以上をAIに頼っている。その大学が、書く力を育てる拠点を閉じた。
20年続いたライティングセンターの終わり
ハーバード大学のライティングセンター(Harvard College Writing Center)が、独立した組織としての歴史を終えた。
7月下旬、同センターのディレクターを20年以上務めたジェーン・ローゼンツヴァイク(Jane Rosenzweig)氏が解雇され、センターの機能はAcademic Resource Center(学術資源センター)に統合された。Harvard Writing Project(ハーバード・ライティング・プロジェクト)のディレクター、ジェームズ・ヘロン(James Herron)氏も同時に解雇されている。
ライティングセンターは毎学期25〜30人のチューターを擁し、1年生のライティング課題から卒業論文、大学院の出願エッセイまで、学部生の「書く力」を個別指導で支えてきた。ローゼンツヴァイク氏はイェール大学卒、オックスフォード大修士、アイオワ大学で創作のMFA(芸術修士号)を取得した人物で、1994年から1997年にはThe Atlanticの編集者も務めた経歴を持つ。
反発は即座に広がった。元チューターと現チューターが連名で公開書簡を発表し、署名は100人を超えた。書簡は廃止と解雇を「無謀」と断じ、「高等教育が大きな変革期を迎えているまさにこの時期に、ハーバードが書くことの優先度を下げ、学部教育の重要な資源を骨抜きにするのは特に失望させられる」と訴えた。
社会学教授のジョスリン・ヴィテルナ(Jocelyn Viterna)氏は、「なぜこの一流の、利用率の高い学生向け資源が廃止されたのか、理解しがたい」と述べている。
3億6500万ドルの赤字と構造改革
ライティングセンターの廃止は、ハーバード全体を覆う財政危機の中で起きた。
ハーバードのFAS(Faculty of Arts and Sciences、文理学部)は推定3億6500万ドル(約580億円)の構造的赤字を抱えている。2025年にトランプ政権が署名したOne Big Beautiful Bill Act(トランプ政権の包括的税制・歳出法)により、大規模私立大学への連邦寄付基金税が8%に引き上げられ、FASの支出能力が年間最大1億ドル減少した。これに連邦研究資金の凍結が重なり、FASは博士課程の入学枠を半減させ、テニュアトラック外の教員予算を25%削減し、不要不急の資本プロジェクトを凍結する緊縮策を打ち出した。
2026年夏からはスタッフの構造改革が本格化し、コンサルティング会社マッキンゼーが25万ドルで参画。約2,300のフルタイムスタッフ(年間コスト約3億ドル、FAS予算の17%)の削減・再編が進んでいる。7月のカレッジ部門で36人が直接解雇されたのに続き、8月には社会科学部門で75人が解雇され、対象スタッフの30%以上が職を失った。
2025年秋 FAS、構造的赤字を公表 文理学部の赤字が約580億円と判明 2026年4月 行政改革計画を発表 マッキンゼーが25万ドルで参画。スタッフ最大25%削減の見通し 2026年6月 管理職の解雇が始まる 3部門の統括管理者を解雇(第1波) 2026年7月 カレッジ部門で36人解雇 ライティングセンター廃止。ディレクター解雇 2026年7月末 公開書簡に100人以上が署名 元・現チューターらが廃止を「無謀」と批判 2026年8月 社会科学部門で75人解雇 対象スタッフの30%以上が職を失う |
ライティングセンターの廃止は、この大規模リストラの一環だ。学部教育担当のアマンダ・クレイボー(Amanda Claybaugh)学部長は、懸念は「おおむね用語の問題だ」と退けた。ライティングセンターはHarvard Writing Program(ハーバード・ライティング・プログラム)の下部組織に過ぎず、同プログラムは存続するため学生は引き続きライティングの指導を受けられる、と説明している。
だが、フランス史教授のメアリー・D・ルイス(Mary D. Lewis)氏は上層部への書簡でこう指摘した。
ライティングセンターは費用のかかる組織ではなかった。廃止による損害を修復する方がコストがかかるだろう。
匿名を条件に取材に応じた人文系の終身教授は、管理部門の肥大化を認めつつ「抽象的には誰もが引き締めに賛成する。だが具体的な個人が解雇されると、全員が叫ぶ」と述べた。
ただ、この教授も「管理部門を削るべきだとしても、このセンターを閉じることが賢明かは別の話だ」と付け加えている。
宿題の34.5%がAI。「書くこと」を守る人を解雇した意味
この廃止が単なる人員整理として片付けられない理由は、ハーバードにおけるAIの浸透度にある。
Harvard Crimsonが2026年に実施した調査によれば、学生は宿題の平均34.5%をAIで完了している。10人に1人以上が宿題の70〜100%をAIに頼り、約40%がコース規約に違反する形でAIを使用していると回答した。カレッジ学部長のデイヴィッド・デミング(David Deming)氏自身が「AIの使用は検出されている以上に広まっていると想定すべきだ」と認めている。
ハーバードはこの状況に対して、2つの方向に動いた。
一方では、学生にGoogle Gemini、OpenAI ChatGPT Edu、AnthropicのClaudeへのアクセスを提供し、教員向けに「Teach With Generative AI」(生成AIで教えよう)というページを設けてLLM(大規模言語モデル)の活用を推進している。
他方で、AIに頼らず書く力を育てるために存在していたライティングセンターを閉じ、その推進者だった人物を解雇した。
ローゼンツヴァイク氏は、AIと教育の関係について最も精力的に発言してきたハーバードの内部者の一人だった。1年生全員必修のExpository Writing(論証文ライティング)の授業を担当し、AI学習モジュールの開発にも関わった。2024年にはSubstackで「When the Friction Is the Point」(摩擦こそが重要なとき)と題したエッセイを公開し、こう書いた。
私たちの学生は、摩擦のない組み立てラインを流れていく製品ではない。読むこと、書くこと、考えることの苦労は、解決すべき問題ではない。
匿名の教員はThe Atlanticの取材に対し、キャンパスに「AI推進主義」の流れがあることへの懸念を語った。「学生は、権威ある立場の人たちからAIを使いこなすことが大学生活と将来のキャリアに不可欠だと言われているという印象を持っている」。
デミング学部長は「学ぶためには、学びに努力が必要だ。少し苦労しなければ記憶に定着しない」「苦労こそが重要だ」と発言している。ローゼンツヴァイク氏が掲げた「摩擦こそが重要」と、ほぼ重なる認識だ。大学はその「摩擦」を提供していた組織を閉じた。
ハーバードが閉じたドアは、他の大学にも閉まる
The Atlanticの専属ライターで元大学教授のタイラー・オースティン・ハーパー(Tyler Austin Harper)氏は、影響がハーバードの外に及ぶことを指摘している。
ハーパー氏は2025年にモンタナ州立大学にライター・イン・レジデンスとして滞在し、同大学のライティングセンターのチューターたちと交流した。チューターたちは、書くことを「個人と画面の間ではなく、研究者とコミュニティの間で起こる」共同作業として学生に伝えようとしていた。限られた予算と薄いオフィスコーヒーで、チャットボットではなくセンターに来る理由を学生に示し続けていた。
ハーパー氏が懸念するのは、アメリカの大学組織には強い模倣の傾向があるという事実だ。ランキングが低い大学は、上位校の方針を参考にする。ハーバードが「ライティングセンターは不要」という判断を下したことで、他の大学の管理者、理事会、州議会が同様の結論を出す根拠が一つ増えた。
ハーバードほどの名声を持つ大学が不要と判断したものを、州立大学やコミュニティ・カレッジが守り続ける理由を、予算削減を求める側に説明するのは難しくなる。
AIは書く作業を代行できる。だが書くことを通じて考える力を育てる作業は、代行できない。ハーバードのライティングセンターが担っていたのは後者だった。この区別を制度として維持するかどうかは、もはやハーバードだけの問題ではなくなっている。
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