ChatGPT新機能、キー入力を丸ごと記録。暗号化はなし

あなたのクリック、タイピング、キーボードショートカット。ChatGPTの記憶を「豊か」にするために、それらすべてが記録される。

ChatGPT新機能、キー入力を丸ごと記録。暗号化はなし
OpenAI

あなたのクリック、タイピング、キーボードショートカット。ChatGPTの記憶を「豊か」にするために、それらすべてが記録される。


スクリーンショットがダメなら、キー入力を記録すればいい

OpenAIがmacOS版ChatGPTデスクトップアプリにComputer Historyという新機能を追加した。アプリやWebサイトをまたいだ操作履歴を記録し、タイムラインに整理してChatGPTの「記憶」にする仕組みだ。

4月にリリースされた前身の「Chronicle」は、定期的にスクリーンショットを撮影してOpenAIのサーバーに送信する方式だった。MicrosoftのRecallと発想が重なり、批判も重なった。今回のComputer Historyは、スクリーンショットを撮らないことを売りにしている。

代わりに何をするかというと、macOSのアクセシビリティシステムを通じて入力イベントを記録する。クリック、タイピング、キーボードショートカット、アプリの切り替え。画面は撮らないが、あなたが画面に向かって何をしたかは逐一把握する。

スクリーンショットは撮りません。画面録画もマイク入力もシステム音声もキャプチャしません。

OpenAIの公式ドキュメントにはそう書いてある。言い換えると、「画面の映像」は取らないが「画面に対して行った操作」はすべて取る。

暗号化なし、48時間のローカル保存、そしてサーバーへ

仕組みをもう少し詳しく見る。Computer Historyが記録した操作イベントは、まずmacOS上にローカル保存される。保存期間は最大48時間で、その間にOpenAIのサーバーに送信され、「メモリ」と呼ばれるテキスト要約に変換される。メモリファイルはユーザーが削除するまでローカルに残り続け、以降のチャットで参照される。

ここで気になるのが暗号化の問題だ。OpenAI自身がドキュメントで認めている。

Computer Historyのファイルにはセンシティブな情報が含まれる可能性があります。Computer Historyはこれらのファイルを暗号化せず、同じmacOSユーザーとして動作する他のプログラムがアクセスできる場合があります。

つまり、ひとつのユーザーアカウントで動いているアプリなら、操作ログを読める可能性がある。MicrosoftのRecallは批判を受けてWindows Hello認証とジャストインタイム復号化を導入した。OpenAIのComputer Historyには、そうした保護機構がない

オプトインだから安全、という論法

Computer Historyはデフォルトでオフだ。ChatGPT Pro、Business、Enterprise向けで、macOS版デスクトップアプリでのみ利用できる。Proユーザーは個人でオンにでき、BusinessとEnterpriseでは管理者の承認が必要になる。EEA(欧州経済領域)、スイス、英国では現時点で利用できない。

「オプトイン」という言葉が免罪符のように使われているが、OpenAI自身が示す注意書きを読むと、その安心感は薄れる。

相手の事前の明示的な同意がない限り、他者とのコミュニケーション中はオフにしてください。健康、金融、個人情報を含むアプリについては、一時停止または除外することを検討してください。

コミュニケーションアプリでの使用を自制するよう促すということは、あなたが同僚とSlackでやり取りしている内容が記録される可能性を示している。法的リスクへの配慮が、そこに透けて見える。

プロンプトインジェクションという名の爆弾

Computer Historyがもたらす最大のセキュリティリスクは、プロンプトインジェクションの攻撃対象が広がる点にある。OpenAI自身がこの点を認めている。

Computer Historyは、アプリやWebサイトのコンテンツからのプロンプトインジェクションのリスクを増大させます。たとえば、悪意のある指示を含むWebサイトにアクセスした場合、ChatGPTやCodexがその指示に従う可能性があります。

操作ログがChatGPTに供給されれば、悪意あるWebサイトに埋め込まれた指示がその文脈に紛れ込む余地が生まれる。OpenAI自身が2025年12月に、ブラウザエージェントAtlasに対するプロンプトインジェクションは「完全に解決されることはない」と認めている。その攻撃対象が、いまやユーザーのデスクトップ全体に広がった。

「訓練には使いません」、でもチャットログは裁判所に渡した

OpenAIは、サーバーに送信されたイベントファイルは処理後に保持せず、モデルの訓練にも使わないと述べている。だが、生成されたメモリはローカルに残り、そのメモリが使われたチャットはOpenAIに送信される。データコントロールの設定によっては、そのチャット内容がモデル改善に使われる可能性がある。

「データは安全です」という約束がどこまで有効か、今年1月の出来事が物語っている。ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所は、著作権訴訟において2000万件のChatGPTチャットログの提出をOpenAIに命じた。OpenAIはチャットログの開示に反対したが、裁判所はその異議を退けた。

Computer Historyが記録した操作ログから生成されたメモリがチャットに含まれるとき、法的手続きを通じて第三者の目に触れるルートが存在する。

監視を「個人の選択」にする手法

テック企業が気づいたのは、監視をユーザー自身に「選択」させれば、反対運動を封じられる構造になるという点だ。オプトインである以上、使いたくなければ使わなければいい。だからこの機能に文句を言う筋合いはない。そういう理屈が成り立つ。

だが、この理屈には落とし穴がある。Enterprise環境で管理者がComputer Historyを有効化した場合、個人の「選択」はどこまで自由なのか。上司が「便利だから使え」と言ったとき、オプトインは本当にオプトインなのか。

そもそもの問題は、「便利さ」の代償として差し出すものの大きさを、差し出す側が正確に把握できないことにある。キー入力のログ。アプリの切り替え履歴。Webサイトの訪問パターン。これらを組み合わせれば、ユーザーの仕事内容、思考プロセス、生活リズムまで再構成できる。


Recallの亡霊が形を変えて戻ってきた

MicrosoftのRecallが2024年に発表されたとき、セキュリティ研究者は「プライバシーの災害」「サイバーセキュリティの悪夢」と呼んだ。Microsoftは1年かけてセキュリティを再設計し、Windows Hello認証、暗号化保存、生体認証必須というガードレールを追加した。それでも2026年4月にはセキュリティ研究者が新たな脆弱性を指摘している。

Chronicle → Computer History → Windows Recall 設計比較
ChronicleComputer
History
Windows
Recall
記録方式画面撮影入力イベント画面撮影
暗号化なしなしあり
認証なしなし生体認証必須
外部参照可能可能不可
送信先OpenAIサーバーOpenAIサーバー端末内のみ
保持期間6時間最大48時間ユーザー設定
対象macOSmacOSWindows 11
初期状態オフオフオフ
地域制限EU・英国除外EU・英国除外全対応
※Computer HistoryはChronicleの後継。Chronicleは2026年4月リリース、Computer Historyは2026年8月リリース。Windows Recallは2025年4月に再設計版を公開

OpenAIのComputer Historyは、Microsoftが散々叩かれた末にたどり着いた保護策すら実装していない。暗号化なし、生体認証なし、同一ユーザーの他のプログラムからアクセス可能。Recallの教訓がここにあるのに、読まなかったのか、読んだ上で不要と判断したのか。

トークンも食う

もうひとつ見落とされがちな点がある。Computer Historyは操作ログの要約とメモリの生成にトークンを消費する。ChatGPTの利用コストが膨らむ。自分の行動を監視させるために、追加で料金を払っていることになる。


便利さの形をした踏み絵

Computer Historyが提供する便利さ自体は理解できる。「さっき見てた資料どこだっけ」と聞けば教えてくれる。繰り返しの作業を検知して自動化を提案してくれる。仕事の中断と再開がスムーズになる。

問題は、その便利さが暗号化なしのキーロギングの上に構築されている点にある。スクリーンショットをやめた代わりに、入力イベントを丸ごと記録するシステムを「改善」と呼べるのかどうか。

少なくとも、タイムラインはきれいに整理されているらしい。

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