オレゴン州都のデータセンター公聴会にギロチン。知事が州有地の売却を撤回
全米で広がるAIデータセンター反対運動の最前線で、住民はどう闘い、行政はどう動き、企業はどう出し抜いたか。オレゴン州セーラム市の10日間を追う。
全米で広がるAIデータセンター反対運動の最前線で、住民はどう闘い、行政はどう動き、企業はどう出し抜いたか。オレゴン州セーラム市の10日間を追う。
秘密保持契約の発覚
オレゴン州都セーラム市が、カリフォルニア州のデータセンター開発企業Verrus(ヴェラス)と秘密保持契約(NDA)を結んでいたことが、2026年7月に入って発覚した。
NDAの締結は2025年3月。地域経済開発機関SEDCORを通じて始まった交渉は、1年以上にわたって住民に知らされなかった。セーラム市が計画を公表したのは現地時間7月13日。NDAが解除された直後のことだった。
Verrusが提案したのは、市南東部のミルクリーク・コーポレートセンターに約75エーカーのデータセンター「Oakline at Mill Creek」を建設する計画だ。3棟の建物と変電所を含み、投資総額は51億ドル(約8000億円)。VerrusはAlphabetから分離したSidewalk Infrastructure Partners(インフラ投資会社)が設立したデータセンター企業で、経営陣の多くはGoogleのデータセンター部門の出身だ。
住民の怒りが向いたのは、計画そのものだけではなかった。市がNDAの下で秘密裏に交渉していたこと自体が、信頼を壊した。セーラム市長ジュリー・ホイ(Julie Hoy)氏がNDAの相手方である経済開発機関SEDCORの理事会に名を連ねていたことも、住民の不信感を増幅させた。
公聴会の6時間
現地時間7月27日、市議会の公聴会が開かれた。会場はセーラム公立図書館のラウクス講堂。数百人が詰めかけ、入りきれない住民が建物の外にあふれた。
公聴会は6時間以上に及んだ。発言者の大多数が反対意見を述べ、水資源、電力消費、騒音、環境負荷への懸念を訴えた。セーラム市の飲料水源であるサンティアム川への影響を指摘する声が相次ぎ、市の法務担当者も米陸軍工兵司令部によるデトロイト貯水池の水位低下計画に触れ、水供給が脅かされる可能性を認めた。
Verrus側の担当者は当初会場にいたが、途中で退席を余儀なくされた。Verrusの広報担当JPニューマン(JP Newmann)氏はこう述べている。
「休憩中に反対派のグループがVerrusの担当者を取り囲み、侮辱的な発言を浴びせた。安全が確保できないと判断し、退席した」
地元警察の協力で担当者は会場から退出した。
そして会場の外では、自転車に牽引されたギロチンが目撃されていた。TikTokに投稿された動画は約6000件の「いいね」と130件以上のコメントを集め、セーラム市民の怒りの象徴として拡散した。コメント欄は「NDAのことを聞いたぞ」というテロップへの共感で埋まった。
@its.addie.rose Dear Salem City Council, We heard about your NDA with Verrus. 🚫No AI! | 🚫 No Data Centers! -Salem residents #salemoregon #oregon #noai #nodatacenters
♬ original sound - Addie.Rose
住民が語ったこと
TikTokのコメント欄に残された声は、建設反対にとどまらない。
NDAに対する怒りは一貫していた。「市がNDAで企業と手を組み、住民を蚊帳の外に置いた」ことへの反発が、政治的立場に関係なく共有されていた。公的な場で審議されるべき計画について、自治体が企業と秘密裏に交渉していたこと自体への怒りだ。
動画の投稿者は公聴会後のコメントで、住民側の要求を3点にまとめている。セーラム市とVerrusのNDAからの解放、Oakline計画の明確な拒否、そして今後の自治体による同種のNDAの禁止。7月27日の公聴会は深夜まで続き、市議会はNDAの運用を見直す調査の開始とデータセンター特別委員会の設置を全会一致で決議した。
知事の介入と企業の先回り
公聴会から3日後の現地時間7月30日、オレゴン州のティナ・コテック(Tina Kotek)知事が動いた。州行政サービス局に対し、Verrusへの州有地約32エーカーの売却契約を破棄するよう指示したのだ。
この32エーカーは計画用地75エーカーの約半分にあたる。2025年5月に売却契約が結ばれ、2026年10月に決済する予定だった。
「この決定は、州の行動がオレゴンの価値観を反映し、公共の利益に資するようにする、私の責任に基づくものだ」
コテック知事は声明でそう述べた。テック産業への投資は歓迎するが、コミュニティやインフラ、天然資源にとって意味のある成長でなければならない、と。
Verrusは「一方的で協議なき決定」だと反発した。
だが、知事の決定が出た翌日の7月31日、Verrusは別の手を打っていた。州有地ではなく、隣接する民間所有の土地に計画の軸足を移し、2棟・60万平方フィート・約100エーカーの第1期開発として正式な土地利用申請を提出した。市議会がモラトリアムを議論する予定だった8月3日の特別会議の3日前だ。
この申請が有効なら、モラトリアムの適用を免れる可能性がある。知事が州有地を引き上げても、民有地で計画を立て直す。市がモラトリアムを検討し始める前に申請を出す。事態の展開が速い。
モラトリアムの限界
現地時間8月4日、セーラム市議会はデータセンター建設に関するモラトリアム手続きの開始を全会一致で議決した。ただし、これは即時のモラトリアムではない。オレゴン州法ではモラトリアムの発効に45日間の事前通知と公聴会が必要で、議決はそのプロセスを開始するにすぎない。
しかもVerrusの申請はモラトリアム議決の前に提出されている。市がこの申請を「完全な申請」と認定すれば、既存のゾーニング規則に基づいて審査が進む。モラトリアムの対象外になる可能性が高い。
セーラム市だけの話ではない。隣接するヒルズボロ市も120日間のモラトリアムを可決し、ウッドバーン市もVerrusが同市への進出を検討していることを知り、独自のモラトリアム手続きに入った。さらに州議会では民主党議員4人が2027年会期に向けて3年間の州全体モラトリアムを提案している。
オレゴン州には、データセンター事業者に送電網の増強費用を負担させる法律(POWER Act)がすでにあり、州最大の電力会社ポートランド・ジェネラル・エレクトリックは20MW超の大口需要家の電力料金を約30%引き上げる一方、住宅向け料金を1.3%引き下げた。電力コストの転嫁を防ぐ仕組みはある。それでも住民の反対は収まらない。
構造が見えてくる
セーラムの一件は、全米で起きていることの縮図だ。
企業はNDAで交渉を囲い、行政が情報を制限し、住民が気づいたときには計画が既成事実に近づいている。住民が声を上げれば公聴会は開かれるが、モラトリアムを検討する前に申請が滑り込む。知事が土地を引き上げても、民有地で計画が再構成される。
一つひとつは合法だ。だが、その合法的な手続きの連鎖が、住民から判断に参加する時間を奪っている。
2025年3月 NDA締結 市とVerrusが秘密裏に交渉を開始 7月13日 NDA解除・計画公表 住民が初めて計画を知る 7月27日 公聴会(6時間超) ギロチン出現。企業は警察に護衛されて退出 7月30日 知事が州有地売却を撤回 州有地約32エーカーの売却契約を破棄 7月31日 Verrusが民有地で申請提出 モラトリアム議論の3日前 8月4日 モラトリアム手続き開始を議決 全会一致。ただし発効に45日必要 |
Verrusは「対話を求めて計画を事前に公表した」と主張する。NDAが解除されたのは7月13日。公聴会は7月27日。申請提出は7月31日。公表から申請まで18日間。この18日間が「十分な対話の時間」だったかどうかは、ギロチンを引いた自転車が答えている。