TABキー論争が暴いたMicrosoftとIBMの組織文化

ダイアログボックスの「次の入力欄に移る」キーをTABにすべきか。たったそれだけのことで、何階層も上の役員まで巻き込む大騒動になった会社がある。1980年代後半、OS/2の共同開発を進めていたMicrosoftとIBMの話だ。

TABキー論争が暴いたMicrosoftとIBMの組織文化

ダイアログボックスの「次の入力欄に移る」キーをTABにすべきか。たったそれだけのことで、何階層も上の役員まで巻き込む大騒動になった会社がある。1980年代後半、OS/2の共同開発を進めていたMicrosoftとIBMの話だ。


元Microsoft社員が振り返る、ある「決裁ルート」の話

Windowsの歴史を30年以上見てきたエンジニアとして知られるレイモンド・チェン(Raymond Chen)が、自身のブログ「The Old New Thing」で、ある同僚から聞いた逸話を公開した。舞台はフロリダ州ボカラトンにあったIBMのオフィスだ。

OS/2の開発で、Microsoftから派遣されたエンジニアが現地に駐在していた。あるとき、ダイアログボックス内でフィールド間を移動するキーを何にするかで、IBM側との議論になる。Microsoftのエンジニアが「TABキーで行く」と決めたのだが、IBMの担当者たちはこれを受け入れず、レドモンドの上司へのエスカレーションを要求してきた。

ここまでは、よくある話に聞こえる。問題はその先だ。

「君がボカにいるのは、私がボカに行かなくていいからだ」

レドモンドにいたMicrosoftのマネージャーから返ってきた返答は、社内向けのストレートなものだった。要約すれば「君を現地に置いたのは、こうした判断を君がその場で下すためだ。私が決めるなら、最初から君を派遣する意味がない」というものになる。

これをそのままIBMに伝えれば角が立つ。派遣されていたエンジニアは少し丁寧に翻訳し、「MicrosoftとしてはTABキーの使用を支持する」とだけ伝えた。

普通ならここで終わる。だが終わらないところに、当時のIBMの組織文化が滲んでいる。

7階層上の副社長まで上がっていった話

IBM側は納得しない。組織の上にエスカレーションを続け、最終的にプログラマーから約7階層上の副社長クラスにまで届く。そして返ってきた回答が、

副社長はTABキーの使用に絶対反対であり、Microsoft側からも同等の役職者の確認がほしい。

副社長同士の合意なしに、ダイアログのキー1つを決められない。これがIBMの返事だった。Microsoft側のエンジニアは、こう答えたという。

ビル・ゲイツの母親は、TABキーには関心がない。

この一言で議論は終わり、TABキーは生き残った。


単なる笑い話で済ませていい話か

逸話としては小気味よく、つい笑って終わりたくなる。だが少し冷静に見ると、これはMicrosoftとIBMという2社の組織設計が根本から違っていたことを示す事例として読める。Microsoft側は「現場に裁量を渡し、判断はその場で完結させる」ことを前提に人を派遣している。一方のIBMは「上位の意思決定が下に降りてくる」構造で動いており、現場の判断はそのまま組織の判断にはならない。

同じテーブルに座って同じ製品を作っているはずなのに、決定の作法がここまで違う。IBM側からすればMicrosoftは無責任に見えただろうし、Microsoft側からすればIBMは異常に重く見えたはずだ。

実際、この時期のOS/2共同開発では、Microsoft側の技術者がIBMを「不毛な官僚主義に縛られている」と見なし、IBM側はMicrosoft陣営を「規律のないハッカー集団」と見ていたことが、いくつもの回想録で語られている。両者の見方の違いは、組織文化の溝そのものを物語っている。コーヒーメーカーが「機密扱い」になっていたという別の逸話もチェンは過去に紹介しており、これも同じ文化のずれの一断面だ。

同じプロジェクトを動かす2つの組織が、互いを「無責任」と「不毛」で呼び合う。技術ではなく、決定の作法そのものが噛み合っていなかった。

「組織図のサイズ」が技術判断のスピードを決める

このエピソードが面白いのは、技術的な議論の中身ではなく、判断の物理的な距離が全く違っていた点にある。Microsoft側のキー選択は、ボカラトンに常駐する1人のエンジニアの裁量で完結する話だった。IBM側では、同じ判断のために7階層分の決裁ラインを上下する必要があった。

製品開発のスピードに直結する話だ。1つのキーで7階層を往復していたら、ダイアログボックス1つ作るのに何往復必要になるのか。OS/2が市場でWindowsに後れを取っていった理由の1つには、確かにこういう構造的な遅さがあったと考えていいだろう。

1990年代初頭にIBM自身が実施した社内分析では、ボカラトンの開発組織が「実質的に全員が全員に報告している」状態であったことが、OS/2の品質問題の主要因として挙げられていた。

組織が大きいことと、組織が機能していることは違う。MicrosoftとIBMの差は、優劣の話ではなく、設計思想の差だったとも言える。

派遣エンジニアの台詞に滲むもの

それにしても、「ビル・ゲイツの母親はTABキーに関心がない」という返答は、よくよく考えると複雑な皮肉だ。

副社長クラスの確認を求めるIBMに対し、「貴方たちの基準で言えば、Microsoftの最上位(CEOの母親)でさえ、こんな話には関心を持たない」と返している。役職の階段の頂点にすら届かない、という暗喩だ。母親という最も非ビジネス的な存在を持ち出すことで、議論そのものの馬鹿馬鹿しさが浮き彫りになる。

エンジニアの個人技というより、こういう一言を許容するMicrosoft全体の文化があったということだろう。良くも悪くも、当時のMicrosoftはそういう会社だった。

35年経って思うこと

チェンの記事は今週、米国で母の日(5月10日)が近いことに触れて、「お母さんにTABキーの話を聞かないほうがいい」と冗談で締められている。35年前のエピソードを今この時期に出してきた、ささやかな遊び心だ。

技術史の中には、こういう決裁ルートの違いが製品の運命を決めてしまった事例がいくつもある。技術的な優位性だけでは勝てない。組織がそれをどう運ぶかで結果が変わる。OS/2は技術的にはWindowsに先行していた局面もあったが、最終的に勝ったのはWindowsだった。

組織の重さは、後になってから効いてくる。


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