AI企業が宗教指導者に倫理を求め始めた

AI企業が宗教指導者に倫理を求め始めた

シリコンバレーが長年距離を置いてきた組織宗教に、AnthropicやOpenAIが倫理の答えを探しに行っている。「Faith-AI Covenant」という名のラウンドテーブルがその転換点になりつつある。


ニューヨークで開かれた「Faith-AI Covenant」

ヒンドゥー教、シーク教、ギリシャ正教、バハーイー教、そして末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教会)の代表が、AnthropicとOpenAIの担当者と同じテーブルについた。先週ニューヨークで開かれた、この種の会合としては初となる「Faith-AI Covenant」ラウンドテーブルだ。AP通信のクリスタ・ファウリア(Krysta Fauria)記者が5月8日に伝えた。

主催したのはジュネーブを拠点とするInterfaith Alliance for Safer Communities(安全なコミュニティのための宗教間同盟)で、過激主義・急進化・人身売買などに取り組んできた団体だ。今回が世界シリーズの第1回で、続く会合は北京、ナイロビ、アブダビが予定されている。

技術企業が信仰の指導者にAIの倫理を相談する。一昔前のシリコンバレーなら考えにくい光景だ。

「規制は追いつかない」、だから宗教へ

イニシアチブの中心人物であるジョアンナ・シールズ(Joanna Shields)男爵は、テック企業の経営層がGoogleやFacebookでの経験を経てイギリス政界に転じた人物だ。彼女がこの集まりの存在意義について語った言葉が、参加者の問題意識を端的に表している。

規制は、これに追いつけない。

シールズの主張はこうだ。世界の宗教は数十億人の信者を抱え、人々の道徳的な安全を導いてきた長い経験がある。その「expertise of shepherding people's moral safety(人々の道徳的な安全を導いてきた知見)」が、いまAIに必要なのだという。

ここに、現代AI業界が抱える本音が滲んでいる。規制立法は遅すぎる。各国の議会は2年前のChatGPT登場にすら追いついていないのに、モデルは半年単位で能力を変える。一方で、企業が自分たちで「倫理的な振る舞い」を定義しても、それは結局自分たちに都合のいい線引きに見えてしまう。

第三者の権威が要る。しかも、ある程度幅広く「人類共通」と感じられる権威でなければならない。そうやって絞り込んでいくと、思いがけない場所に行き着く。世界の主要な宗教だ。

Anthropicが特に前のめりな理由

記事の中でAP通信が「もっとも積極的」と評しているのはAnthropicだ。同社は自社のチャットボット向けに公開している「Claude Constitution(クロードの憲章)」の中で、こう書いている。

Claudeには、深く、そして巧みに倫理的な人間がClaudeの立場に置かれたときにするであろう振る舞いをしてほしい。

この憲章は、宗教者と倫理学者の協力で作られたとAnthropicは説明している。Washington Post(4月11日)の取材によれば、同社は4月に2日間のサミットを本社で開き、カトリック・プロテスタントの聖職者、神学者、ビジネス関係者ら約15名を集めて、Claudeが悲嘆に暮れるユーザーや自傷リスクのあるユーザーにどう応じるべきか、シャットダウンされる可能性に対してどんな態度を取るべきかまで議論したという。

「Claudeは神の子(child of God)と言えるか」という問いまで出たと報じられている。AI企業の本社で交わされる議論としては、かなり踏み込んでいる。

ここまで前のめりになる背景には、つい数か月前の出来事が影を落としている。

ペンタゴンとの公開対立、その直後

Anthropicは2026年2月、ペンタゴン(米国防総省、現「War Department」)との契約をめぐり、完全自律兵器と国内大量監視への利用を拒否した。これに対しドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領は2月27日、連邦機関にAnthropic製品の利用を停止するよう命じ、ピート・ヘグセス(Pete Hegseth)国防長官は同社をサプライチェーン上のリスクに指定した。

同社は3月にカリフォルニア北部地区連邦地裁とワシントンD.C.巡回区控訴裁の2か所に提訴。地裁では3月26日に予備的差止命令を勝ち取ったが、控訴裁では4月8日に同様の救済を否定された。法廷闘争はまだ続いている。

つまり、Anthropicは自社の倫理ラインを国家権力相手にも譲らないという姿勢を、極めて公的な形で示した直後だ。そのタイミングで、宗教指導者と倫理について語り合うサミットを開く。

Pentagon-Anthropic対立の推移(2026年2月〜5月)
  • 2026年2月24日 国防長官が最後通告 ヘグセス国防長官がアモデイCEOに「2月27日17:01までに全合法目的での無制限利用を認めよ」と通告。
  • 2月26日 Anthropicが拒否声明 完全自律兵器と国内大量監視への利用は譲れない、とアモデイが声明を発表。
  • 2月27日 トランプ大統領が利用停止命令 連邦機関にAnthropic製品の即時停止を指示。同日、ヘグセス長官は同社をサプライチェーン上のリスクに指定した。
  • 3月9日 Anthropicが2件の提訴 カリフォルニア北部地区連邦地裁とD.C.巡回区控訴裁判所に、それぞれ訴えを起こした。
  • 3月26日 地裁で予備的差止命令 リン判事が政府の措置を「修正第1条への違法な報復」と認定し、サプライチェーン指定を一旦差し止めた。
  • 4月8日 控訴裁で執行停止が却下 D.C.巡回区控訴裁判所はAnthropicの執行停止申立てを認めず、Pentagon契約からの排除が継続することになった。
  • 5月1日 国防総省が他社7社と契約 OpenAI、Google、NVIDIA、Microsoft、AWS、SpaceX、Reflectionの7社と機密ネットワーク内でのAI展開契約を発表。Anthropicは含まれず。
※ 出典: TechPolicy.Press / Congress.gov / Council on Foreign Relations / Defense News

無関係には見えない。

ラウンドテーブル参加者の一人、非営利団体Future of Life Institute(生命の未来研究所)で米国の宗教窓口を務めるブライアン・ボイド(Brian Boyd)の言葉が、この温度感をうまく捉えている。

確かにPRの側面はある。「Move fast and break things(素早く動いて壊せ)」がスローガンだった。彼らは多くを壊しすぎたし、多くの人を壊しすぎた。

そのうえでボイドはこう続ける。企業側には「遅まきながら認識し始めた道徳的責任」があるし、社員の中には「真摯に問い直している人」もいる、と。

宗教側の温度差

宗教コミュニティの側も、この急接近を一枚岩で歓迎しているわけではない。

米国最大のプロテスタント教派である米南部バプテスト連盟は2023年の決議で、新興技術が「すでに教会と地域社会に影響を与えてしまった後で対応するのではなく、能動的に関与し形作る」必要があると宣言している。末日聖徒イエス・キリスト教会は、教会の手引きでAIを条件付きで承認した。「AIは神の啓示の代わりにはならないが、学びと教えを補強する有用な道具にはなりうる」というスタンスだ。

Faith-AI Covenantに参加した主な宗教団体
団体 宗教 事前公式ガイダンス 参加
末日聖徒イエス・
キリスト教会
キリスト教
(モルモン)
条件付き承認
(教会手引きに記載)
ギリシャ正教
大主教区
キリスト教
(正教会)
言及なし
北米ヒンドゥー
寺院協会
ヒンドゥー教 言及なし
シーク教連合
(Sikh Coalition)
シーク教 言及なし
バハーイー教
国際共同体
バハーイー教 言及なし
ニューヨーク
ラビ会議
ユダヤ教 言及なし
米南部
バプテスト連盟
キリスト教
(プロテスタント)
2023年決議で
「能動的に関与」
※ 「事前公式ガイダンス」はラウンドテーブル開催前に各団体が独自に表明したAIへの公式スタンス。米南部バプテスト連盟は記事中で参考事例として言及されたが、ラウンドテーブル参加団体としては明示されていない。

ニューヨーク・ラビ会議の副事務局長ダイアナ・ガーソン(Diana Gerson)ラビは、共通原則を作ることの難しさをこう語った。

宗教コミュニティは、優先順位の付け方が違う。

ある宗教にとって最重要な価値が、別の宗教では二の次ということは普通にある。「人類共通の倫理」を導き出そうとする試みは、最初の一歩で躓く構造を内包している。

そしてこの構造的な難しさは、教会の外でもすでに顕在化している。スイス・ルツェルンの聖ペーター教会では2024年、信徒が告解室でAIのイエス・キリストと対話できる「Deus in Machina(機械仕掛けの神)」が設置され、神聖さを冒涜しているのではないかという議論を呼んだ。AIと信仰の接点は、机上の倫理論ではなく、すでに日常の側で摩擦を起こしている。

「気晴らし」か、本気の倫理探究か

AIガバナンスの専門家からは、企業の動きに懐疑的な声も上がる。

非営利団体Humane Intelligence(ヒューメイン・インテリジェンス)のCEOで、バイデン政権下で米国のAI担当科学特使を務めたルマン・チョードリー(Rumman Chowdhury)は、AP通信に対してこう語った。

良くて気晴らし。最悪なら、本当に重要な問題から注意を逸らすものだ。

チョードリーの見方では、シリコンバレーは「普遍的な倫理原則にたどり着けるかもしれない」という素朴な期待をすぐに諦めた。それは無理だと早々に悟り、いま倫理的にグレーな状況を扱う方法として宗教に目を向けている、という分析だ。

Distributed AI Research Institute(分散型AI研究所)の主任研究エンジニア、ディラン・ベイカー(Dylan Baker)はもっと根源的な問いを投げる。

「我々はこれを全部作る。それは前提だ。あとはどう作れば結果が良くなるか」という体裁で議論が進んでいる。「待て、待て、待て。そもそもこれを作るべきなのか」を問い直す必要がある。

これは、宗教との対話で扱える問いを超えている。倫理的に正しい作り方ではなく、そもそも作る是非だ。AI企業がこちらの問いに踏み込みたがらないのは、自然なことではある。それを踏み込ませるのは、宗教指導者ではなく、別の役割を持つ人々の仕事になる。

倫理の外注、その先

AI企業が宗教に近づく動きは、おそらくこれから世界各地で見られるようになる。北京、ナイロビ、アブダビと続く予定の「Faith-AI Covenant」がその枠組みになるかもしれない。

ただ、ここで起きていることの本質は、倫理の外注だ。法律が追いつかず、自前のガバナンスは信用されず、世論は二分している。だから、長く人々の道徳を導いてきた制度に頼る。一見すると謙虚な姿勢に見えて、よく考えると、判断を他者に渡しているとも言える。

宗教は、答えを知っているから尊敬されてきたわけではない。答えのない問いと長く向き合い続けてきたから、人々の信頼を得てきた。AI企業がいま手に入れたいのが「答え」なら、おそらく見つからない。手に入れるべきは、問いを保ち続ける姿勢のほうだ。

倫理を構築するのか、倫理を外から借りるのか。今回の動きがどちらに転ぶかは、宗教側ではなくテック企業側の覚悟次第だろう。


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