Anthropic CEO妻の過去が浮上。エプスタインへの資金調達と消された経歴
IPOを控えるAI企業の舞台裏に、もう一人の主役がいた。ダリオ・アモデイの妻カミ・クラーク。公式な肩書は何もないが、初期投資家の紹介から政治的人脈の構築まで、Anthropicの要所に彼女の影がある。
IPOを控えるAI企業の舞台裏に、もう一人の主役がいた。ダリオ・アモデイの妻カミ・クラーク。公式な肩書は何もないが、初期投資家の紹介から政治的人脈の構築まで、Anthropicの要所に彼女の影がある。
「ファーストレディ」の正体
AnthropicがIPOに向けて突き進んでいる。10月にも実現すれば、評価額2兆ドル(約318兆円)超で史上最大の上場になる。
その渦中で、2つの大型調査報道が同時に出た。The InformationとWall Street Journalが、CEOダリオ・アモデイ(Dario Amodei)の妻であるカミ・クラーク(Cami Clark)の人物像を詳細に描いた。
クラークはAnthropicに公式な役職を持たない。にもかかわらず、関係者の証言によれば、アモデイにとって最も重要な戦略アドバイザーであり、精神的な支柱でもあるという。ダボス会議、インドのモディ首相によるAIリーダー招待、アレン・アンド・カンパニーのサンバレー会合。アモデイが出席する主要な場には、ほぼ常にクラークが同席している。
インドの招待では各CEOが同伴者を1人だけ連れていける規則だった。ほとんどの経営者が同僚を選ぶ中、アモデイはクラークを連れていった。
そして彼女に関するネット上の情報は、ほぼ消えている。個人ウェブサイトは閉鎖され、LinkedInプロフィールは削除され、Instagramも休止状態。Googleで「ダリオ・アモデイの妻」と検索すると、妹のダニエラ・アモデイ(Daniela Amodei)の写真が出てくるほどだ。
レノからシリコンバレーへ
クラークの経歴は、テック業界のCEO配偶者としては異質だ。
ネバダ州レノの労働者階級の家庭に育ち、カリフォルニア・カレッジ・オブ・アーツで建築を学んだが、大学は中退している。20歳のとき、40歳以上年上の男性と最初の結婚。離婚後に破産も経験した。
2000年代初頭にシリコンバレーで働き始めたクラークは、オフィス家具メーカーのハーマンミラーで営業開発に携わりながら、TEDなどのカンファレンスの周辺で人脈を築いていった。
ポルノ企業とエプスタインの影
2009年頃、クラークはミシェル・カポチェファロ(Michelle Capocefalo)と共にEddiceというアダルト映像会社を設立した。女性視聴者をターゲットにした高品質なコンテンツを掲げ、ECによる収益化を構想していた。
問題はその資金調達先にある。
2011年、文芸エージェントのジョン・ブロックマン(John Brockman)の紹介で、クラークはジェフリー・エプスタインと接点を持った。米司法省の公開文書には、ブロックマンがエプスタインに宛てたメールが残っている。
「LAで女性向けアダルト映像の資金調達をしている友人たち、カミとミシェルと食事をしてほしい」
ここで押さえるべき事実がある。エプスタインが未成年への売春勧誘で有罪判決を受けたのは2008年だ。クラークがエプスタインに資金調達を持ちかけたのは、その3年後になる。
クラーク自身もエプスタインに直接メールを送っている。米司法省が公開した文書によると、2011年3月3日付でクラークはエプスタインに夕食の誘いを送っていた。やりとりは約2年間続き、クラークはEddiceとは別に「女性向けソーシャルダイエットアプリ」の企画も持ちかけている。
エプスタインは最終的に投資しなかった。Eddice自体も数十万ドルしか調達できず、2013年頃にウェブサイトの更新が止まっている。
報道では、紹介者のブロックマンがエプスタインの犯罪歴について何も伝えなかったと、当時のクラークの知人が証言している。ただ、2011年時点でエプスタインの有罪判決は公知の事実だった。
シュミットとの接点、そしてAnthropicへ
Eddice失敗後、クラークは2013年にFemale Algorithm Technologiesを設立する。ロサンゼルスとニューヨークに女性向け高級ヘルスケアクリニックを開設する計画で、年会費は9000ドルから最高2万ドル。この事業に投資したのが、元Google CEOのエリック・シュミット(Eric Schmidt)だった。
クラークとシュミットは約3年間交際していた時期がある。報道はこの事実を、のちにAnthropicの初期投資につながる関係の起点として位置づけている。
Female Algorithm Technologiesのアドバイザーには「ダリオ・アモデイ博士」の名前があった。クラークとアモデイはこの時期に出会い、2014年に交際を始めた。クリニック事業はローンチされなかった。
2016年、クラークはVRジェスチャー制御のLeap Motionに収益責任者として入社する。ここで出会ったのが、のちにOpenAIのCTOとなるミラ・ムラティ(Mira Murati)だ。
Anthropicの産婆役
アモデイがまだOpenAIに在籍していた頃から、クラークは彼の研究論文を富裕なテック投資家たちに送っていた。2018年にはシュミットをサンフランシスコの自宅に招き、アモデイのアイデアにシュミットは感銘を受けたという。
2020年末、アモデイはサム・アルトマンらとの対立を経てOpenAIを離れ、妹のダニエラと共にAnthropicを設立した。クラークはすぐにシュミットを初期投資家として引き合わせ、2021年5月のシリーズA(1億2400万ドル、約197億円)にシュミットが参加した。
クラークはAnthropicの組織図に一度も名前が載ったことがない。だが初期投資の最も重要な一手は、彼女の人脈から生まれた。
「AGIの母」ファンド構想と社内の抵抗
2021年2月、クラークはシュミットに40ページの提案書を提出した。共同でベンチャーファンドを設立する計画で、名前は「Mother of AGI Fund」(AGIの母ファンド)。提案書には「カミのAnthropicへの関与を正式化し、エリックの投資を管理する」と記されていた。最終的には数十億ドル規模の調達を目指すものだった。
この計画は、Anthropic内部で抵抗に遭った。ダニエラ・アモデイをはじめとする共同創業者たちが、クラークとCEOの個人的な関係を理由に反対した。シュミットも最終的にファンド経由ではなくAnthropicに直接投資する道を選んだ。
この一件は、クラークの立場を端的に示している。影響力はある。だが、それは常に公式の枠組みの外で行使されるものだ。
政治的人脈と「Real Housewives of AI」
報道によれば、クラークは最近、政治的な人脈構築にも力を入れている。イヴァンカ・トランプ(Ivanka Trump)との個人的な友人関係を築き、Anthropicが米国の利益を守る企業であり、批判者が言うほど「ウォーク」じゃないというメッセージを政治家に伝えているという。
クラークは「Real Housewives of AI」(AIのリアル・ハウスワイブズ)と名付けられたWhatsAppグループにも参加している。テック業界の著名な女性たちで構成されるグループだ。
2兆ドルIPOの前夜に
タイミングが重要だ。
Anthropicの年間売上高は2026年初頭の約200億ドルから急増し、5月時点で470億ドル超に達している。投資家たちは年末までに1000億ドルから1200億ドルに届くと見込んでおり、それが2兆ドルという評価額の根拠になっている。6月にはSECに非公開でIPO申請済みだ。
この時期に、CEOの妻に関する調査報道が2本同時に出たことの意味は小さくない。WSJのケイチ・ヘイギー(Keach Hagey)記者は、クラークに関するネット上の情報が意図的に消去されていることを指摘した上で、彼女の経歴とAnthropicへの非公式な影響力を詳述した。The Informationのコリー・ワインバーグ(Cory Weinberg)記者も、クラークの存在を「AIの中心にいる人物の中で、最も知られていない物語のひとつ」と位置づけた。
IPO前の企業にとって、ガバナンスの透明性は投資家が最も注視する領域だ。Anthropicは「AI安全」を企業理念の中核に据え、倫理的なAI開発で差別化を図ってきた。その企業の意思決定に、組織図の外から影響力を行使する人物がいる。しかもその人物の経歴には、性犯罪で有罪判決を受けた人物への資金調達の試みが含まれている。
クラーク個人がAnthropicの現在の事業に直接関与している証拠は、報道には示されていない。エプスタインとの接点も10年以上前の出来事であり、ブロックマンを介した紹介の経緯も報じられている。
2009年頃 Eddice設立 女性向けアダルト映像会社を共同設立 2011年 エプスタインに資金調達を打診 有罪判決から3年後。エプスタインは投資せず 2013年 Female Algorithm Technologies設立 女性向け高級ヘルスケア事業。シュミット氏が投資 2014年 アモデイ氏と交際開始 2016年 Leap Motion入社 ここでムラティ氏(のちのOpenAI CTO)と出会う 2018年 シュミット氏をアモデイ氏に紹介 SF自宅に招きアモデイ氏のアイデアを聞かせる 2021年1月 Anthropic設立 アモデイ氏がOpenAIを離脱。クラーク氏が資金調達を支援 2021年2月 「AGIの母ファンド」提案 40ページの提案書をシュミット氏に提出。社内で却下 2021年5月 シリーズA(1.24億ドル) シュミット氏が参加。クラーク氏の仲介による 2026年8月 2大メディアが調査報道 クラーク氏の経歴と影響力が同時に報じられる |
ただ、事実は事実として残る。AI産業のリーダー企業を率いるCEOの最も近い場所に、公的な説明責任を負わない人物が立っている。Anthropicは「安全なAI」を掲げてきたが、自社のガバナンスにおける「安全」の定義は、まだ問われていない。
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