北朝鮮IT要員、米連邦機関に潜入していた
政府機関だけは安全なはずだった。その前提が、FBIの証言ひとつで崩れた。厳格な身元審査の壁に、北朝鮮はどうやって穴を空けたのか。
政府機関だけは安全なはずだった。その前提が、FBIの証言ひとつで崩れた。厳格な身元審査の壁に、北朝鮮はどうやって穴を空けたのか。
FBI高官が認めた「異例の政府機関」
米連邦政府機関のどこかに、北朝鮮のIT要員が紛れ込んでいた。
FBIサイバー部門のトッド・ヘメン(Todd Hemmen)副部長代理が、現地時間7月28日にワシントンD.C.で開かれた会議のパネル討論でその事実を認めた。北朝鮮のリモートIT要員問題は政府にも影響したか、と聞かれての回答だった。
特定の連邦機関で、北朝鮮のIT要員が働いていたことを捜査している。
ヘメン氏はそう述べたとFederal News Networkが伝えている。どの機関か、データや資金が盗まれたかは明らかにされていない。TechCrunchの取材にFBIは回答しなかった。
民間企業への潜入なら、もう聞き飽きた話だ。Fortune 500から中小企業まで、北朝鮮のリモートワーカー詐欺は何年も繰り返されてきた。
だが政府機関は違う。セキュリティクリアランスという、最後の壁があるはずだった。
政府機関という壁を越えた確認例は、これまでほとんどなかった。だからこそ、今回は「異例」と評される。
壁を越えた前例はゼロではなかった
2024年、司法省はメリーランド州の男を訴追した。米国人になりすまして連邦航空局(FAA)の契約IT職を得る手助けをした罪だった。
この事件の全容は、その後の判決文でより詳しく見えてくる。男は虚偽の経歴で13社以上から契約を勝ち取り、97万ドル以上を受け取っていた。うち1社はFAAの、国防関連の機密情報を扱うシステム開発を委託されていた。
実際に作業していたのは中国にいた別人物だった。
名義を貸す米国側の協力者と、実作業をこなす海外の技術者。この二人一組の分業が、身元確認という壁を内側から突破する基本形になっている。
こうした「ラップトップファーム」型の仕組みは、今回もどこかで機能していた可能性が高い。
FAA側は本人確認のはずの身分証チェックで、本人ではない誰かに国家防衛システムへのアクセス権を与えてしまっていたことになる。採用面接をクリアすることと、その後の本人確認は、まったく別の話だ。
企業を狙った手口が、そのまま政府機関にも通用した。今回の一件は、その延長線上にある。
なぜ北朝鮮はここまで執拗なのか
北朝鮮のIT要員スキームは、単なる詐欺ではない。国連の推計では、この手口が北朝鮮にもたらす収入は年間2億5000万〜6億ドルにのぼる。
その資金の行き先は、国際的に禁止された核・弾道ミサイル計画だ。
資金源はIT要員だけではない。ブロックチェーン分析企業TRM Labsによれば、北朝鮮は2026年、わずか2件の攻撃で暗号資産の全被害額の76%を奪ったという。Drift Protocolからの2億8500万ドルと、KelpDAOからの2億9200万ドル。合計5億7700万ドルが、たった2件の犯行で消えた。
数を撃つのではなく、狙いを絞る。IT要員による地道な浸透と、暗号資産の一撃離脱型の窃取。手口の粒度は違うが、どちらも北朝鮮という一つの資金源に流れ込んでいく。
一つの国家が、政府機関の内側と暗号資産の橋渡しシステムの両方を同時に狙っている。この国の攻撃対象は、想定より広い。
対策は打たれてきた。それでも抜けた
米国は何もしてこなかったわけではない。
2025年6月には大規模な摘発作戦を実施し、翌7月には制裁を科した。ラップトップを北朝鮮要員に横流しする「ラップトップファーム」の運営者を摘発する取り組みも続けてきた。今回の連邦機関の一件と重なる手口で、ウクライナの男が実刑判決を受けた例もある。
7月31日には、日本を含む11か国の当局が共同で「グローバルアラート」を発表したばかりだった。民間企業・政府機関・一般市民、すべてに向けたリスク警告だ。
ヘメン氏が連邦機関の捜査に触れたのは、その3日前だった。
外務省・警察庁・財務省・経済産業省・国家サイバー統括室。日本もこの共同声明に名を連ねている。当事者としての署名だ。
警告を出す3日前まで、まさにその対象となる事態が進行していた。国際社会が声を揃えたタイミングと、この一件はほぼ重なっている。
2024年 身分偽装で連邦機関業務に浸透した男を訴追 米国人になりすまし、FAAの契約IT職を獲得 2025年6月 大規模な摘発作戦を実施 北朝鮮IT要員ネットワークを標的に 2025年7月 関与した個人・団体に制裁 摘発作戦の翌月に発表 2026年7月28日 FBI高官が連邦機関への浸透を明らかに ワシントンでの会議のパネル討論で発言 2026年7月31日 日本含む11か国が共同で警戒を呼びかけ 民間企業・政府機関・一般市民へのリスク警告 |
透明性という、次の壁
Federal News Networkの取材に応じた専門家は、次のように指摘している。
捜査の詳細情報が今後明らかになることが重要だ。どんな「危険信号」が実際にはあったのか、コミュニティ全体で理解し、次の侵入を防ぐための材料にする必要がある。
どの機関か、どうやって審査を突破したか。今のところ、その両方が伏せられたままだ。
FAAの一件では、面接でのビデオ確認や身分証チェックが、後になってすべて無効化されていたことが分かった。今回もそこが穴だったのか、それとも新しい手口が生まれたのか。
答えが出るまで、この話は終わらない。
政府機関という最後の砦に穴が空いた今、次に問われるのは「どこまで公開するか」だ。
透明性を選ぶか、沈黙を選ぶか。その選択が、次の侵入を防げるかどうかを左右する。